一人歩きしたあの写真の謎
30年近く前のお話。
ロンドンの音大留学中のある日、語学学校で知り合った友達から電話がかかってきました。
「ケイ、あんたの学校のポスターに載ってたね!」
友達のいきなりの報告にぽかんとしました。
なんのことやら?
話を聞いてみると、街で私の通う学校のポスターを見つけたら、なんと左下に私のアップの写真がドドンと載っていたそうです。
「すごいやん、優秀なんやね」
いえ、特に優秀でもありません。
英語わからなくて、課題も間違えまくりです。
演奏も学校内で特に目立ってうまいってわけでもない。
そこまで聞いて気にはなりましたが、当時は演奏の課題がたくさんあり、確認するほどの余裕もなく「ふーん」で流していました。
それから1週間ほどたってオーケストラの本番があり、私はロンドンのどこかのホール(忘れた)に向かいました。
ホール前にはにぎやかな広場があり、そこに今日の演奏の看板がかかっています。
私はその看板を一瞥して通り過ぎようとしましたが、とっさに立ち止まって二度見しました。
学校の名前と演奏会のプログラム、そして、その左下に大きく引き伸ばされた私の笑顔の写真が。
あ、これか!
ちょ、すっぴんじゃー!
なんで私の写真がここにあるのかわかりません。
それよりいつこんな写真が撮られたのか?
思いつくことが一つだけありました。
ところで、西洋の人って多くの人がデフォルトで東洋人より彫りが深くて目も大きいですよね。
まつ毛も長いし、メイクしなくてもはっきりした顔。
私は少し同化したい気持ちや日本にいたころからの習慣もあり、一応毎日お化粧していました。
でもある日一度だけ、夕方からのオーケストラの練習をすっかり忘れていて、直前で思い出してすっぴんのまま急いで練習に行ったことがありました。
その時はいつもと違いどこかの合唱団とコラボしての練習で、カメラマンなども来ていたような気がする。
その時かー。
よりにもよって。
写真の私の目はアイラインもなくちょびっと小さいし、なんとも鑑賞に堪えがたい。
オーケストラでは仲良い友達もいなくていつもむっつりしているのに、指揮者を見ているのか目線を上げて笑っています。
これはいろんな意味でめずらしい1枚でした。
しかしなんで、私の写真が使われていたのか。
コンプライアンスは?
広告に東洋人の私の顔を載せることで何らかのアピールをしたかったのかもしれません。
それか、選んだ人の趣味か。
不思議ですが、当時の私はそれでも学校の事務所に行って問い合わせることもしませんでした。
それよりも日々の課題で頭がいっぱいだったからです。
そのポスターを見てからしばらくたって、今度はイギリスの老舗音楽雑誌「The Strad」に同じ写真を使った学校の宣伝ページを見つけました。
「The Strad」といえば、イギリスのみならず世界中のプロ・アマが読む弦楽器専門誌です。
また使ってるよ。どこまで気に入ってるんだ。
てえか、一言ぐらい言ってこいや。
とはいえSNSもなかった紙の時代、広告の写真が誰であるかたどるすべもなかったし、そのうち消え去っていきました。
53歳になった今、それでも私の手元には当時の「The Strad」が1冊だけ残っています。
謎の記念です。
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