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【ショート 小説】ネオソルトの恋バナ─ 0.10Hzの放課後✟ Another NO Heaven NO Sanctuary Water born ✟

蒼環高校

【ショート 小説】
ネオソルトの恋バナ─ 0.10Hzの放課後


ツユリ


放課後のネオソルトから見える循環湖は、
夕方の色に変わりかけていて、夕陽が、テーブルをやわらかく照らしている。



「……今日は、戦闘ログ、禁止だからね」

私はストローを指でくるくる回しながら言った。

「え?」

タブレットを見ていたシラハが顔を上げる。

「禁止って、誰の許可取って言ってるの」

「ツユリ権限だよ。ここ、そういう自治区域だから」

自分で言ってから、ちょっとおかしくなって、メロンソーダをひとくち飲む。
炭酸が喉で刺さるように弾けて、それと同時に、さっきまでの訓練の疲れは、少し遠くにいったような気がした。

シラハ


「……ねえ、二人はさ」


「ん?」

「なに?」


「誰かのこと考えて、鼓動ずれるようなことって……ない?」


言ってから、少し後悔する。


「鼓動?」


シラハが首をかしげる。


「0.10Hzから外れるってこと? だったら、生体ログ見せてもらえれば——」


「そーいう話じゃなくてさ」


私は慌てて遮る。


「なんかこう……わかんないけど、その人のこと考えた瞬間、“あ、いまズレた”って感じがする、みたいな」

自分で言ってて、恥ずかしくなってきたので、思わずメロンソーダの氷を、ストローでつつく。

「ツユリ、それ、もうほぼ相手限定されてるよ?」

カナネが、あきれたような声で言う。

「別に、誰の事って言ってないよね?」

「言ってないけど、だいたいわかるって」


「で、カナネは? 誰かいるの、そういう“ズレ”るような相手」
シラハはアイスティーをひとくち飲んでから、カナネに言った。


カナネ



カナネは、少し考える素振りをして、天井を見上げた。

「……“一緒に死にたくない人”なら、いるかな」

その言い方まわしが、カナネらしいと思った。
戦っている子たちは、たぶんみんな、
「一緒に死にたい人」じゃなく、
「一緒に死にたくない人」を思い浮かべる。

「家族以外で、って条件つけると、ちゃんと一人浮かぶ」

「オトワは?」

私が聞くと、カナネはあっさり首を振った。

「兄は別枠。あれは、世界が何回終わっても勝手に残ってそうだから。放っといても生きてる方。それに家族でしょ。兄貴は」

おかしくて、思わず笑ってしまう。
それに本当に、勝手に残ってそうだ。あの兄。

あの兄 オトワ


「だから、“一緒に死にたくない人”っていうと、もうちょっと……そうじゃない人になる」

「へぇ」

シラハは、それ以上深くは聞かない。
けれど、その目はちゃんとカナネの横顔を見ていて、何かをメモするみたいに、静かに瞬きをした。

「シラハは?」

 今度は私が、タブレットの持ち主に矛先を向ける。

「いるよ。たぶんね」

「“たぶん”ってなに」

「データ上は、そう出てるってこと」

 わざとらしく理屈をつけながらも、シラハの耳たぶは、ほんの少しだけ赤い。

「死にたくない、というより、“生き残っててほしい人”って感じ。」

「先生?」

冗談でそう言うと、シラハはストローをくわえたまま目を細めた。

「ツユリ、そういうとこは鋭いんだから。黙秘権、行使します。でも先生じゃ恋バナにならないね」

そう言ってシラハは少し笑う。

三人の間に、少し沈黙が落ちる。


「……で」

シラハが、今度は私を見る。
その視線に、逃げ道がふさがれる。

「0.10Hzずらしてくる相手の話、続きをどうぞ」

「や、だから、それは、その……」

言い訳を探して視線をさまよわせた先で、循環湖の光が少し揺れた。
湖の向こう側で、Gateの警告灯がテスト点灯しているのが見える。
あの下で、たぶん誰かが機体の整備をしていて——

「一番最初に、変なこと言う人、いるじゃん」

気づいたら、口が勝手に動いていた。

「変なこと?」

「場の空気がやばいときにさ。
ちゃんと怖いってわかってるのに、とりあえず冗談に変換してくる人。
こっちがまだ追いついてないのに、先に笑える場を作ってくれるみたいな」

自分で言って、胸の中の何かが揺れた。
あのときもそうだった。
初めて実戦で0.10Hzの揺れに飲まれそうになったとき、
震えていた自分より先に、へらっと笑って
「まあ、なんとかなるって」と言った声。

あいつは、自分が一番、不安なはずなのに。

「……ほぼ個人名出してるのと同じだけど、それ」

シラハが淡々と指摘する。

「ログ照会しなくても分かるレベル」

「名前は言ってません」

私はメロンソーダで口をふさぐ。

「でも、ああいう人って、ずるいよね」

カナネが、ストローをつつきながら言う。


「誰の話?」

「ツユリのログの話」

「だから人のログを勝手に読むなってば」

冗談みたいなやり取りをしていても、
心臓のリズムは、さっきからずっと一定じゃない。
0.10Hzから、すこしだけ外れている。

その外れは、嫌いじゃなかった。

ふと、店内のエスカレーター側から笑い声が聞こえた。
反射的に、三人ともそちらを見る。

オトワと、モンジュだった。

いつものように、モンジュがなにかを喋り続けていて、オトワは少しだけあきれた顔をしている。
遠くて言葉までは聞こえていないのに、手の動きと表情だけで、たぶんくだらない話をしているのがわかる。

モンジュ


その瞬間、指先でつまんでいたストローが、ほんの少し震える。
シラハは、それに気づいていたが、何も言わずに、アイスティーをひとくち飲んだ。

「……ねぇ」

カナネが、ぽつりと言った。

「Gateも戦争も、ぜんぶ忘れてさ、
こういうくだらない話をする時間が、永遠に続けばいいのにね」

「それはそれで、退屈かもよ」

シラハが肩をすくめる。

「退屈でもいい。退屈って、わりと贅沢だから」

そう言って笑うカナネの肩越しに、
私は、遠ざかっていくモンジュの背中を目ていた。

これからGateが開こうとしていて、
HYDRA/OSが水と感情を揃えようとしていて、
明日、誰が生きてるかなんて、保証されていない。

それでも——

放課後のネオソルトで、メロンソーダと安っぽい恋バナは、何度世界が終わっても、どこかの層で続いていてほしい。

そんなことを考えながら、私は炭酸の抜けたソーダを飲み干した。

そして—
私たちのくだらない話は、まだまだ尽きない—


おわり

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