次の時間
審判が出た日から
色々なことを
考えてきた。
制度のこと。
生活のこと。
時間のこと。
そして
父親という立場のこと。
最初は
すべてが
大きな問題に見えた。
調停。
審判。
養育費。
面会交流。
一つ一つが
人生を
決める出来事のように思えた。
だが
時間が経つと
少し見え方が
変わってくる。
それらは
確かに
大きな出来事だった。
だが
人生そのものでは
ない。
人生は
そのあとも
続いている。
朝が来る。
仕事に行く。
帰ってくる。
眠る。
当たり前の時間が
流れる。
その中で
考え方も
少しずつ変わる。
以前は
「どうすればいいのか」
ばかり考えていた。
だが
今は
少し違う。
「この状態で
どう生きるか」
その方が
現実に近い。
問題が
すべて解決することは
ないのかもしれない。
だが
その中でも
人は生活していく。
むしろ
それが普通なのだと思う。
この頃には
焦りも
少し落ち着いていた。
状況が
急に変わるわけではない。
だが
時間の中で
何かが
動くことはある。
それは
こちらが
決められることではない。
だからこそ
出来ることは
一つだけになる。
自分の時間を
生きること。
父親という事実も
生活の現実も
どちらも
抱えたまま。
それが
今の形だった。
振り返ると
この期間は
戦いというより
理解の時間だったのかもしれない。
制度のこと。
関係のこと。
時間のこと。
そして
自分自身のこと。
まだ
終わったわけではない。
むしろ
ここからが
次の時間になる。
何が起きるのかは
分からない。
だが
その時間も
確実に
進んでいく。
だから
この話は
ここで
一区切りにしておく。
続きは
また
別の時間の中で。
続く。(第2シリーズ・完。)
