【#RealVoice2025】 「耳が聞こえないという『十字架』」 1年・山田遥大
「聴覚障害」
もっとわかりやすく言えば――「耳が聞こえない」ということ。
これはコンプレックスか?
それとも個性か?
あるいは武器なのか?
いや、そんな甘い言葉じゃ片付けられない。
これは、一生背負って生きる”重すぎる十字架”だ。
初めまして。
今回ブログを担当させていただきます、早稲田大学ア式蹴球部1年の山田遥大(はると)です。
正直に言います。
この文章を書くのはすごく勇気がいりました。
過去の失敗をわざわざ思い出して文字にするなんて、正直つらい。
でも __いまこの瞬間を逃したら、もう素直に振り返ることはできない気がしたんです。
葛藤しながら、それでも手を止めずに書きました。
だからこそ、ここにある言葉は全部「本音」です。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
そして、読んだあとに少しでも共感していただけたら、僕のことを少しでも知っていただけたら__それ以上に嬉しいことはありません。
僕は生まれつき耳が聞こえない。
補聴器をつけても限界がある。
日常会話の8割は読唇術__つまり、人の口の動きを読むことで生きてきた。
3歳まで補聴器をつけなかった影響で、うまく喋れない。
滑舌や発音をからかわれ、笑われ、傷ついてきた。
そんな僕を救ったのはサッカーだった。
ボールを蹴れば、言葉なんていらない。
夢中でボールを追いかけた。
ゲームよりも、遊びよりも、僕は一人でボールを追い続けた。
気づけばサッカーは、僕の居場所になっていた。
だけど高校で大きな壁にぶつかる。
「守備の連携」。
中学と違い、高校では組織的な守備が求められる。
サッカーは「声」で守るスポーツ。
後ろからの指示は“神様の声”と呼ばれるほど大事。
でも僕には、それが聞こえない。
試合中、補聴器は雑音を拾いすぎる。
仲間の声、監督の指示、観客の声、風の音、ボールの跳ねる音…
全てが混ざり合い、まるでナイトクラブの中にいるようだ。
とにかく騒がしい。
ストレスを感じることもある。
必要な声は、届かない。
「神様の声」が聞こえない。
だから守備が苦手になった。
ある出会いが人生を変える。
デフサッカー。
16歳でデフサッカーデビュー。
新しい世界に飛び込んだ。
天才と呼ばれた。
デビュー戦でFKを決めた。
そして日本代表に選ばれた。
代表は運命だと確信した。
その瞬間、灰色だった世界が一気に色づいた。
「これが自分の人生だ」
「この世界で一番になりたい」
人生に明確な目標が刻まれた。
デフサッカーで成功すればするほど、環境が変わった。
デフサッカークラブでは、守備が求められなくなった。
ボールは全部自分に集まる。
攻撃に専念出来る。
16歳でチームの10番を背負う。
副キャプテンになる。
まるで王様だった。
デフサッカー全国大会で優秀選手賞。
おまけに最多得点者。
全国3位。
関東準優勝。
上手くいっていた。

でもその一方で、高校サッカーでは苦手から目を背けた。
天狗になっていたのだろう。
守備をしなくなった。
“神様の声”から目を背けた。
楽になった。
点は取れる。
確かに楽しい。
けれど、それは“逃げた自分”の結果だった。
甘えた。
弱かった。
傲慢だった。
今なら分かる。
あれは逃げだった。
たまにAに呼ばれる。
けど、ほとんどBやCチームに留まる日々。
これが現実だった。
やっと気づいた。
自分は間違っていた。
だから、大学では同じ過ちを犯してはいけない。
苦手と向き合う。
そして、当時の正解を知ろうと。
耳が聞こえないという現実から逃げない。
そして、正面から向き合うと。

大学での挑戦。
これは人生を賭けた挑戦。
早稲田大学ア式蹴球部。
100年の歴史と伝統ある名門。
ここはデフサッカーよりもレベルが高い。
最下層のカテゴリーでも、日本代表より強度が高い。
周りは強い。速い。うまい。
手を抜く奴なんて、誰一人いない。
ここは最も厳しく、最も成長できる環境。
デフサッカーで世界一になるために。
成長を求めて。
変化を求めて。
盗めるものはなんでも盗もうと。
全てを変えようと。
ここに飛び込んだ。
僕には特別な才能なんてない。
あるのは、積み重ねる覚悟だけ。
もっと速く、もっと強く、もっと上手く。
その想いだけが、僕を前に進ませる。
「耳が聞こえない」という“十字架”。
それは僕から多くを奪った。
僕を苦しめた。
でも同時に、新たな世界に出会えた。
夢をくれた。
生き様を形づけてくれた。
いわゆる原動力だった。
『十字架』を恨むべきか、感謝するべきか。
その答えはまだ分からない。
でもひとつだけ確かなことがある。
僕は、今日もボールを追い続ける。
『十字架』と共に。

最後に。
早稲田大学ア式蹴球部の皆さん。
こんな僕を受け入れてくれて、本当にありがとうございます。
日本には僕のように“聴覚障害を持ちながら健常者のチームでサッカーを続けている選手”がいます。
でもその一方で、障害が理由でチームを辞めざるを得なかったり、入団を断られたりする仲間がいるのも事実です。
だからこそ、今ここでプレーできていることが、当たり前じゃなくて奇跡だと思っています。心から感謝しています。
そして、先輩・同期・指導者のみなさんへ。
指示が伝わらずイライラさせてしまったり、「一緒にやりたくない」と思わせてしまったり。僕が“使えないやつ”に見える瞬間があるのも分かっています。
ごめんなさい。
でも、それでも成長するためにここに来ました。
だからピッチの中では、どうか厳しくしてください。
その代わり、ピッチの外では少しだけ優しくしてくれたら嬉しいです。
僕は必ず成長します。これからもよろしくお願いします。

次回のブログはあの金子(金子俊輔・FC東京U-18)!スピードを武器とするサイドバックです。日常ではニコニコデレデレ、サッカーになるとメラメラガツガツ。そんなギャップが魅力的な彼は何を語るのでしょうか?
お楽しみに!
♢山田遥大(やまだはると)♢
学年:1年
学部:スポーツ科学部
前所属チーム:東洋大学附属牛久高校
