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冷徹な人間支配の思想


真実を知る者は常に孤立する。
真実を不利とする者が多いからだ。

非韓子より

1941年12月8日、旧日本軍がハワイ・オアフ島の真珠湾を奇襲攻撃してから84年の歳月が流れました(現地時間は7日)。攻撃が始まったのは午前7時55分、犠牲者は約2400人といわれています(黙祷)。

がん治療をはじめ、日本の医療や製薬の系譜を辿ると、否が応でも関東軍防疫給水部(秘匿名/通称号731部隊)に行きつきます。この部隊を語る上で石井四郎(以下、石井)は欠かせない人物ですが、彼の指示者の存在は人々に語られることはありません。

この部隊が「加茂部隊」とも呼ばれたのは、石井に声をかけられた村民が多く関与していたためですが、後に、成田空港建設反対運動(1966年/昭和41年)「三里塚・芝山連合空港反対同盟」として全国民に知られる、半世紀にわたる粘り強い抵抗は、空港問題を単なる「公共事業」ではなく「住民の生存権をかけた闘い」に変えた流血の記憶。

現成田国際空港の一部がまさに「加茂」であり、元731部隊関係者も抵抗に加わりました。

かつて、国家犯罪に関与した人々が敗戦から21年後、まさか、犯罪の共謀者と敵対するなど誰が想像できるのでしょうか。このような数奇な運命をあざ笑うかのように、「加茂」という地名はこの世から消されます。

私は、この地名を消すために「成田空港」はあの場所でなければならなかったと思えてなりません。[加茂]の謂れと731部隊を葬るために。

さて、「地名」はその地で暮らす人たちの血脈、つまり、国内の民族をあぶり出す装置だと考えています。たとえば、徴兵を免除された人たちの出自について、逆に、何度も徴兵された者や激戦地へ送られた部隊、全滅した部隊の本拠地にも共通して言えることですが、私たちは国民が平等に徴兵されたと思わされているだけで、真実は異なります。

それは、空襲や原爆投下の広島・長崎にも言えることで、長崎の爆心地「浦上」も戦後、地名が消されました。古くから日本カトリックの総本山「浦上」がなぜ爆心地になったのでしょうか?

冒頭の韓非子の言葉、「真実を知る者が孤立する」のは、有史以来、今日までくり返され続ける非道の記憶を、私たちは遺伝子に隠し持つのでしょうか? その無念ゆえに、真実からつい目を背けてしまうのかと思えてなりませんが、時代が変わり、真実を欲する人たちの存在は希望です。



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