和の香がたどり着いた焙煎所── ホーチミンで見つけた “運命の出会い”
ベトナム高原で農園を訪れたあと、私はいくつかの焙煎所を回りました。
けれど、現実は思ったよりも簡単ではありませんでした。
品質管理がこちらの基準と合わなかったり、
個人での輸入という条件がハードルとなり丁寧に断られたり、
そもそもアポイントが取れなかったり──。
“ご縁”というものが、こうも難しいのかと感じながら、
私は一度ホーチミンへ戻ることにしました。
ホーチミンでも状況は似ていて、事前連絡しても返事がない焙煎所がほとんど。そんな中で、わざわざ時間を作り、個人相手でも会ってくれた数件の焙煎所を訪ねました。
それぞれに魅力はあったものの、
「ここだ」と胸の奥から湧き上がる感覚には出会えませんでした。
──そして。
最後に訪れた、たった一軒の焙煎所で、私はようやく運命的な出会いをします。
迷いのない清潔さと、揺るぎない品質基準
その焙煎所は、扉を開けた瞬間から空気が違いました。
床に粉ひとつ落ちていない。
機械も備品もすべて整然と並び、トイレまでスリッパ不要の清潔さ。
扱う豆はサイズ18以上の成熟した大粒のみ。
米国向け輸出のため FDA 認証を取得し、
仕上げに欠点豆を二人がかりで手作業で取り除く徹底ぶり。
作業の流れも、整理整頓の徹底も、妥協のない品質基準も、
ひとつひとつが静かに説得力を持って迫ってきました。
深煎りを頼んだ私を、オーナーが真顔で止めた理由
試飲の時間、オーナーはアラビカとロブスタの違いを丁寧に説明してくれました。私がつい日本人らしく「酸味を抑えた深煎りのアラビカも見てみたい」と言うと、オーナーは少しだけ眉を寄せました。
そして、静かにこう言ったのです。
『アラビカの良さは、このフルーティーでフローラルな酸味にある。
ただ酸っぱいんじゃない。柑橘のような香りが、最後にふっと立ち上がる。
これを深煎りで消してしまうなんて、ベトナムのアラビカにとっては“自殺行為”だ。』
その口調には強さがあったけれど、職人としての真摯さがにじんでいました。続けて彼は、ロブスタの品質改善が進み、“ファインロブスタ”として世界で再評価されていることも教えてくれました。
『苦みを求めるなら、アラビカを焼き殺す必要はない。
ロブスタの自然な苦みと甘い香りを、そのまま使えばいい。』
正直、胸が熱くなるほど衝撃でした。
知らなかったのは、私の方だったのです。
職人たちの静かな誇りと、オーナーの人柄に惹かれて
焙煎士たちは寡黙で、焙煎機に張り付くように温度や時間を微調整し続けています。
でも、出来上がったコーヒーを差し出す瞬間だけ表情が柔らかくなる。
職人の誇りって、こんなふうに滲み出るものなんだなと思いました。
そして何より、オーナーの人柄。
少しシャイで、穏やかで、人懐っこさがあって、
遠くから来た私を喜んで工場に迎え入れてくれた。
彼の言葉には熱があり、
彼の焙煎には哲学があり、
彼の空気には、信頼できる“人の温度”がありました。
その瞬間、私は心の中で静かにうなずいていました。
──あぁ、ここだ。
私はこの人たちと一緒にやりたい。
そして、“和の香”へとつながる旅の終わり
工場の隅々に行き届いた5S、
バルブ付き袋での丁寧な包装、
何より “いいものを作りたい” というまっすぐな姿勢。
この焙煎所との出会いは、
ベトナムと日本の気質の “優しい重なり合い” を感じた瞬間でもありました。
この旅で感じた空気、
自然と寄り添う姿勢、
職人の静かな熱量。
それらすべてがやがて “和の香” という名前へとつながり、
そして浮世絵をパッケージに使うという発想へも、少しずつ形を成していきます。
その話は──また次回、ゆっくり書きたいと思います。
