ゲイ読み赤江瀑223 「恋川恋草恋衣」
◯ 「恋川恋草恋衣」 《小説宝石》 1996年4月号
《小説宝石》では、「霧ホテル」に引き続き、大女優の濤子さんの話である。名前だけチラッと兵衛門さんも出て来る。作中繰り返される濤子の「まハ」というキレのいい笑い方は、モデルの方がそうだったのだろうか。
劇団が京都で巡業中、まる一日休みがあった。濤子の付き人で一座の女優でもある李江が、若手の劇団員の大宮と竜彦に、明日、先生も琵琶湖方面のドライブに行きたがっていることを伝えた。
彼らのドライブの目的は、盛りの桜ではなかった。それを濤子が仄聞していたのだ。
だから、一瞬、濤子の要望に怯んだ。
彼らの目的は、湖北の北国脇街道に面した古い旅館に飾られているという、濤子の描いた墨絵の衝立だった。
濤子じしんは絵の手習などした記憶がない。色紙に絵も付けたことがない。だから、謎の絵なのだ。
十数年前からその絵の存在は濤子の耳に入っていて、あの物好きの兵衛門もわざわざ見に行ったらしかった。
濤子は偽物の絵に興味などない様子をしていたが、気にはなっていたのだろう。大女優がお忍びで、湖国へのドライブが始まった。
旅館『鮒屋』は、とりたてて飾り気もない旅籠のようだった。そこで昼を戴くことになったが、高齢の濤子に何くれと世話を焼く付き人たちの様子に、旅館の女将がすぐに「もしかして、日野濤子先生で……」と確認してきたのだ。
ここに濤子先生の絵があるそうですが、と話を振ると、ございます、とのこと。毎年桜の季節は玄関にそのお衝立を出します、と。
今も桜の候。でも、去年亡くなった先代の遺言で、もう出すな、と言われて、しまってあるそうな。でも、濤子本人のたっての所望なので、女将は衝立を出してきたが…
やはり、濤子の身に覚えのない品だった。
その衝立は、絵面の縦横がほぼ一メートル二、三十センチ見当の正方形に近く、周囲の枠木や支脚台は紅漆塗りになっていた。
全体がうっすらと古色におおわれ、近景に枝をのばした桜の一枝、遠景にあるかなきかの淡いかすみだつような一山、それも桜の遠山かと思わせる薄墨いろの濃淡で描きあげられている墨絵だった。
墨の量より、空白の白紙の部分の方が多く、墨も白紙もおぼろおぼろとかすみたち、もやだっているように見えた。
署名も落款もないその絵を、女将は、それでも濤子のものだと言い張る。
そして、戦前のとある映画で、濤子が閨秀画家の役を演じた時のものだと言った。濤子はその役を覚えていて、「意地悪な女流画家の役でしたよ」と答えた。だが映画に映る絵は本職が描いたはずだが…
墨絵を描く手元の映る場面で、濤子が持った筆から墨汁が滴った仕損じの紙に、亡き先代が手を入れて桜の遠景に仕立てたのだと言うのだ。
映画の主演の女優は高村月子という銀幕スターだったが、その映画で共演した大部屋俳優と駆け落ちして、スターの座を棒に振ってしまった。
駆け落ち相手の男が、女将の亡くなった父であると告げられた。だが、月子の本当の恋人は、同じ映画の助監督だった男。女将の父は、その助監督の経歴を守るために、身代わりになったのだった。
やがて月子の恋人は新進監督として名を挙げたが、惜しくも若くしてこの世を去った。月子は、女優の座を捨てても、恋人の病身を労ってやりたかったのだ。
女将の父もまた、月子のことが好きだったのではないか、と女将は衝立の裏を指し示す。
その映画のタイトルは『恋草』という。万葉集に因んだ題である。女将の勧めるままに衝立の裏へ回ると、彼らはそこに、その歌が書きつけてあるのを発見した。
〽︎恋草を力車に七車
積みて恋ふらくわが心から
これは、私が註釈しておくと、『万葉集』巻四、694番の広河女王の作である。恋心を草に喩えて、それを車に七台分も積んだくらい、私の心はあなたを恋い慕っている、という意味。
愛した人を守るため、わざと身代わりになって身を尽くした。それくらいの大きな恋があったのだ、と女将は言いたいのだ。大部屋俳優はその後故郷に戻り、旅館を継いだ。
そして一生娶らず、養女を貰って、人生を全うしたのだった。
女将は、義父が献身した相手が、同じ湖北の石道に暮らしていると教えた。そこで亡き夫の菩提を弔っていると。
劇団員たちのドライブは、さらに足を伸ばすことに。
石道寺は、現在長浜市になっている木之本町石道にある。そこの十一面観音像は平安後期の作で、重文に指定されている。

私は少年時代に井上靖の作品も愛読したが、その中に、湖北を舞台にした『星と祭』(1972)という長編があった。
琵琶湖のボート事故で娘を亡くした主人公が、湖北に多く鎮座する十一面観音を巡礼することで、愛する者の死を悼み自らの心の再生を願う鎮魂の物語だ。
クライマックスで、星月夜の湖の上に多くの十一面観音の巨大な御姿が現れて湖を取り囲む幻想場面は、思い返しても身震いがする。もはや、その文庫は手元にないけれど、その場面だけは鮮烈に思い出す。

大昔に感銘を受けた作品と、今読んでいる作品が繋がり、呼応する。これも文学の森の散策の醍醐味である。
近江国は十一面観音の沢山座す土地で、白洲正子も『かくれ里』(1971)や『近江山河抄』(1974)『十一面観音巡礼』(1975)などで取り上げている。
赤江は、そんな寺のひとつへと、敬愛する大女優を導いていく。そこには、恋に全てを投げうった女の姿が…
湖北には、たくさんの十一面観音たちが棲んでいる。無住の寺や、廃寺の跡の収蔵庫や、草深いお堂の中で、ひっそりと村人たちに守られて。国宝、重文級の観音たちである。
石道寺の観音堂もその内の一つだった。
華やかな瓔珞で飾られた古色、衣の流れの襞に残る極彩色、傷んだ顔に匂い立つような艶の気配、等身大の平安の美女は唇に朱をさし婉然と厨子の奥の暗がりに佇んでいた。
その祭壇の蠟燭台を、皺まみれの顔の老婦が拭いていた。
「月子さん……」
と、口まで出かかった声を、濤子は辛うじてのみ込んだ。
トキは一度、顔をあげて濤子を見た。
知らない人間を見る眼だった。
だが、濤子にはその一瞬に、なにかがわかるような気もした。この観音の美しさ。それが月子を生きのびさせているのだと。
恋の心の深さを、深い川にたとえていうではないか、恋川と。恋は、身に離さずに着けた衣装、恋衣を脱ぐ日はないというではないか。
ふと、そんなことを、濤子は思った。
ただ、帰りの車の中、うとうとと眠る濤子に遠慮しながら、劇団員たちは、「鮒屋の主人が、どうして濤子先生の書き損じを、衝立の絵にして持ってたのかって理由が、も一つわからないのよね」と話している。付き人は口ごもる。
「もしかしたら……」
濤子は一生を舞台に捧げたが、思わぬところで彼女を慕う者が…という話だった。舞台や映画をこよなく愛する作家からの、大女優へのファンレターである。
『弄月記』 1997.9. 徳間書店
『妖花燦爛 赤江瀑アラベスク3』 2021.11. 創元推理文庫
