絡まった蔦を払って見えてきたもの
毎年この時期になると家の端っこに自然薯の葉っぱが生えてきます。

うちの玄関から見えるお隣さんの給湯器につるがニョキニョキと登ってきていました。
給湯器はお隣さんからは見えませんが、うちの玄関のすぐ横にあるため、出入りのたびに視界の端で見ていました。
日に日につるは上に這っていき、ついには給湯器のボックスの中に入っていきます。
これはやばいんではないか。
お隣さんに知らせようにも、毎年この時期はご実家のある北海道に帰っているので、いないんです。
人んちの雑草だけど、取らないと危ないよね。
私ははさみを持って来て、上まで伸びたつるをチョンチョンと切っていきました。
つるが伸びる植物って、なんか動物っぽくないですか?
うねうね伸びていくし、給湯器のボックスに開いている2、3ミリの隙間にわざわざ入り込むって変態的な意思さえ感じます。
先日は歩いているときに、何年も空き家になった家の壁一面を蔦の葉が覆っているのをみて、その容赦ない生命力が恐ろしいと思いました。
なんでこんな話から始まったかというと、
バイオリン復活を目指す日々で、若かりしバイオリンの世界が蔦が絡まった廃墟と似てるなっと思ったからです。
家の蔦を払うように、昔弾いてきたバイオリンの楽譜のホコリを払い、引っ張り出して弾いてみたり、聴いてみたりするうちに、昔の記憶がよみがえってきています。
何年も放置されて忘れられていたバイオリンの記憶。
オーケストラの合わせで指揮者に初見が下手だと言われたな。
カルテットのコンクール前日に仲間とケンカになったっけ。
あの子1週間に一回しか頭洗わないって言ってたなあ。
とか。
蔦でおおわれていたけれど、私の音楽の世界はまだそこにありました。
でも中には「こんな曲まったく覚えがないけど弾いたようだ」というのもありました。
住んでいない家は朽ちていく。
朽ち果てる前に思い出せてよかった。
リフォームしてもう一度住もう。
歳を取ってもいいように、バリアフリーにして。
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