見出し画像

PTL File.14 バクスト『ある奇妙な死』(1966)

 今回と次回は、奇しくも同じく早川書房のハヤカワミステリ(通称ポケミス)からエントリーする。つまり、ミステリ小説として発表された作品ということだ。

 ジャンル小説はメインストリーム文学(日本で言えば純文学)と異なり、批評の方法が独特となるし、特にミステリはどうしても探偵の謎解きがメインとなるので人物像の掘り下げが浅くなり、文学的には評価が低くなる傾向だが、一方で、レイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルドのようにメインストリームの作家たちから熱く支持される作家もいる。

 今回のジョージ・バクストは残念ながら文学的に評価はし難いが、何よりも珍しいのは、黒人ゲイの刑事が主人公のシリーズを書いたということである。
 ファロウ・ラブ"Pharoah Love"という名の黒人、彼はニューヨーク市警の刑事だ。見た目はハンサムらしい。名前が変だが。彼はもつれたラブに関する事件を続々と解くことになる。

 ファロウが捜査する事件は、俳優兼モデル兼男娼兼密売人兼ゆすり屋の青年、ベン・ベントリーの感電死事件だ。ベニー・バーグハイムとしてニューヨークに生を享けた彼はユダヤ系で、美しい男だった。
 視点人物はセス・ピロという三文小説家で、セスはベンの最後の目撃者だった。セスはかつてベンと共に暮らしていたが、今は別れている。その日、ベンの部屋に呼び出され、バスタブに浸かる彼を見たのが最後なのだ。
 その後、ベンは、頭上の棚にあったラジオが風呂に落ちて感電死した。

 ベンは、男娼としてセックスした相手(男女問わず)や、ペヨテ(麻薬サボテン)を売りつけては、それをネタにゆすりを働いていた。
 ゆすりの対象も、元彼のセス、セスの別居中の妻ベロニカ、大富豪のハースト、その姉のエラ、と手当たり次第。誰が殺っても不思議じゃないと警察は考えている。

 そこで、刑事のファロウ・ラブが彼らをしつこく尋問することになる。

 視点人物であるセスもまた、作家としての能力よりも人間的、性的魅力のある人物に描かれる。彼に執心する元妻、刑事ファロウもセスにだんだん惹かれて、セスがベンの事件を題材にすると言い出したので、捜査資料を彼に与える。
 更に、過去にベンをハウスボーイに雇っていた富豪ハーストの、現在の同居人である、インディアンの血を引くアダムも、セスに惹かれている。そのことでハーストは癇癪を起こし、挙句の果てに癲癇の発作を繰り返し、医者に見放されてしまう。ジェイミー・ハーストは二度も整形手術をして、四十代の若さを保つ六十代の男だ。
 ハーストには老いた姉、エラがいるが、彼女はベンにゆすられながらも共感を持っていて、彼を奪ったセスを憎んでいる。
 ゲイたち、それを巡る女たちの、利欲絡みの人間模様が錯綜する。

 セスはここ数年、テレビ脚本も書いていない作家だが、一応エージェントに所属して、その女エージェントのルセルマに次作の相談をすると、ルセルマがとんでもないことを暴露した。

「(前略)彼と関係のあった多くの人たちが、まだ生きてる●●●●んだもの。といっても、彼がやるんだったら、どうしようもないけど」
「“彼がやるんだったら、どうしようもない“というのはどういうこと?」
「あら、あなた知らなかったの?」とゆがめた顔を持ち上げたところは、怒ったチンみたいだ。
「何を?」
「よし、それじゃ!」とデスクの上を、バタンとたたいた。丸めて放ってあるクリーネックスのかたまりをいくつか押し潰した。「彼ね、一年ほど前にね、あたしに会いに来たことがあったのよ。を書いてるっていうのよ」
 セスは汗の玉が背筋をつたわるのをおぼえる。
をね! がよ! あたし何ページかその原稿読んだんだけどね、それは何ともいえないひどオい●●●●ものだったわ! ベッドの中や外での、彼のあさましい経験ばかり。つまりね、彼がいうの”夜の町”が売れるんだったら、ぼくのだって売れるはずだって。そしてね、人の名やところが、みんなほんとの名なのよ……ホテルの部屋の番号までもね。そんなことって、あたし信じられなかったわ! はじめあたし、みんな仮名かと思ってたんだけど、そんな名前が全部作れるとしたら、彼って天才●●よ! 話はへどの出そうな話ばかりで、あたしごめんこうむったわ」

『ある奇妙な死』ハヤカワミステリ(乾信一郎訳)

 ベンはその原稿や、思い出の写真をたんまりと持っていた。セスは、彼が殺されることになった動機がそのゆすりの証拠品の奪取かもしれないとファロウに告げた。
 にしても、このルセルマの興奮気味の暴露の科白に出て来る「夜の町」は、このPTLで前回取り上げたジョン・レチーの『夜の都会まち』(1963)のことなのだ。いやはや。レチーの作品がそれだけ売れて注目されて、同じような稼業のベンが、一攫千金を夢見て素人原稿を持ち込んでいたということである。多分、同じような現象がアメリカの文芸エージェントの世界で日常的に発生していたのだろう。ルセルマはその内容に怖気を振るったようだ。

 ファロウには口癖があって、「ネコちゃん」と相手のことを軽くいなす。CatなのかKittenなのか、原書が手に入らなかったので分かりかねるが、男女問わず誰彼なしに「セス・ネコ」や「こいつはいいネコだ」などと言う。周りにもその口癖が伝染する。
 ニューヨーク市警の刑事でハンサムな黒人。そして、隠しようもないゲイ。
 セスはファロウに好意を抱くが、相変わらずファロウの容疑者リストの筆頭である。

 セスはやがて、夢の中で…

「あ、大きな黒ネコ!」とセスは叫ぶ。「大きな黒ネコからぼくを助けてくれ!」ネコのおばけは彼をねらって部屋へ追いかけて来る。背たけが二メートルもあって、かみそりのように鋭い爪と人を射ぬくような黄色の目とむき出した牙とで、セスをおびやかすのだ。とても逃げる道はない。とうとう物入れ室へと追いつめられ、その黒い大ネコはとびかかって来て、セスを壁へ押しつけると顔をペロペロとなめ、うれしそうにのどをゴロゴロと鳴らした。そして、セスは勃起して目がさめた。

同上

 セスはファロウに性的に惹かれている。マッサージ師という名の(性的)コンパニオンであるアダムが、セスに惹かれて大富豪の元を飛び出すし、男たちの愛欲模様が花盛りとなる。女たちはその周りをブンブンと飛び回る虫のようだ。
 こうして見ると、男娼ベンもさることながら、主人公であるセスも、なかなかの魔性の男なのではないかと思える。ベンの一件で彼を嫌っていたエラさえ、実際に会って見るとセスを好きになってしまう。なんだこれ? 天性のフェロ男?

 時代が時代だしアメリカのジャンル小説なので、節度を保った描写だが、当時の読者にはさぞ刺激が強かったことだろう。
 やがて、ハーストがベン殺しから一週間目の火曜に、関係者全員を集めたパーティを催す。ペヨテの国へ旅行に行って戻らないかもしれないからだ。そのパーティが、物語のクライマックスとなる。
 この狂乱のパーティは、バクストのユーモア作家としての面目躍如たる場面だ。死と欲望とバカ騒ぎが入り乱れる。

 ミステリなのでこれ以上のネタバレは控えるが、作者のジョージ・バクストについて少しだけ。
 あまり詳しい身の上は調べても出て来ないが、1923年、ニューヨークに生まれたロシア系ユダヤ人(いわゆるアシュケナージ)作家である。世代的には、カポーティ、ボールドウィン、ヴィダルとほぼ同じ。
 文芸エージェントとして働いた後、脚本家に転身し、1960年に『死霊の町』、『殺人鬼登場』、1961年『白昼の強奪』といった、B級ホラーやアクション映画をヒットさせる。

 1966年の『ある奇妙な死』(A Queer Kind of Death)が初小説。
 黒人刑事という設定は1965年にジョン・ボールが『夜の熱気の中で』(映画化『夜の大捜査線』で有名)で生み出したカリフォルニアのパサディナ警察の刑事ヴァージル・ティッブスのシリーズが先行しているが、そこにゲイという属性を与えたことが、目新しいのだ。
 1967年に”Swing Low, Sweet Harriet”、1968年に“Topsy and Evil”と、ファロウ・ラブのシリーズを三部作で発表。並行して失踪人課マックス・ラーセンの三部作も出版する。

シリーズ第1作から第3作
(第1作20周年記念リプリント版)


 1970年代から80年代前半にはミステリではないストレートノベルを手がけるが低迷する。
 バクスト自身もおそらくゲイで、1984年から、ゲイ好みなテーマである、ゲイの群れ集う黄金期のハリウッドのリアル・セレブ世界(ハリウッド・バビロン)をテーマにした、ジェイコブ・シンガーのシリーズを執筆して、再起を図っている。このハリウッドセレブものは1998年まで13作執筆され、日本でも第2作の『ヒッチコックを殺せ』が講談社からかつて翻訳されている。

 1990年代にはファロウ・ラブが返り咲き、1994年“A Queer Kind of Love”、1995年“A Queer Kind of Umbrella”を上梓する。第1作の原題を踏襲したタイトルとなっている。

シリーズ第4作、第5作

 2003年、ニューヨークで心不全のため亡くなった。

 作品の質そのものは、黒人刑事の設定はジョン・ボールに遅れをとり、男娼のテーマは多分にジョン・レチーを意識した、先行作品ありきである。だがジャンル小説でゲイ探偵をフィーチュアしたのはこの作品が嚆矢だ、と言うことは覚えておいてほしい。
 視点人物であるセスが、『ベン--その荒廃の生涯--』を出版した暁には、《タイムズ》《トリビューン》で批評され、「ジョン・レチみたいな専門批評家の批評」をしてもらえると目論んでいる箇所など、このPTLの読者には笑えるツボだろう。
 それにしても、このハヤカワミステリ版が翻訳出版されたのは1970年2月で、レチーの『夜の都会』の講談社版は1965年4月に出ているので、「レチの『夜の町』」って…。既訳の著者名題名くらいちゃんと調べろよ、とも言いたくなるが、まあネットもない時代ですから…

 今回はバクストの原書が手に入らず(Amazonマケプレで発注したものの二度も不着)、訳文で気になる箇所が山ほどあれど諦めて、前作のレチーの回が難航する間にこの稿を仕上げていた。だから、PTLの記事が前回から一ヶ月も経たずに出ることに。
 次回はジョゼフ・ハンセンの保険調査員デイヴ・ブランドステッターのシリーズ第1作『闇に消える』(1970)です。こちらは不運なファロウ・ラブと違い、シリーズ全12作が翻訳されているので、全作読み返すのにちょっとお時間を戴きますが、ご了承下さい。

1998年リプリント版。
素敵な男娼の表紙のこれが欲しかったのに…(恨)

いいなと思ったら応援しよう!