天童駅に足止めされた日 ― 2019年10月12日
その日は、台風19号が日本列島を迫っていた。私が天童駅に降り立ったのは2019年10月12日。
予定では山形駅まで向かい、市内を歩くつもりだったが、列車は動かず、強い雨のせいで足止めを食らった。結果として、天童駅がその日の中心となった。
駅舎を出ると、雨と風が容赦なく吹きつけてくる。傘はほとんど役に立たず、遠出は不可能だと即座に判断した。こうして私は、駅を拠点に天童市のごく限られた範囲を歩くことになる。無理に動かず、動ける範囲で観察する――それもまた、旅の一つの形だ。
天童市は人口6万人ほどの小さな町だが、日本一の将棋駒の生産地として知られている。全国生産量の9割以上を占めるという数字は、驚くべきものだ。駅前には将棋駒のモニュメントや駒型の郵便ポストがあり、町のアイデンティティが否応なく提示されている。
雨宿りを兼ね、駅舎内の将棋資料館に足を踏み入れた。ここで学ぶ天童の歴史は、決して派手ではないが筋道が明快だ。江戸時代、石高2万石の小藩では下級武士の生活は困窮していた。そこで藩の用人・吉田大八が考案したのが、将棋駒づくりの内職である。将棋は戦術を練る競技で、駒作りは武士の面目を損なわない。合理的な生存戦略が、町の産業として定着した。

足元の水たまりを避けながら歩くと、老舗の駒店が目に入った。量産品でありながら、駒の木目や書体には職人の手仕事の蓄積が感じられる。天童という町の個性は、この一点突破の技術にこそ表れている。
銀山温泉には行けなかったが、駅に滞在したことで、天童という町の生存戦略と歴史を肌で感じることができた。濡れた靴で歩き回るなど、予定は狂ったが、天童駅がこの日の中心であったことには、意味があった。
台風で足止めされた一日が、町の輪郭を鮮明に見せてくれたのだ。

いいなと思ったら応援しよう!
この映画の話は面白かったでしょうか?気に入っていただけた場合はぜひ「スキ」をお願いします!