ゲイ読み赤江瀑224 「秘夜長夜」
◯ 「秘夜長夜」 《問題小説》 1996年9月号
一応、秋男という男が視点人物だが、これがはっきりしない。彼はどんな年頃なのか、風体は、職業は…最後まで分からない。
そして、物語の中心にいるのは彼ではない。ふたりの女。かたや、車椅子。かたや、松葉杖。曰くありげなふたりである。
女たちは、水音と共に現れる。もうそれからして、この世ならぬモノであることが分かるだろう。視点人物にふたりの「存在」を配するのは、赤江の代表作「花曝れ首」を想起させる。
ただ今回は、視点人物さえ、朧、なのである。
近頃の秋男の日常には、水音が耳に聞こえてくるという習性が加わっていた。
それが、夢の先触れだった。
聞こえてくると、秋男は耳を傾ける。
波の音。
懐かしい音であった。
遠い歳月のかなたに、おぼろなものが幻景のように姿を現わす。秋男が産声をあげた村の小さな漁港のたたずまい。古い築港の石積み堤。白い砂浜。陽ざらしの磯辺の物言わぬ岩石の群れ……。
光る海。
忘れていた風景を、波音が運んでくる。
生まれ故郷の水の音だと、秋男は、いつも思うのだ。
夢界は、ぼんやりとその水音に身をまかせていると、やってくる。
そんな習性が、身についていた。
車椅子と、松葉杖の女に出会ったのも、そんな夢の中の一つの出来事にすぎなかった。
ややこしいことに、今回の女たちは、片方が京都弁というような、読み分けの配慮がなされていない。どちらもきっぷのいい標準語で喋っている。会話も2倍ダーシ(──)で全て表現されているので、とかく混同する。わざと作者はそうしているのだ。
ふたりの女はそれぞれ、両足切断で車椅子、片腕切断に片足義足、と凄惨な状況で、それでも秋男の前に現れる時は、和服を着こなしていたり、コートを羽織っていたりする。
お互いに悪態を付き合うのだが、その話から察するに、彼女たちは事故に遭った車に乗り合わせていたのだった。
ふたりとも舞踊家で将来を約束されていたのに、奇禍で体が不自由になり、この状態になっている。
彼女たちはライバルだった。踊りの舞台でも、恋の鞘当てでも。そして、ひとりの男の車に二人が乗ってしまって、結果、こうなった…
女たちのいがみ合いは続く。あの日、どちらが先に車に乗っていただの、どちらが車の主に誘われただの、痴話喧嘩のレベルの話で激昂する。まるで「花曝れ首」の、ふたりの江戸の色子、秋童と春之助の殺し合いのようだ。
車の主は、どうやら、片方の女の踊りの家元らしい。その関係を知っていて、もう一人が車に押しかけたのだろう。女たちの押し問答は果てしない。
秋男は、なぜか、その争いを傍観しながら、遠い水音に心を寄せている。彼にとって、その女たちは見ず知らずなのだが、果たしてそう言い切れるのかどうかも分からない。
秋男という視点人物自身が、どのように生きているのかが、全く抜け落ちているのだ。
タイトルは「秘夜長夜」。秘められた長い夜。単行本未収録の旧作「白夜怨夜」に似たタイトルで、出来も似たようなものだ。こちらは諍い合う女たちのディテールが生々しい分、苦い味わいが増している。
女たちが車の後ろのシートで、互いに忍ばせた匂袋を貶し合い、それをハンドルを握る家元に突きつけて、どちらが品がいいのかを選ばせるという、奇行に走ったらしい。そんなゴタゴタのせいで車は運転を誤り、トラックと…
男だけが死に、女たちは無惨な姿で残された。いや、ほんとに生き残ったのか? どう考えても、彼女らも幽霊…
なんというか、身も蓋もないキャットファイトめいた会話と、水音に原郷を感じている視点人物自身との対比がミスマッチでいて、ああ、赤江らしいダイアローグとモノローグだなあ、と。
そして、秋男という視点人物も、一体誰やねん、と考えてみると、まさかまさかの車を運転していた家元かもしれないし、全くその女たちと縁もゆかりもないかもしれないという謎。
曖昧なままに秋男が、自分の年齢も、どれだけこうしていたかも定かではなく、それでいて「生まれ故郷に帰ってきたのだ」と感慨に耽っている。
これは、ちょっと読後の感想に困ってしまう作品だ。こんなに困らされるのも久々かもしれない。…いや、ちょくちょくあるかw
魂の原郷探しは赤江晩年の一貫したテーマだが、この作に関しては、おそらく、女二人の会話での、ぽんぽんと飛び出すやりとりが面白くて、書き継いだのだろう。
ただ、その女たちの言い争う言葉は、わりと、おはしたないwということも、付け加えておく。
『弄月記』 1997.9. 徳間書店
