星とはどんなものかしら(古賀コン6/テーマ「架空“☆1”レビュー」ルール:1時間で書く)

 茅で葺いた屋根をそのまま地面に覆い被せたような縦穴住居の前で、数人の男達が土を捏ねている。そのそばを弓矢を携えた女が駆け抜けながら
「一本松ンとこに猪が出たってよ。ヒコさんは狩りに行かないのかい?」
と声をかけて通り過ぎる。紐状にした粘土を円盤型の底部に沿わせて積み上げながら、壮年の男が
「俺ア今コイツらに器作りを教えてんだ。シシは任すわ」
と大声で返すと、既に小さく遠ざかった女の後ろ姿が片腕を上げ「任された」と叫んで寄越した。
女の姿を見送ると、ヒコと呼ばれた男に土ひねりを教わっていた若者達が途端にそわそわと気を散らしはじめる。十代後半から二十代前半とおぼしき小太りの青年が「猪だってよ」と呟けば、彼よりは年少と見える小柄な少年が
「いいなぁ、俺も狩りに行きたい!」
と騒ぎたて、似た歳らしきノッポの少年も
「俺も!絶対デカいの獲ってくるし」
と同調した。
「なに言ってんだお前ら、せっかく練った土が乾いちまうだろ。わざわざ教えてやってんだから真面目にやれっつーの」
少年達を宥めながら、ヒコは後方に座っている老人の方を振り向いた。
「ねぇ、長老も何か言ってやってくださいよ」
「・・・ンだなぁ」
コックリ、コックリと居眠りかけていた白髭の老人の口から曖昧な声が洩れる。
「長老、寝てばっかじゃん」
「狩りに行きたい」
「粘土細工より矢尻磨く方がいい、んでそれでデッカい獲物を仕留める!」
落ち着きのない少年達にヒコが手を焼いていると、林の方から、蔓編みの籠いっぱいに集めたドングリを抱えて少女達が歩いてきた。貫頭衣の裾をひらめかせ、楽しげに談笑しながら通り過ぎて行く彼女らを目で追っている間だけは少年達は静かになった。全くもうコイツらは、とヒコは内心で溜息をつきながら
「な、女の子達が集めたドングリ、自分が作った鉢に入れてもらいたくないか?まとめて焼いたたくさんの鉢の中から「わぁこれ素敵ー」とか言われて選ばれて、「あ、それ俺が作ったヤツ。使っていいぜ」とか言いたくない?」
と水を向けてみる。少年たちはスッとそれぞれの土の前に座り直し、手許の作業に集中し始めた。ヒコは腕組みしてそれを眺め、ウム、と頷く。単純なのは良いことだ。

 やがて皆の器が出来上がると、しかし今度はそれぞれの出来具合をめぐって話が紛糾しはじめた。小柄な少年が小太りの青年の鉢を指して
「どうやったらそんな傾いたもんになるんだよ、ドングリ入れたら倒れるだろそれ」
とからかって笑えば
「お前のは表面デコボコじゃねーか、粗いんだよ仕上がりが」
と返される。
「じゃぁ女子に選ばれるのはやっぱ俺の鉢かな」
とご満悦のノッポに他の二人から
「いやそれは鉢じゃないだろ」
「細い筒だよな」
「どうやって取り出すんだよ底のドングリ」
「めっちゃ使いにくそう」
と矢継ぎ早にツッコミが入る。ヒコは慌てて
「いや、三人とも初心者にしちゃ上出来だよ。多少の難は個性の範疇だから」
と険悪になりかけた話に割って入った。そして
「ねぇ長老」
と後ろを振り返って声をかけたのは、同意を求めるためというより老人の所在確認的な意味合いの方が大きかった。彼は最近ではちょっと目を離すとフラフラとどこかへ歩いて行き、帰り道が分からなくなって更に遠方までさまよい歩いて行ってしまったりするのだ。
「うまいのぅ・・・」
「ほら、みんな上手いって!」
とヒコが言葉を受けて拾うも、
「ドングリ・・・猪・・・炙り焼き・・・」
と老人がボソボソと続けたので台無しになった。
「ほら、俺らの鉢の話じゃないって!」
「長老に訊いたって仕方ないよ、ずーっとボンヤリしてんだもん」
「やっぱ暫定で俺のがいちばん上手くない?」
「上手くない!」
「お前のは筒!」
ヒコはもう彼らには勝手に喋らせておいて、淡々と自作の仕上げに専念することにした。
「でも俺のってさ、見た目はかっこいいじゃん?シュッとしててさぁ」
「見た目重視で使いづらいのとか最低だろ」
「ホシイチ、だよな」
────── ホシイチ。
それはミームであり、伝承による常套句のようなものであり、それを口にした少年にもそれを聞いた少年達にも語句の由来は分かっていない。ただ、物の評価を貶す悪口だという共通認識だけがあった。
 しかしその言葉が発された途端、虚ろな眼差しで座っていた老人がいきなりすっくと立ち上がった。いつになくしゃんと伸びたその背筋にただならぬものを感じて、ヒコも若者達も黙ったままで見上げてしまう。
「☆1!」
「Amazonレビュー!」
「食べログ!」
天に向かって朗々と叫ぶ老人の声には若々しい張りがあった。
「チューバー!」「ビットコイン!」「推し活!」「ブルースカイ!」
少年達の耳にはそれらは謎の呪文のように意味を成さない音の連なりだったけれど、ヒコはかつてそれらを生きた会話の中で耳にしたことがある。まだ老人たちの世代が長老以外にもちらほらと存命していた時分。彼らの、まるでこの世のものではないような子供時代の話に出てきた単語の数々を聞いてそれらを具体的に想像する事は難しかったものの、そこに漂う老人達の、過去への望郷のような哀切な余韻はひどく印象深くヒコの耳に残ったのだった。
それは地球に隕石が衝突する前の。それに連動する火山群の噴火の前の。そして大気に撒かれたエアゾルが寒冷化を引き起こす前の。「飢餓」の、「戦争」の、「文明喪失」の、それ以前を知っていた人々の話。

「ニュートリノ!」「ニュートリノ!」
「ブルジュハリファ!」「ブルジュハリファ!」
「ポケモン!」「ポケモン!」
老人の言詞をふざけて復唱し始めた若者達のはしゃぎ声を聞きながら、ヒコは晴れることのない曇り空の彼方へ視線を投げる。
 「ホーシャノー」という物の怪の結界により入れなくなった地域の遥か向こうに、「スカイツリー」と呼ばれる地上の出っ張りが見える。一年のうち僅かに数度、雲間から日差しが差したときには、ごく稀に、あのてっぺんがチカッと光って見えることがある。
そちらに向けて目を細めながら、「星」というのはもしかするとそんな風なものだろうか、とヒコはふと想像してみた。
〈了〉

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