PTL番外編その3 ポール・ボウルズ読書ガイド
◎ポール・ボウルズ作品集 白水社 1993.11〜1995.10
◯第一巻『遠い木霊』…越川芳明訳(1994.1)
コラソン寄港
ブセルハムの役割
教学師
遠い木霊
カフェの跡継ぎ
ベニ・ミダルの風
アンタイオスの森
誰からも好かれる人間
預言者
稲妻に導かれて
モフタールと死の夢
なんど真夜中に
イズリの水
ラハセンとイディルの物語
サンタ・クルス港を出てから四日目に
◯第二巻『真夜中のミサ』…越川芳明訳(1994.7)
ヒュー・ハーパー
一九六五年 ニューヨーク
鮮血色の部屋
一九三二年 マサチューセッツ
ナイジェル卿宅での夕食
一九七五年 タンジール
ちっぽけな家
マダムとアハメド
ブアヤドの執念
真夜中のミサ
なまくらな夫
中身のないお守り
クビになった男
パソ・ソロにて
ジュリアン・ヴリーデン
氷原
あなたはバスの中に蓮の莢を忘れましたね
クルンテープ・プラザ・ホテル
サハラ砂漠の掟
◯第三巻『世界の真上で』…木村恵子訳(1993.11)
世界の真上で(長編)
◯第四巻『蜘蛛の家』…四方田犬彦訳(1995.10)
蜘蛛の家(長編)
◯第五巻『孤独の洗礼/無の近傍』(1994.3)
孤独の洗礼(紀行)…杉浦悦子訳
まえがき
筌とプライヴェートな用向き
小アフリカ
ナガコイルで投函した手紙
イスラム教徒になりすぎてもいけない
リフ、音楽に
孤独の洗礼
鸚鵡はみんなものを言う
タセムシットへの道
無の近傍(詩集)…高橋雄一郎訳
岬のセレナーデ
哀歌
アメリカ
二重露出
国際的な詩
前奏曲と舞曲
柔和な人に祝福
繊細な歌
池への道
歌
詩
哀れに泣くもの
存在しない村
水の変奏
歳月は拡散する(一場)
旋律(二場)
冬のシディ・アマール
何事も思うがままに
三場
四場
五場
六場
七場
八場
九場
ラヴ・ソング
ポーレモス(戦争)
エチケット
無の近傍
夜々
◯第六巻『止まることなく』…山西治男訳(1995.1)
止まることなく(自伝)
※それまで散発的に翻訳されていたボウルズ作品の、未訳作品を集成したもの。短編は幾つか先行訳があるものもある。ここに別巻扱いの、ブリアットの『ポール・ボウルズ伝』と、パルシファー編『友人が語るポール・ボウルズ』の8冊で揃いとなる。
◎長編
◯極地の空 The Sheltering Sky(1949)
大久保康雄訳(1955)新潮社
◇シェルタリング・スカイ
大久保康雄訳、永井淳改訂(1991.1)新潮文庫
※文庫化に際し、映画に併せて改題の上、現代風に単語や文章を改めた。初刊本はカポーティの『遠い声遠い部屋』と同じ新潮社海外新鋭文学叢書からの出版。アメリカ人夫婦がのっぴきならぬ関係を修復する為にサハラの奥へ奥へと踏み込んで行き、戻れなくなってしまう。
◯雨は降るがままにせよ Let It Come Down(1952)
飯田隆昭訳(1994.5)思潮社
※第二長編。絶え間無く雨が降るタンジールを舞台に、アメリカ人ダイアーが追い込まれて殺人に至り精神を崩壊させてゆく、実存劇。
◯蜘蛛の家 The Spider's House(1955)
四方田犬彦訳(1995.10)白水社
※第三長編。モロッコ独立前夜の混乱を背景に、現地少年とアメリカ人男女の出会いを描く。
◯世界の真上で Up Above the World(1966)
木村恵子訳(1993.11)白水社
※第四長編。中米を舞台に、アメリカ人老医師と若妻の二人が、現地の若者にドラッグ漬けにされ、夢と現の区別がつかなくなって行く。
◎短編集
◯かよわき餌食・家庭の悲哀・医者の息子
嶋忠正訳(1960)南雲堂
さそり→「蠍」
かよわき餌食→「優雅な獲物」
大空の下→「稲妻に導かれて」
夜ふけいくたび→「なんど真夜中に」
やまびこ→「遠い木霊」
※カーソン・マッカラーズ(「家庭の悲哀」「樹・岩・雲」「滞在者」「天才児」滝川元男訳)、ジョン・オハラ(「医者の息子」「時間厳守」「春だったに違いない」「さようならハーマン」伊藤清訳)との合冊。矢印の後は改訳版の題。
◯優雅な獲物
四方田犬彦訳(1989.6)新潮社
遠い挿話
優雅な獲物
昨夜思いついた話(アハメッド・ヤクービからの聞書)
ハイエナ
庭
過ぎ去ったもの、まだここにあるもの
学ぶべきこの地
時に穿つ
※《新潮》1988年11月号のポール・ボウルズ特集に訳出の短編に、三編追加して単行本化。「遠い挿話」は『集英社ギャラリー世界の文学 アメリカ編2』(1989.10)に「異国の出来事」として野崎孝の別訳がある。
◯現代詩手帖特装版 ポール・ボウルズ
四方田犬彦監修(1990.7)思潮社
蠍…越川芳明訳
水の際…四方田犬彦訳
コールド岬の記録…志村正雄訳
ドーニャ・ファウスティナ…越川芳明訳
もし僕が口を開いたら…四方田犬彦訳
会衆の彼…木村恵子訳
友情の時間…木村恵子訳
アラール…志村正雄訳
尖塔歌(詩、白水社版ボウルズ作品集『孤独の洗礼/無の近傍』に未収録)…四方田犬彦訳
◯遠い木霊
越川芳明訳(1994.1)白水社
◯真夜中のミサ
越川芳明訳(1994.7)白水社
※ポール・ボウルズ作品集の第一巻、第二巻。収録内容は上に記す。
◯モロッコ幻想物語
越川芳明訳(2013.5)岩波書店
ポール・ボウルズによる注釈
魚が魚を食べる夢を見た男(アフマド・ヤアクービー※ヤクービ)
ゲーム(アフマド・ヤアクービー)
昨夜思いついたこと(アフマド・ヤアクービー)※『優雅な獲物』所収の別訳
三つのヒカーヤ : 臆病、愚鈍、貪欲(アブドゥッサラーム・ブライシュ)
トラック運転手ウマル(アブドゥッサラーム・ブライシュ)
異父兄弟(ラルビー・ライヤーシー)
竪琴(ムハンマド・ムラーベト※ムラベ)
ル・フェッラーフ(ムハンマド・ムラーベト)
狩猟家サイヤード(ムハンマド・ムラーベト)
黒い鳥(ムハンマド・ムラーベト)
蟻(ムハンマド・ムラーベト)
衣装箱(ムハンマド・ムラーベト)
※口述による物語をボウルズが聞書したもの。1979年にBlack Sparrow Pressから上梓された"Five Eyes"という五人の物語作者の聞書から、作者没後の版権継承困難の為、ムハンマド・ショクリー(※チュクリ)の四編が掲載出来ず、ムラベの他の聞書作品集から五作追加された。
◎作品集未収録の邦訳短編
●タケートのダウィー牧師(1946)
大門一男訳『マドモアゼル短篇集1』(新書館、1972.6、常盤新平編)
●囲んでいる谷(1948)
志村正雄訳『ゴシック叢書22 米国ゴシック作品集』(国書刊行会、1982.12、志村正雄編)
●あんたはあたしじゃない(1948)
柴田元幸訳『ダブル/ダブル』(白水Uブックス、1994.9、マイケル・リチャードスン編)
●視線(1978)
駒沢敏器訳《Switch》1989年6月号
●故郷を遠く離れすぎて(1993)
越川芳明訳『世界文学のフロンティア6』(岩波書店、1997.3、今福龍太、沼野充義、四方田犬彦編)
※未訳短編は、本人セレクトの単行本に掲載されたものが11編、雑誌掲載のみのものが2編確認されている。他に学生時代の習作もある。
◎非フィクション作品
◯孤独の洗礼 Their Heads Are Green and Their Hands Are Blue : Scenes from the Non-Christian World(1963)
杉浦悦子訳(1994.3)白水社『孤独の洗礼/無の近傍』
※紀行文集。再版よりボウルズ自身の意向で一編削られている。
◯止まることなく Without Stopping(1972)
山西治男訳(1995.1)白水社
※自伝。白水社版の帯に「ボウルズ版感情教育」と謳っている事を鑑みれば、フロベール的長編小説と考えられなくもない。
◯無の近傍 Next to Nothing : Collected Poems, 1926-1977(1981)
高橋雄一郎訳(1994.3)白水社『孤独の洗礼/無の近傍』
※全詩集。邦訳されたのは一部。今では詩人という認識はないので、さすがに全訳は無理だったのだろう。
◎評伝・作家研究
◯現代詩手帖特装版 ポール・ボウルズ
四方田犬彦監修(1990.7)思潮社
※ボウルズの短編、長編抄訳、詩、紀行文、そして、研究者による紹介記事、アメリカ本国でのボウルズ作品への批評、年譜など、未知の作家ボウルズを何とか紹介し尽くそうと言う気概が見える。《現代詩手帖》は1991年4月号でも、「ポール・ボウルズその後」と言う特集を組んでいる。
◯タンジール、海のざわめき(1987)ダニエル・ロンドー
北代美和子訳(1993.5)河出書房新社
※ポール・ボウルズに会う為にタンジールへ渡ったフランス人ジャーナリストの、タンジール紀行。ロンドーはフランスのテレビにボウルズを出演させている。
◯ポール・ボウルズ伝(1989)ロベール・ブリアット
谷昌親訳(1994.4)白水社
※フランス人研究者による伝記。とは言え、ボウルズはまだ存命中の刊行で、色々と配慮されている感は否めない。没後、伝記は数種類出ているが、今のところ翻訳されていない。文学部において、卒論に存命の作家を選ぶべきではないと言う暗黙の了解があるのもむべなるかな、棺の蓋を覆って定まった評価としての没後伝記が、日本では未だ紹介されていないのである。
◯地の果ての夢、タンジールーーボウルズと異境の文学者たち(1991)ミシェル・グリーン
新井潤美、太田昭子、小林宜子、平川節子訳(1994.5)河出書房新社
※アメリカ南部出身のジャーナリストによる、タンジールでのボウルズ夫妻のノンフィクション。「アハメッド・ヤクービの愛と商売」と言う章で、ボウルズ本人やブリアットがお茶を濁す同性愛の側面に切り込んでいる。大胆な書物。
◯友人が語るポール・ボウルズ(1992)ゲイリー・パルシファー編
木村恵子、篠目清美、藤田佳澄訳(1994.7)白水社
※作家仲間のウィリアム・S・バロウズ、ゴア・ヴィダル、作曲家のジョン・ケージ、画家のフランシス・ベーコンなど、ボウルズと親交のあった人たちのインタビューを主に収録。惜しむらくは取材時に既に、スタイン、コープランド、ヤクービ、テネシー、カポーティ、と言ったボウルズと親しかった人物が鬼籍に入ってしまっていた事。
◯シェルタリング・スカイを書いた男 ポール・ボウルズの告白(1998)
※最晩年のボウルズに取材したドキュメンタリー映画。アップリンクからDVDが発売されている。ボウルズ、バロウズ、ギンズバーグの旧知の作家仲間が再会する場面は感動的。ボウルズ晩年を支えたムラベ、チュクリ、ジェインの恋人だったシェリファら、現地の人物のインタビューも多数。ボウルズの恋人だったヤクービの若き日の姿も少しだけ登場する。
◯モロッコ流謫
四方田犬彦(2000.3)新潮社、のち、ちくま文庫(2014.7)
※1999年11月18日のボウルズの訃報を受けて、後書が記されている。後半は、四方田のボウルズ論がまとめて収録されており、前半は、モロッコに魅せられた日本人作家・石川三四郎、そしてジュネ、マチス、バロウズ、モロッコを舞台にした映画『モロッコ』『カサブランカ』『さよならモロッコ』『ヘカテ』を巡る長編紀行。四方田は日本でのボウルズ・ブームの火付役であり、生前のボウルズとも親交があった。
◯ポール・ボウルズ 越境する空の下で
外山健二(2020.3)春秋社
※国内唯一のボウルズ研究書。類書がおいそれと出る事はないだろうと思えば、大変貴重である。エキゾティシズムだけではなく、西欧とムスリム文化との接点としてボウルズ作品を評価している。著者は筑波大学の地中海・北アフリカ研究センターの客員共同研究員(本書刊行当時)。今後もボウルズ研究の執筆・翻訳が期待される。
◎ジェイン・ボウルズ関連
◯ふたりの真面目な女性 Two Serious Ladies(1943)
清水みち訳(1994.2)思潮社
※ジェインの唯一の邦訳書。唯一の長編でもある。他に原語での著書は、短編集と戯曲のみ。全作品をまとめた作品集が1966年、ジェインの親友カポーティの序文を冠して刊行されている。この長編はクリスティーナというお嬢様と、歳上のコパーフィールド夫人という、二人の変わった性格のレディが巻き起こす珍騒動を描く。
◯伝説のジェイン・ボウルズ(1981)ミリセント・ディロン
篠目清美訳(1996.1)晶文社
※浩瀚なジェインの伝記。著者は作家・劇作家で、ジェインの書簡集やポールの研究書も執筆している。
ジェイン・ボウルズに関しては、《マリ・クレール》1992年1月号が大特集を組んでおり、ポールのインタビューや短編「鉄製のテーブル」が訳されている。ジェインの短編は他に、『女ごころ』(新書館、1974.8)に「姉妹」、『世界文学のフロンティア2』(岩波書店、1996.11)に「野外の一日」、『女たちの時間』(平凡社ライブラリー、1998.12)に「なにもかも素敵」(《ユリイカ》ポールの特集に訳出されたのと同短編)、が翻訳されている。
◎雑誌のボウルズ特集
◯特集ポール・ボウルズ 永遠の越境者
《ユリイカ》1994年3月号
※この手の文学者特集はお任せあれ、という《ユリイカ》。ボウルズの短編「ちっぽけな家」「氷原」は白水社版作品集に収録。ボウルズが1975年に翻訳したイザベル・エーベルヘルトの『忘却を求める人』の序文は、余り紹介されていない彼の評論。また、ジェインの短編「万事が素晴らしい」も掲載。
◯ボウルズは忘れるがままにせよ
《トーキングヘッズ叢書No.9》1996年6月
※書苑新社からかつて出ていた、とんがった文芸誌(なのか?)。今でもアトリエ・サードから刊行されているのはまさに奇跡。ポールの詩「眠り歌」「秘め言」(両方とも白水社作品集未収録)、ジェインの詩「妹の手をとり」、ブライシュの「三物語」、ムラベ「毛の数本で愛」と言ったボウルズの聞書作品を訳出。慌ただしいブーム後の総括的な手引である。笑える記事多数。やはりココはとんがっていた。
ボウルズ関連の著書は2025年現在、新刊としては『モロッコ幻想物語』以外全滅。ブームなんて所詮作られるものだから、とニヒルに構えるのもイヤなのだが、日本ではあまり広まらなかったようである。『シェルタリング・スカイ』の映画も、知る人ぞ知る珍作としか見做されていない。坂本龍一のテーマ音楽が一番有名だったりして。
そもそも日本では80年代以前は、『極地の空(シェルタリング・スカイ)』と、マッカラーズ、オハラとカップリングの短編集しか翻訳がされておらず、全くの無名作家だった。
一方で、1978年にアメリカの小出版Black Sparrow Pressが『シェルタリング・スカイ』を再刊したのをきっかけに、作品の再評価の機運が高まり、80年代を通して世界的にブームとなった。同じBlack Sparrowから再刊されてブームとなったブコウスキーと、バロウズと三人併せて「3B」等と言われる事もあった。ヤバいジジイが三人、なのだろうか。
遅れて日本では、《新潮》1988年11月号のボウルズ特集から怒濤の紹介が始まった訳だが、その後、人口に膾炙したとは言い難い。知る人ぞ知る作家に止まっている。
ボウルズのゲイ要素については、色んな人が触れてはいるが、やはりジェインとの夫婦作家のイメージが大きくて、その辺りは公然の秘密にされているのかもしれない。
一方でボウルズはヤクービを家に住まわせ、どの国に行くにも連れて行き、スリランカの小島までも伴っている。ヤクービは十代後半から二十代の数年を、ボウルズと寝食を共にしているのだ。時にはジェインが嫉妬する程に。
付かず離れずの関係だった二人の作家。『シェルタリング・スカイ』とは異なり、病に斃れ客死したのは妻の方、夫はその後30年近くその地で暮らし、己の業績の再評価ブームも見納めて89歳の天寿を全うした。
