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ゲイ読み赤江瀑200 「アネモネの国」

◯ 「アネモネの国」 《アサヒ芸能》 1991年6月6日号〜6月27日号

 この短編は、短い8章から成り立っている。おそらく2章ずつ週一で4回掲載されたのだ。
 赤江は元より、定期的に〆切の来る連載小説も余り得手ではなかった。連載小説は生涯で6作のみ。中間小説誌で活躍した作家としては異例のことだ。そして本作が最後の連載となる。
 と言っても、一ヶ月間、週一の連載。しかも、いつものホームの《問題小説》と同じ徳間書店の芸能週刊誌《アサヒ芸能》の連載。珍しい媒体と思うけど、徳間繋がりだった。
 平成に入った頃から赤江は徳間書店《問題小説》での執筆が顕著になり、他誌への寄稿は数える程になる。21世紀になってからの十年間は、《問題小説》以外の執筆作は2作のみだ。

 視点人物は美羽子という女。彼女の恋人の竜彦が、不思議の人である。彼は好きな時に心をはばたかせて別な場所へ行ってしまうのだ。世間ではそれを「狂気」と言うのではないだろうか。
 美羽子は彼を行かせまいと、彼の褐色の肉体(ゲイ読みじゃ、ここくらいしか反応出来ないw)を掻き抱き泣き叫び蛇身の如く絡みつく。だがやがて、彼はいずこへか拉し去られるのだ。
 彼女は自問自答する。私はどんなにしたって、馬にはなれないんだから。彼を引き止めることが出来ないと…え、馬?

 ──馬になりたい。あの馬に、わたしはなりたい。そうなれたら、なんにもいらない。この人間のいのちなんて、今すぐ、奪われたっていい。あの馬になって、生きられるなら。
 その渇望が、美羽子を襲い、体の中を踏み荒らして、やがて通り過ぎるまで、美羽子はいつも、えたいの知れないおこりに身をまかせているような、恐怖にわなないた。
 逆らいがたい衝動だった。
 そして、頭に思い泛べた。
 一頭の栗毛のアラブ種の馬の姿体を。
 腱強く、筋肉のひきしまった、毛艶のあざやかな馬だった。

『月迷宮』徳間書店

 竜彦はご想像の通り、厩務員である。アラブ種の馬の世話につきっきりの、地方の小さな乗馬クラブに勤めている。
 一日を馬と過ごし、美羽子と喋る時もほとんど馬の話。私が彼女の立場なら、そんな彼氏、嫌ですねw
 だが、美羽子は、それがしあわせ、と自分に言い聞かせているのだ。

 美羽子が七つ、竜彦が四つの頃、幼い彼の手を引いて行った公園で、彼らは馬に出会った。穏やかに近づいてくる馬。その背で手綱を握る男。ところが、不意に、馬が仁王立ちに立ち上がり、もんどり打って騎手もろとも倒れた。
 竜彦も転がっていた。そこは一面のアネモネの花壇だった。花の褥に、馬も騎手も竜彦も倒れていた。
 打ち所が悪くて騎手の青年は命を落とし、竜彦も意識不明。馬は脚を骨折していたので、安楽死させるしかなかった。
 原因は、ホルマリンの匂いをぷんぷんとさせて病院を脱走した老狂女が、公園内を歩いていたせいだった。
 美羽子は激しく嘆き祈った。竜彦を返して欲しいと。やがて、幼い彼は眼を覚ました。

 美羽子の住む部屋は、造花のアネモネが花盛りだ。いつもデパートの造花売り場で買ってくるのだ。その花があると、竜彦が部屋に来てくれる。美羽子は彼を手放すまいと、彼との肉欲に溺れて行く。

 ある日、彼女はいつものように売り場でアネモネを買っていた。ある人がそれを見かけたが、美羽子が造花を胸に抱いた途端、花が全部真っ黒に色が変わったと言うのだ。
 確かに造花のアネモネは、その後、道路工事現場のコールタールの中に落としてしまった。真っ黒な花に変じてしまったのだった。その人は予兆のように幻視したとでも言うのか。
 また同じ人がある時、交差点で美羽子を見かけたが、ブラウスの襟元に黒い影が絡まっていたと言うのだ。背後霊か蛇のように見えたと。
 竜彦に執着して蛇のように身を任せる己の性を、美羽子は思い知る。

 ところが、最後の章に至って、彼女につきまとう背後霊とも蛇身とも見えるモノが、正体を現す(実在したってこと)。

 ──そろそろ、あの子を、返しておやり。あの子が、帰るべき所へ。帰りたがっている所へ。そうだろ? あんたも、気がついてるだろ。どんなにあの子と一体になり、激しく愛し合っていても、どんなに離すまいと躍起になっても、あの子は、あんたを置き去りにする。置いて、離れて、帰って行く。矢のように帰って行くだろ。そこが、あの子の塒だからさ。いちばん心が安らいで、手足ののばせる、魂の安住の地だからさ。
 ──あんたは、そこに、あの子にとっては、一時も離れて暮らすことのできない愛しいものが住み、あの子にはかけがえのない、あの子が会いたくてしょうがないものが待っているのだと、思っている。まあ、それは当ってはいなくもないし、わたしも、そうだと嬉しいけれど、でも、そこは、一頭のアラブ馬が棲んでる厩舎なんかじゃないんだ。そこは、わたしたちの棲みか。そう。あんたの住むこの国が人間の国だとしたら、さしずめ、わたしたちの棲みかは、アネモネの国。そう言うべきかもしれないね。アネモネの棲みかだからさ。

同上

 読者は、いきなり何を読まされてるのかという気にもなるが、タイトルの「アネモネの国」は妖魔化物の類のしろしめす国なのだ。
 竜彦は四歳の時、馬に飛ばされて死んでいた。だが、そのアネモネの国のナニモノかが、美羽子の嘆きを聞き入れて、彼をこの世に引き戻した。引き戻したものの、彼には行きたい場所が劃然とあって、そこへ行かねばならない年頃になったのだと美羽子に囁く。いくら引き留めようとしても無駄だと。
 だがしかし、その声は美羽子には幸か不幸か聞こえない。

 赤江が近頃よく描く「この世ならぬ場所に行きたがる人」を、恋人の立場から外面的に描いた作品と分かる。黒い人はオカルトなのか、イマジナリー・ガラ(長編「ガラ」を参照のこと)なのか。
 思えば赤江は、魔に取り憑かれて破滅する美しい男を、ずっと書き続けてきたのだった。近頃は、すっぱりと魔界に行く前の逡巡を描くことに、意義を見出している。長く生きてきた人生の蓄積がそうさせるのか、物の見方が根本的に変わったのか。ここで私はある人の言葉を思い出す。
 曰く…「仏界入り易く魔界入り難し」。川端康成の言葉だ。以前の赤江は、魔界の入口のハードルが低過ぎたのだとも言える。生死しょうじの境を、ホップステップで飛び越えちゃってたんだから、まあw。

 話の途中で、盗撮とスキャンダル好きのバーのママが登場するのは、《アサ芸》読者へのサービスだろうか、皮肉だろうか。ちょっと下世話で笑ってしまう。
 アネモネという花特有の人工感が、形なき人工楽園たる「アネモネの国」を呼び寄せたのだろうか。

『月迷宮』 1993.8. 徳間書店

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