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【#RealVoice2025】「苦しかった1年」新4年・山本優時

「仮入部期間よりも、上級生になってからの方が断然大変だよ」
仮入部時代に、当時4年生の先輩スタッフに言われた言葉。昨年は、当時は全然理解できなかったこの言葉の意味を、強く痛感させられた1年となりました。


昨年は自分にとって、とても苦しい1年でした。
特に前期は苦しくて、暗闇の中を行く当てもなくさまよっているような感覚でした。一方、後期はめちゃめちゃ苦しいんだけど、めちゃめちゃ楽しくて、大きな手ごたえを掴んだシーズンとなりました。
そんな1年間で、自分が何を感じ何を考えたのか。まだ記憶が新しい今しか書けないことも多いと思うので、未来の自分のために書き残しておこうと思います。


〇前期


Iリーグを1年間担当させてもらい、TOPにもたくさん関わった2024年を終え、大きな自信を持って迎えた2025年。
今年は去年以上に勝利に貢献できる学生コーチになるというモチベーションに溢れていた。
転機となったのは2月の頭、1週間のゼミの研修から帰ってきたあと。学生コーチの役割を減らすことが決まっていた。
すべては自分の実力不足のせいだけど、自分のいないところで決まっていたという経緯もあり、当時の自分はモヤモヤを抱えたまま活動していくことになった。
「俺にやらせてくれよ」「やらせてもらえれば上手くできるのに」
という自信(過信)と、目の前にある現実。入部当時から右肩上がりの成長を感じていたが、この頃を境に自分の成長を感じられなくなっていく。

3月には学生コーチやアナリストの仮入部生が入ってくるようになり、学生コーチの最上級生であった私は、新人監督や先輩スタッフ、監督や社会人スタッフの方々とたくさん話し合った。その中では、監督や社会人スタッフから学生コーチ全体についての厳しい意見をもらうことも多かった。
そして4月ごろには後輩学生コーチのピッチ内外のミスも重なり、何度か行われた社会人スタッフも含めたミーティングでは、学生コーチの立場が大きく変わることも決まった。
このころは自分のことなど全く考えられなかった。
なぜ学生コーチという役職がア式に存在しているのか。どうやったら後輩がもっと能力を発揮できるのか。どうやったら仮入部生を入部できるまで成長させてあげられるのか。
仮入部生にアピールさせてあげようと思い仕事を譲ってあげる自分の姿は不遜に映り、社会人スタッフから厳しい指摘を受ける悪循環。

昨年築き上げた自信はとうに失われていた。
そんな中でも季節は移ろい、ついに関東リーグが開幕する。

リーグ戦が開幕してからも、今年から社会人コーチが増えたので、毎試合ベンチに入れるわけではなかった。前期にチームに帯同した試合は11試合中5試合。

そんな中、大きなチャンスが訪れる。アミノ杯と新人戦だ。
アミノ杯は平日に行われる。他カテゴリーを持っている社会人コーチは忙しいので、勝ち続ければ自分が帯同し続けることが決まっていた。

また、新人戦も自分がヘッドコーチを務めることに決まった。
何もかもうまくいっていない自分が、ただなんとなく過ごしていたわけではないと証明するために、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。

結果は、アミノ杯初戦敗退。
新人戦でも2連敗を喫した。順天戦の試合後には、監督からチーム全員の前で厳しいご指摘を頂いた。

なんで俺ってこんなに才能ないんだろう。

かすかに生き残っていた自信はバキバキに折られた。

明日が来るのが怖かった。


〇後期


散々だった前期を終え、潮目が変わり始めたのは夏ごろ。
何か大きな転機があったわけではないけど、今振り返ってみると大きく2つの理由があったように思う。
1つ目は、自分にベクトルを向け続けて、毎日を大切に過ごしていくこと。
当たり前のことだけど、先の見えない苦しい時間の中で、この言葉にしがみついた。
毎日社会人コーチが言っていることを記憶して家に帰って文字に起こした。他カテゴリーのミーティングも撮影されているものは全部見て、社会人コーチの方々のミーティングの手法を学んだ。
時には不満がマネ部屋で噴出してしまうこともあったけど、それでも自分にベクトルを向け続けた。
すぐには成果は現れなかったけど、続けていくうちに今まで見えなかった世界がどんどん見えるようになっていく感覚は面白かった。
そして、早慶クラシコや山梨学院戦のスカウティングミーティングでは近藤さんに褒めて頂き、失われた自信を大きく取り戻すことができた。


2つ目は、自分たちは思ったより多くの方に応援されていることに気づけたこと。
上級生になり、スポンサーの方やOB・OGの方々、東伏見の街の方々と会う機会が増えた。
顔も名前も知らなかった人たちだけど、自分がア式というだけで無条件に応援の言葉をかけてくれる。
東伏見の街にでれば、飲食店で、カフェで、スポーツクラブで、自分なんかの顔を覚えてくれていて名前で呼んでくれる。
そして、ULTRAS WASEDAさんや早スポさん、保護者の方々が毎週末試合を見に来てくれて、遠いアウェーの地まで足を運んでくれる。
そんな人々の顔を思い浮かべたら、自分の立場とか状況とかはどうでもよくなって、とにかく勝ってその人たちに喜んで欲しい、と思うようになった。
それからはとにかく「チームのため」というマインドが強くなったように思う。
後期もベンチに入れない日々が続いたが、それによってメンタルが落ち込むことは少なくなった。
与えられた役割の中で最大限のパフォーマンスを発揮することに注力し、毎週火曜日の徹夜の際は応援してくれている人たちの顔が僕を奮い立たせてくれた。


1試合も落とせない状況の中で仕事を続けるのは緊張感があったけど、その緊張感も楽しかった。選手がこんなに頑張っているのだから、自分はもっと頑張らなければいけないと思ったし、みんなこんなに頑張っているのだから、絶対に報われるだろうという期待感があった。
昇格を決めた最終節はインフルエンザで行けなかったけど、ほんの少しかもしれないけどチームの目標達成に貢献できたという自信になった。

昨年の1年間を通して、強く感じたことがある。それは

人生は伏線回収

ということ。前期は苦しくて苦しくて、

なんでこんなことやらなきゃいけないんだろう
なんでこんなこと言われなきゃならないんだろう

って毎日思ってたけど、そんな苦しい経験は実は全て伏線で、前期は伏線を張り巡らすための前編だった。

あの日々は、あの経験は、この瞬間につながっていたのか!

ONE PIECEばりの伏線回収に驚かされる毎日となった後期。

林総監督のためにIリーグの選手の顔写真付きメンバー表を作ったあの作業でさえ、選抜活動で選手のプロフィール表を作る際に役立った。

生きていれば苦しい思いもするし、落ち込むこともある。でも最近は、「まだ途中だから」と思って、出来事をポジティブに受け止められるようになった。


まだまだ未熟で悩みは尽きない自分だけど、3年間の苦しかった思いが伏線となって、伏線大回収の感動の最終話を迎えられるように。
強い意志を持ちながら、与えられた場所で愚直に謙虚に。


ラスト1年、自分らしくがむしゃらに走りぬきます!






明日のブログは金指功汰くん(早稲田実業学校高等部)です。
昨年はついにTOPチームで先発出場を果たし大きな躍進を見せたざしくん。そんな彼は、ピッチ外でも大きな飛躍を果たしました。
バカがつくほど真面目だけど少し抜けているところもある彼が、何を思い何を綴るのか。とても楽しみです!



◇山本優時(やまもとゆうと)◇
学年:新4年
学部:スポーツ科学部
前所属チーム:暁星高等学校


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