Take it easy、Enjoy the dances(古賀コン7/テーマ「ダンスをご覧ください」ルール:1時間で書く)
デスクの引き出しを開けると急にサンバのリズムが鳴りだしたので、びっくりして見ると文具トレイの上に│楽団《バテリア》の一個隊が載っていた。彼らはスルドを叩きアゴゴを鳴らしてショカーリョを振りアピートを吹きならしていて、その陽気なリズムとともにトレイの真ん中では豆粒ほどの小さなダンサー達がリオっぽいコスチュームで手足や腰を振って激しく踊っている。
「いまの何の音?」
隣の席の先輩がびっくりしたように振り向いたので、私は咄嗟に首を振り、閉めた引き出しを両手で押さえたまま
「えっと、あの、ケータイが」
と誤魔化した。先輩はすぐに納得してくれたけれど私は念のため
「音量、大きくてすみませんでした」
と言い添えた。
そして(何?いまの、何???)と疑問で頭をいっぱいにしながらもう一度そっと細く引き出しを開き、目を眇めて覗いてみる。この後会議で配る資料を留めるのに、どうしてもホッチキスが必要だったからだ。中にはとくに異常はないようだったので思いきって大きく開けてみると、トレイに載っていたペン類や付箋、クリップなどが落ちて散らばっていたもののそれ以外に変わったことはなかった。もちろん小さな楽団もいない。
今日は何だか疲れてしまって料理するのも面倒になり、パックの惣菜を買って帰った。レンジで温め、カトラリーを出そうと引き出しを開けた途端、いきなり大音量でクリスブラウンのヒップな曲が流れ出した。思わず中を凝視してしまう。
仕切りごとに分類してあるスプーンやフォーク、お箸などの上で小さなストリートキッズ達がステップを踏んで踊りまくっていたからだ。スキーターラビット、サイドステップ、ウィッチウェイ。引き出しの中でそれぞれがキレッキレの動きでいちいち技を繰り出してくる。
何なの一体。
私は持病の頭痛を感じて自分のこめかみを指で押さえる。キッズ達が目ヂカラを競うように視線をこちらにロックオンしてくるのをどうしたものかと考えているうち、カトラリーケースの仕切りをエアプレーンジャンプで越えた子が決め顔でこっちを見たのにイラっとして思わずそのまま閉めてしまった。同時に音楽もピタリと止まる。
惣菜は店で入れてもらった袋の中に割り箸が入っていたのでそちらで食べることにした。
こうなると引き出しを開けるという行為に対して少しばかり慎重になってしまう訳なのだけれど、お風呂に入るには着替えを取るために洋服箪笥の引き出しを開けざるを得ない。心の準備をしてそっと開くと、案の定、異常なしとはいかなかった。畳んで並べたヒート〇ックの上で、裾の長いワンピースのような白装束を纏った小さな異国の僧侶達が、アラビア音楽の不思議な旋律に合わせてくるくると回っている。あぁこれ知ってる、ターセム・シン監督の映画で観たことある、│旋回舞踊《スーフィーダンス》というやつだ。
その時軽い着信音が鳴ったので、パーカーのポケットからスマホを出して見てみるとオンライン仏壇のアプリに通知があり、5年前に他界したお祖母ちゃんからメッセージが届いていた。
『最近仕事の根を詰めすぎなんじゃないのかい』
『あんたには生真面目すぎるところがあるからね』
『ちょっと抜け穴使って応援のキモチを送っといたよ』
読み終えると同時にまた着信音が鳴り、ムンクの叫びみたいな顔をしたガイコツのイラストが『Take it easy』『Enjoy the dances』という札を両手に掲げてカクカクと踊るふざけたスタンプが追加で表示された。
私は眉間に皺を寄せ、即座にアプリを閉じると
「時空の穴」「塞ぎ方」「DIY」のワードを打って検索する。
全くもう。
通信技術の発達は、現代人から〈死〉に対する畏怖もロマンチシズムもあっさり過去のものにしてしまった。この頃じゃ「永眠」なんて言葉はもう誰も使わない。彼岸からかしましく送られてくるメッセージをみるに、そちらの彼らに昼夜の区別はなく睡眠も必要ないらしいと知れたからだ。
検索で出てきた幾つかの解説サイトや動画の中で手軽そうなものをタップして《用意するもの》の欄を確認する。
洗濯糊、軽石、ボンド、石膏粉、アンブリゴナイトを浸け置きした水、ポコルペ、陳皮、火鼠の皮衣。
よかった、どこの家庭にもあるものばかりで塞げるらしい。早速それらを溶いて練り、洋服箪笥の引き出しを引き抜いて奥を覗く。確かにそこには小さいけれど深淵に続く時空穴が空いていて、私は舌打ちをして素早く特製パテを塗り込めた。続いてキッチンの時空穴も埋める。
残ったパテはタッパーに移してヘラと一緒に紙バックに入れ、玄関に置いておいた。
明日忘れないように持って行って、会社のサンバも埋めないと。 〈了〉
