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PTL File.08 ボウルズ『蜘蛛の家』(1955)その二

 『シェルタリング・スカイ』が1990年にベルナルド・ベルトルッチ監督によって映画化されて注目を浴びる以前は、原作者ポール・ボウルズは1984年に死亡したと、日本の某文学辞典に書かれていた時期があったが、映画で本人がカメオ出演しているので、図らずも生存確認となった感がある。
 王国からフランス植民地へ、再び1956年に独立、立憲君主制という歴史を辿ったモロッコの地で、ボウルズはひっそりと生きていた。同じく作家であった妻のジェインが長患いの末に1973年に亡くなった後も、ずっとモロッコに留まり続けた。
 彼をモロッコに留めたものは何か? モロッコの風土をこよなく愛したのはわかる。だがそれ以上に、彼はモロッコの男たちを愛したのではあるまいか。
 1999年に亡くなるまで、彼の側には常にモロッコの男たちがいて、老齢の彼の世話を焼いたり物語を語って聞かせたりしていたと言う。

 夢に導かれてタンジールに上陸し、そこに居を構えたが、その間もスペイン、イタリア、ポルトガル、インド、スリランカ、アメリカ、日本へも旅をして、忙しない日々を送る。
 「自分は観光客(ツーリスト)ではなく旅行者(トラベラー)に属する」と言う有名な一文が『シェルタリング・スカイ』にあるが、要は、観光客はいずれ旅の終わりに日常に戻ってゆくが、旅行者には戻る場所や日常はないと言いたいのだろう。

 彼は代表的な短編小説では、殊更に残酷な描写で読者を震撼させた。「遠い挿話」(1945)では、白人言語学者が現地民に捕えられて舌を引っこ抜かれて奴隷と化す。「優雅な獲物」(1948)では、少年がレイプされ去勢された上に咽喉を切り裂かれる。
 初期長編『シェルタリング・スカイ』(1949)、『雨は降るがままにせよ』(1952)には、そういった瞬発的な残酷さはないものの、真綿でじわじわと首を絞められるかのように西洋人の主人公たちは破滅してゆく。
 最後の長編となった『世界の真上で』(1966)も舞台は中米だが、陥穽に嵌った西洋人が運命に絡め取られてゆくプロットは初期長編と酷似している。
 だが、『蜘蛛の家』はそれら三作の似たような雰囲気とは異なり、叙事詩的な題材でモロッコの独立前夜を中心に描かれている。視点も主に二つ。その主人公に選ばれたのはアマールと言う古都フェズのシェリフ(預言者)の血を引く少年。そして、作者自身の投影されたステンハムと言うアメリカ人だ。

 第一部と第二部はアマール少年の視点で描かれる。アマールは古い家系のシェリフのシ・ドリスの次男坊に生まれた。法力(バラカ)が兄より強いためか利かん気で、学校に行かず文盲のままである。色んな仕事を転々とするが身につかない。
 独立党員(イスティクラル)の友人たちと交わるのが原因で、父に鞭で打たれ罰せられたりする。親はアマールが独立運動に関わって投獄されるのを恐れている。この国の若者たちは皆、植民政策の横暴や彼らのスルタンを追放したフランスに怒りを感じている。擾乱の気がフェズの街にも到来していた。
 作品内で「一年前にスルタンが連れ去られた」と書かれているので、ムハンマド5世がフランスによってマダガスカルに放逐されたのが1953年、つまり小説は1954年のフェズを舞台にしている事が分かる。ムハンマド5世は1955年に復位してモロッコを独立に導いた英雄だ。そんな激動期が背景。

 アマールは壺焼職人に弟子入りする。その陶工とモロッコの政治情勢について話す場面で、唐突にこのような一文がある。

 アマールは本当は知っていた。聖戦ジハドだ。すべてのムスリムが見つけしだい信仰なき者どもを殺してまわる大量虐殺が起きるのだ。彼は男の荒々しい口調に少し圧倒されて、黙って坐っていた。フランスが自分の国の王座に偽の君主を坐らせていることな、知らないわけがなかった。世界中の誰もがお見通しだ、と考えていた。誰もと同じようにこの無礼には怒りを感じていたが、かといってそれを深く考えているわけではなかった。

『蜘蛛の家』(四方田犬彦訳、白水社)

 ジハード…イスラム原理主義との抗争の中でさんざん取沙汰された、あの恐ろしげな言葉が早速登場する。イスラムの他宗教に対する不寛容を表すこの言葉は、敬虔な少年の胸に深く刻み込まれている。
 モロッコを食い物にする宗主国フランス、傍観者の「ナザレン(ナザレ人)」と呼ばれるキリスト教徒(キリストを「ナザレのイエス」と記す福音書から来る呼称)、フェズにも「メラー」と呼ばれるユダヤ地区を持つユダヤ人たち。そうした人々の流す血で真のイスラム改革が行われるのだと信じる民衆。中世から現代に至る宗教戦争の縮図である。

 ある日、アマールはモハメッドと言う友人を誘い、街を離れた湖アイン・マルカに自転車で行く。モハメッドはフランス語が喋れるイスティクラルの支持者で、蒙昧なムスリム民衆を侮っている。それが文盲であるアマールの心に引っかかっている。
 水辺で山の子(ジビリ)の少年を見かけたモハメッドは、よからぬ企みを持ちかける。

「イスティクラルがそういってるのか。」
「えっ?」モハメッドは、洗濯をし終えた地元の少年が大岩の上に裸で跪み、服が乾くのを待っているさまを眺めていた。
(中略)
 モハメッドは坐り、水を見ていた。現地の少年は服を干している岩のまわりをぶらぶらして、乾きぐあいを確かめていた。モハメッドは眼を細めてそれを眺めていた。それからとうとうアマールを見上げた。
「あっちまで泳いで、あいつをからかってやろうぜ。」彼はそう持ちかけた。アマールが返事をしないので、彼は続けた。「お前があいつをやっつけておれに回したら、次はおれがお前に回してやるぜ。」
 アマールの唇から言葉が、頭のうちではっきりと固まらないうちに、零れ出た。「おれもお前にお前のお袋を回してやるぜ。」彼は相手を見ずに邪険にいった。
 モハメッドは飛び上がった。「ええっキファシュ? 何だって?」彼は眼を丸くした。まるで気狂いのようだった。
 さてアマールは心臓をきゅっと締めつけられるようで、息遣いは荒かったが、それでも相手を静かに見た。「お前のお袋をやってやるぜ。もっともお前が自分の妹をおれに回してくれればだけどな。」

『蜘蛛の家』(前出)

 これを機にアマールとモハメッドは喧嘩になり、アマールは鼻を殴られて血を流しながら別々に帰途に着く事になる。
 うっかり読み飛ばしてしまいそうな場面だが、非常に性的なものが含まれているのでは無いか。ティーンエイジャーの二人が、もっと年端の行かない裸の少年に対し、回してやろう(輪姦してやろう?)等と言ってるのだよ。
 四方田犬彦の訳は何だかその辺が曖昧に思えて、原文を当たるとこうだ(「あっちまで泳いで」以降を抜き出してみる)。

"Let's swim across and have fun with him," he suggested. And as Amar did not respond, he continued: "If you'll hold him for me I'll hold him for you."
The words that came out escaped from Amar's lips before he had formed them in his mind. "I'll hold your mother for you," he said viciously, without looking down at him.
Mohammad leapt to his feet. "Kifach?" he cried. "What was that?" His eyes were rolling; he looked like a maniac.
Now Amar looked at him, calmly, although his heart had more sharp points than ever, and he was breathing fast. "I said I'd hold your mother for you. But only if you'll hold your sister for me."

"The Spider's House"
Penguin Modern Classics

 「回す」と訳語が当てられた"hold"には本来性的な意味は無いが、この文脈では明らかにヤバい意味だ。勿論、少年達はフェズ方言のアラビア語で話しているていだが、英語で執筆するボウルズとしては、"hold"で性的凌辱を匂わせるのが精一杯だったものだろう。
 アマールのモハメッドへの突然の憤激は、田舎の民衆を無知蒙昧と侮る都会人やイスティクラルへの怒りである。侮られ、時には性暴力に晒される民衆側の立場で、アマールはモハメッドに喧嘩を売ったのだ。

 今でもアラブ世界では、髭を蓄えない男は一人前の男とは見做されず、時にはレイプされたりすると言うのは有名な話だ。だから日本からあちらへ赴任する駐在員や特派員は洩れなく髭を生やす。
 まだ髭も生え揃わない少年が、更に年少の「ジビリ」を狙っている。性暴力へのハードルが低いのは、土地が未開だからとか第二次大戦直後の世相だからと言う言葉では済まされず、イスラム世界における女性やゲイへの蔑視が根元にあるのかもしれない。

 少年はアイン・マルカからの帰り道で、偶然、イスティクラルの要人のムーレイ・アリと言う果樹園主と出会い、メディナの壁の外の世界を知る。
 ムーレイの邸には若い利発な男の学生達が集められていて、ホモソサエティを構成している。アラブ世界の上流階級の男達の雰囲気はもしかすると、衆道に対する意識も含めて日本の武士階級のそれに近いのだろうか。

 果樹園からの帰り道、今度は友人の兄でイスティクラル党員のベナニに出会し、独立運動の話を聞かされる。彼は「独立」と言う言葉を聞くと「炎の空と復讐の天使の翼と完璧な破壊」を思い浮かべるのだった。普遍的なムスリムのイメージする「聖戦」そのものだ。かたや、独立運動に肩入れする者たちは工場建設やインフラ整備を夢見ている。信仰と近代化に二分化された民の姿がここに描かれている。
 ベナニはおそらくムーレイの差金で、アマールがどこまで隠れ家の事情を知っているかを探っている。アマールが官憲に捕まったりしてうっかり洩らされたら困る事があるのだ。
 まだ幼いところのあるアマールは、今後、どういうスタンスに変わっていくのだろうか。

 心配する両親を尻目に、翌朝、アマールは騒擾の雰囲気の充ちる街に出る。ベルベル人の軍隊が門の外に駐留し、商店は掠奪を恐れて皆扉を閉ざし、フランスの犬となった同胞の警官が学生たちによって血祭りにあげられリンチで殺されるのを、アマールは目撃してしまう。メディナの内は危険な空気が漂っていた。
 イスティクラルによる蜂起が間もないと皆知っていて、迂闊に出歩かない。アマールだけが好奇心に駆られて門の外のカフェに辿り着く。そこで彼は、フランス人ではないナザレンの男女に出逢う。

 第三部は「燕の時刻」と名付けられた、西洋人の視点。『千夜一夜物語』の引用から取られた見出しで、「燕」は他所者のメタファーだと知れる。高みから地上を見下ろす燕と言う訳だ。
 アメリカ人作家で長らく当地に暮らすステンハムと、その仲間が登場する。仲間のイギリス人のモスとケンジーは裕福な実業家だが、ステンハムは売れっ子作家とは言い難い、手元不如意なホテル暮らしである。
 彼らの元にヴェイロン夫人と名乗るアメリカ人の若い女がやって来る。ステンハムは彼女を馬車でフェズの城壁巡りに誘い出す。もうすぐ近代化の波に飲み込まれて失われてしまうこの街の姿を見せたかったのだ。しかし、何かしらの不興を得て、彼女は突然、フェズを去る。

 その夜、アラブの友人の宴会から帰ったステンハムのもとにモスから呼び出しが来る。民族主義者の若者たちの訪問を受けていたのだ。彼らは、ホテルに居残っているステンハムとモスにホテルからの退去を求めてきた。
 友人のケンジーはその日、官憲と市民の衝突をただ見ていただけで逮捕された。すぐに釈放されたがもうフェズには居られないと、宵の内にタンジールへと発っていた。
 フランスを激しく敵対視する民族主義者たちは、フランスに武器を供与しているからと、アメリカも非難した。モスはイギリス人だが、と皮肉を言うステンハムに、キリスト教徒は皆同じだ、と答えた。独立運動はもはや宗教戦争の様相を呈していた(『止まることなく』に拠ると、アメリカがテロリストに武器を流していると、フランス側が反米感情を募らせている。どっちもどっちで、いやはや…)。
 ところが、フェズを発つ決心をしたステンハムの前に、翌朝ヴェイロン夫人が戻って来た。とりあえず俄かの出発は取りやめて、二人は歩いて行ける門外のカフェに行き、そこで議論となる。
 ヴェイロン夫人、リー・バロウズは進歩主義を信奉し民族主義者を支持している。ステンハムは古いモロッコを愛し、進歩や独立運動や啓蒙には意味がないと考えている。カフェで議論になり並行線を辿る二人の前に、風変わりな現地の少年が現れた。アマールとステンハムはこうして、騒乱の雰囲気慌ただしいメディナで出逢う。

 アマールという名の人物は、『蜘蛛の家』が初登場ではない。1945年にニューヨークで執筆された短編「水の際」の主人公も同じ名だ。
 この短編のアマールは天涯孤独で、従兄弟を探す為に隣町に出掛ける。そこの大浴場で門番の少年、そして「ラズラグ」という化け物と邂逅する。少年はラズラグに逆らうと鳥に姿を変えられると慄き、浴場に入る事を拒む。門番はここまで。アマールは水際で奇妙な生き物に会い、お前はこの水に浴してはならないと拒否され、思わず蹴り飛ばす。周りの客たちが驚き、それがラズラグである事を知る。門番の少年に助けられてトラックに乗り、海沿いの街へ逃げる。少年はラズラグに鳥にされる運命から逃れられたと喜ぶが、海の水際でラズラグが待ち構えていた…

 ボウルズは1931年に初めてタンジールを訪れて以来、毎年のようにモロッコの地を旅していたのに、1937年にニューヨークでジェインと出逢ってからは不思議とアフリカ大陸を訪れていない。10年後、単身、夢に導かれてタンジールへ渡り、そこで第一長編『シェルタリング・スカイ』を執筆する。ジェインがアフリカの大地を初めて踏んだのは、その半年後だ。
 北アフリカの地を舞台にした短編を断続的に発表していたボウルズが、モロッコに腰を落ち着ける事を模索していた時期に、アマールという若者の造形が生まれた。1947年のフェズで、ボウルズはついに、『蜘蛛の家』のアマールの直截的なモデルであるアハメッド・ヤクービと出逢う。
 ヤクービはフェズの富裕な旧家の出身で、ボウルズと出逢った時16歳、長編のアマールと似たような年齢だった。自伝では、ヤクービはフェズの有力者(ムーレイのモデルか?)のサークルに所属して既に画家として認められていたように説明されているが、まだ16の少年、ボウルズが未来の才能を見出せた伯楽なのでは無く、やはり色を愛でたのが本当のところだろう。そんな事情は絶対に自伝では語られないが(テネシー・ウィリアムズは『回想録』で、愛したフランク・マーローの性的魅力を滔々と語っている。そこが、この二作家の性に対するスタンスの違いだ)。
 ヤクービは後に結婚してアメリカで暮らした。ボウルズより先の1984年に癌で若くして亡くなっている。

 妻ジェインとのエピソードが盛り沢山で強烈な為、ヤクービとの邂逅は有耶無耶にされがちだが、ボウルズとヤクービはその後数年間、暮らしを共にしている。
 ジェインにもその頃、タンジールの市場で出逢ったシェリファという恋人がいた。民族主義に感化されたシェリファとの関係が拗れに拗れ黒魔術まで登場して、ジェインは精神的に異常を来たし脳卒中で斃れる事になった。

 リーと言う若い人妻は、ステンハムと相容れない進歩主義者・啓蒙主義者だと先程述べた。ボウルズの実在の妻ジェインはかなり活動的なレズビアンで結婚後も同性の恋人を何度も持っていた。リーのモデルとは思えない。
 リーの造形にはおそらく、リー・バロウズの名の通り、ボウルズがモロッコ内乱の頃知り合ったウィリアム・S・バロウズ(初期のペンネームはウィリアム・リー)が関係している。
 ジャンキーの中年バイセクシュアル作家が何故に若い人妻に転生するのかは謎だが、何かを疑わずに盲信し付き纏う感じはまさしく『クィア』の作家である。スキャンダラスなバロウズは、反動的な懐疑主義者(かつクローゼット・ゲイ)のボウルズには、少し鬱陶しく感じられていたのかもしれない。
 ボウルズとバロウズらビートニクは、結構仲が良かったが、それはボウルズの来る者拒まずの態度のお陰だろう。ジェインはビートニク連中を嫌っていたようである。

 燕の時刻、高みの見物は、機関銃の音によって終わりを告げる。カフェの外でフランス傭兵ベルベル人の軍隊が、デモ蜂起した市民の殺戮を始めたのだ。
 メディナの門と言う門は封鎖され、アマールは家に帰る手段を失う。アマールをここに引き止めてしまった自分たちの責任だからと、リーは彼を連れて何とかホテルへ帰ろうと考えた。
 女子供と見れば強姦しかねないベルベルの軍隊がいなくなった後、彼らは行動を始める。

 第四部がここから始まる。フランスの警官に警護されて、アマールと白人男女はホテルへの道を辿る。途中、ベナニが彼を見て、自分たちの事は何も喋るな、と叫ぶ。アマールと白人が逮捕されたと思ったのだ。
 フランス人の護衛を従えて、アマールは優越感を感じていた。そして今後、この白人の男とベッドを共にしなければならないのか、と考える。古いアラブの諺に「ユダヤ人と食事をともにできても、ベッドをともにすることはできない。キリスト教徒とはベッドをともにすることはできても、食事はともにすることはできない」とあるからだ。
 アラブの若者を好むキリスト教徒のゲイがたくさんいる、とアマールは知っている。これは重要な知恵だ。少なくとも、ナザレンに体を売る、そう言う選択肢がある事を、アマール少年でさえ知っている事が重要なのだ。

 ジッドの『背徳者』(1902)を引用するまでもなく、ヨーロッパやアメリカのゲイの一定数がアフリカで青少年を漁る事を喜びとしていた。キリスト教のように教義で同性愛を絶対的な罪と断定するのではないが、イスラムも基本的には同性愛には厳しいはずである。なのに、何故かアラブ世界にその種の性的供与が蔓延っている。
 植民化された事に由来する、強かなアティテュードだったのかもしれない。それが先程の、キリスト教徒とはベッドを云々の諺に結びつくのかもしれない。
 そもそもユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、時代が違えど発生した地域はパレスチナ付近であり、信仰の土台に旧約聖書の伝説を共有している。この三者の間で、何千年にも亘って殺戮と征服が繰り返されている。
 アラブの少年少女が愛情や理解ではなく対価を以てヨーロッパ方面のキリスト教徒たちに性的に奉仕したのは、外貨獲得だけではなく、ナザレンに対する憎悪を培う聖戦の試練と考えていたのだろうか。性的服従すらも、アラーの意のままに。

 アマールの覚悟は杞憂に終わる。ボウルズは強い立場の白人がアラブの少年を犯したりするようなプロットは、もはや書かなかった。
 「優雅な獲物」では、少年ドリスは砂漠で、キャラバンを強奪するならず者に服を脱がされ犯された(これはさすがに表現はぼかされている)後、ペニスを切り取られ腹を裂いてそこに押し込まれて(酷い!)放置されると言うのに。朝になってまだ生きていたドリスは、咽喉を裂かれて絶命する。
 短編は1948年の執筆で、ボウルズは出逢って間も無いヤクービに対する欲望や愛情を、小説において歪んだ暴力に昇華させた。それから何年も起居を共にし、この変化が生まれたのだろうか。アマールのいたいけな姿に胸打たれた読者としては、そう願う。

 少年は床の真ん中に坐り、まわりに靴という靴を半円状に並べていた。手に靴の片方をもち、それを確かめている。
 彼は手にもった靴を示しながら、意見を述べた。「いい靴ばかりだ。いつもきちんと磨いておかなくちゃいけない。皮に皹裂ひびが入ると、靴が駄目になる。それでおしまいさサフィ!」

『蜘蛛の家』(前出)

 爆撃音の響くホテルで食事を終えたステンハムとリーが部屋に戻った時、アマールは騒動をものともせず靴を並べて暇を潰していた。と言うか、遊んでいた。この場面にふと私は、ボウルズが出逢った頃のヤクービの姿を垣間見た。なかなか胸襟を開かない現地の少年。口ぶりとは裏腹に仕草はまだあどけない。ささやかな描写だが、そこに、この少年を愛しむ想いが溢れてはいないだろうか。

 ボウルズはヤクービとの関係を、伝記作者のブリアットにこのように語っている。

(前略)「彼はわたしの家でしょっちゅう寝起きしていて、ときには何か月もいた。でもジェインが来ると、ホテルに移らなければならなかった。彼女に嫌われていたからね。あんなに嫌われるなんて不思議だよ。許されるべきことではないとジェインは感じていたんだな。なによりも自分がそう思っていたんだろうが、同時に、世間の眼から見た場合も考えてね。でもジェインにも女友だちがいたんだ。もちろん、誰も自分のことをあげつらったりしないし、世間の人はそんなこと気にもかけない、と言い張っていたがね。彼女の言うとおりだったのかどうかわたしにはよくわからない。とにかく彼女は──徐々にだが──いわゆる”世評”を気にしはじめるようになったんだよ」

『ポール・ボウルズ伝』ロベール・ブリアット
(谷昌親訳、白水社)

 ジェインの感じた「許されるべきではないこと」が何なのかは、言うまでもないだろう。

 実は、ボウルズとヤクービの蜜月は思ったよりも短いものだった。1947年のフェズで出逢って、1953年にボウルズはスリランカのタプロバーネ島を購入、そこにもヤクービを伴った。同年、ハンス・リヒターの実験的映画『8×8』に二人揃って出演するが、その頃ヤクービがジェインの戯曲の舞台に出演した女優と恋に落ちたらしい。
 1957年11月、一行がタンジールに戻った際、モロッコ新政府から「ペルソナ・ノン・グラータ」とされていたヤクービは逮捕され半年以上拘留された。釈放された時ボウルズはヨーロッパを旅行しており、しばらくタンジールに帰らなかった。ボウルズの自伝からも静かにヤクービはフェイドアウトし、彼は単身でアメリカに渡り、そこで画家として一生を終えた。
 最後の頃、ボウルズはヤクービに冷淡であった、と『モロッコ幻想物語』(岩波書店)の解説で、四方田犬彦は述べている。その後、より若い街の少年たちに心を移した事も。
 蜜月から別れ、そしてストレートの人生へ。ボウルズは女に惚れたヤクービを許さなかったのだろうか。それとも、青年になってしまった相手に魅力を覚えなくなったのだろうか。後者だとすれば、やはりボウルズは非情な人物だったと言えるかもしれない。彼の名を高からしめた残虐な短編小説の作者に相応しい人格であったと。

 第四部はアマールとステンハムの交互の視点で描かれる。ホテルに匿われる事になったアマール。そして、モスがステンハム達とここから退去しようと誘いに来る。禁じられた「アイドの祭り」を翌日に控え、一斉蜂起が起きるからだ。これはアマールのパートでもずっと懸案にされている。
 アブラハムが我が子を犠牲にした故事に因み、羊を屠って祝う「犠牲祭」とも呼ばれるこの祭りは、イスラム暦第12月巡礼の月の10日から始まる(イスラム暦は太陰暦であるので年毎にグレゴリオ暦とは、ずれて行く)。キリスト教でも燔祭として伝えられる祭りである。
 民族主義者達は正式なスルタンが放逐されているのに羊の祭りを行うなら武力で阻止する、と息巻いている。そして祭りを巡って至る所で暴力沙汰が起きていた。爆弾が飛び交い機関銃が発射され、血で血を洗う闘争となっていた。
 それに巻き込まれたら、傍観者の非フランス人とて命の保証はない。モスの誘いに対し、ステンハムはアマールと相談して、フランス人のいない田舎で羊祭りを見たい、と呑気な事を言い、モスは呆れて自分だけ退去する事にする。

 リーもまたフェズを退去しようとするが時既に遅し退路は絶たれ、ステンハムと共にバス旅をして、二日かかる田舎の村シディ・ブウ・シュタで、アイドの祭りを見る羽目になる。その村にはアマールが連れて行ってくれた。
 アマールはバスに乗る前に例の喧嘩相手のモハメッドと再会し、あの時の貸自転車の料金で因縁をつけられて、モハメッドも田舎の村に付いて来る事になった。四人でバスに揺られて、フランス軍も民族主義者もいない場所で、イスラム本来の荘厳な祭りを迎える。
 ステンハムは祭りに夢中になりリーと少年達をほったらかし。リーは有り金全部をアマールに与えて、お払い箱にしようとする。少年達はフェズに戻る事にして、アマールは金の一部をモハメッドにやり、ひとり、あのムーレイの邸に向かう。

 こうして、アマールとステンハムは再び別の世界に生きる事になった。呆気ない別離だが、そこに作家は、遠くない将来の愛人との別れを予感していたのかもしれない。
 スリランカの離れ小島タプロバーネでこの長編は書き上げられ、そこにはヤクービも一緒にいたが、もしかすると、ヤクービと新しいガールフレンドの仲を懸念してボウルズは遠隔地に行ったのかもしれない。ジェインは例によってセイロンの孤島が気に入らず先にタンジールに帰ってしまった。

 ムーレイに利用され、警官隊を引き付けておく囮にされたアマールは、果樹園から逃亡しフェズのメディナに戻って来る。母と妹は別の街に避難していた。ホテルを訪ねるとステンハムとリーがタクシーでフェズを去って行くところだった。

 『蜘蛛の家』と言う長編は、モロッコに暮らしたボウルズが目の当たりにした、血塗られた独立運動の様子を活写したアクチュアルな作品であると同時に、やがて来るヤクービとの別れを哀惜するメッセージだったのではないだろうか。出逢った頃のいとけない愛人の姿をそこに閉じ込めた…
 そう思うと、先に引用した、ホテルの部屋に取り残されて靴で遊ぶアマールの姿が、胸に迫って来るのである。何気ない場面だが、その執筆動機を探ると余りにもエモーショナルで、私は涙を禁じ得ない。ともすれば長大で心情描写に全く踏み込まない作家と作品だが、こんな読み方もありだろう。

ブリアットの伝記より。束の厚い本ゆえに歪んだ画像になって申し訳ない。撮影者の名前に注目。

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