【#RealVoice2025】「自由を選んだ。だから逃げない」新4年・天野いちか
新4年、学生トレーナーの天野いちかです。
情けないことに、こう胸をはって言い切ることができないのが実際の有様です。
昨年度、シーズンを通してIリーグにかかわらせてもらった。
早稲田のベンチには近藤コーチを除き、そこに大人スタッフが入ることはほとんどない。学生の、学生による、学生のためのリーグである。Independenceの意味は独立や自立であるわけだが、それが何からの独立、自立なのかは私の中で明確ではない。だが、早稲田のIリーグカテゴリにおいては、「自立」を体現しているといえるだろう。そんなリーグであるからこそ、学生スタッフ、ひいては学生トレーナーにもある程度の自由があった。他カテゴリとは違い、メディカルにおいては社会人トレーナーの帯同がないため、テーピングもけがのチェックも、状態の相談相手もすべて学生トレーナーに回ってくる。フィジカルにおいてはボールワークにもっていくまでのアップからハーフタイムのボールワークまで幅広く帯同トレーナーがかかわることができた。自分自身に大きな裁量があり、それはつまり自由を手に入れたということになる。
ここで私の中に大きく浮かび上がった概念が
「自由とはつまり、責任である」。
自由という言葉は、かつて福沢諭吉がfreedomという英語を日本語訳する際に作り出してしまった言葉なわけで、江戸幕府までにはなかった自由という概念が、鎖国を解禁し多くの国々と交流をするようになった日本にも必要不可欠な言葉として台頭し始めた。
この頃西洋ではすでにフロイトが自由についてこう唱えていた。
「ほとんどの人間は実のところ自由など求めていない。なぜなら自由には責任が伴うからである。みんな責任を負うことを恐れているのだ。」
もれなく私も自由など求めていない。責任を負うことが怖いからだ。
今シーズンはたくさんのけがに直面した。
1年以上半月板の負傷で離脱した彼や
脳震盪から復帰したと思えばハムをちぎる筋肉先輩や
感動的な同点ゴールを決めた次の試合で前十字を断裂した彼や
前十字に加えて半月板まで損傷したため私を大困惑させた彼や
3週間を復帰のめどとしてリハビリをしていたのに最終的には3か月もかかってしまった彼や
病院に行くのが怖すぎて一緒についてきてほしいと頼み込みに来る脳振盪の彼など…
これ以外にもたくさんのけが人が出た。Iリーグの試合、中でもアウェーの試合でけがをしたとき、まず初めに頼りにするしかないのは私であった。
つまり、ここには大きな責任があった。自由の裏にある大きな責任。これが私を苦しめ、一方で少しは成長させたのかもしれない。
すべての感情を失って、もはや惰性でグラウンドに来ていた大学2年。あの頃のままではかかわるはずのなかったけがの初期対応にこれだけ多くかかわらせてもらった。シーズンを通して、少しは成長できたのかなとも思う。
しかし、その中には多くの失敗があった。
例えば、試合で前十字靭帯断裂と半月板損傷をした選手の所見を取った際、半月板損傷のためかあまりに膝が動かず、どこの靱帯を損傷したのかを確認しきれなかった。
ほかにも、相手選手との接触でまぶたを切り、血がとまらなかった際、血を止めるのに手間取ってチームにとって必要不可欠なキャプテンをピッチに戻すのに時間を擁した。(近藤さん、遅くなって大変申し訳ありません)
あとは試合開始5分もたたずしてクリアボールをもろに頭で受けた選手が、結局そのあともプレーを続け、試合が終わってから病院行きを決定した。もしあのあともう一回接触が起きていたら、もしかしたら復帰までもっと長引いたかもしれない。
これは中でも最も大きな失敗だったと後悔している失敗で、他にも記憶している失敗の数は数えきれない。
でもこの失敗は本来あってはいけなかった。学生とはいえメディカルトレーナーとしてチームに帯同している限り、そこには大きな責任がある。けがの初期対応によっては選手の将来を左右する可能性がある。場合によっては命にかかわる可能性だって否定しきれない。
失敗など許されないのだ。何か一つでもミスして命にかかわっていたら、選手生命を絶ってしまったら、人生を狂わせてしまったら。それは誰が何と言おうと私の責任である。
この1年間、この責任を背負って活動していた。
もちろん、お前ごときがそこまでの責任を負うことは分不相応だといわれるかもしれない。そう思う人が大半かもしれない。でもそんな中途半端にできることではなかった。
毎試合怖かった。誰よりも心の底からけがをしないでほしいと祈っていた。無事に試合が終わることを望んでいた。
それでもけがは起きてしまう。だからこそ、逃げずに向き合おうとした1年だった。
大学2年の私から唯一、一歩成長したといえる部分だ。あの頃自分のせいなのに泣きだして、みうさん(R8卒・伊藤未羽)に慰めてもらっていた情けない自分は消え去った。(みうさん、余ったGPSつけて山に返される予定だったたぬきから、気づけば人間になりました。次は人間からトレーナーになります。)
2026シーズン、私は最上級生の4年生になる。本来ならば関東リーグ帯同トレーナーになるべきなのかもしれない。金子さん(金子聡トレーナー)にも、松島さん(松島綾飛トレーナー)にも、江田君(江田裕基トレーナー)にも、大晴くんにも、絶対に入るべきだと強く進言していただいた。昨シーズンの監督面談でも当たり前に私が来年は関東なのだからとのお言葉をいただいた。
それでも私はIリーグに帯同することを望んだ。
もう二度とあの涙は見たくない。
あのとき、あの選手をピッチに戻せていたら、あの選手の痛みを解消できていたら、あの選手のコンディション不良に対処できていたら。
おこがましい話ではあるが、これらは永遠に消えることのない後悔で、降格が決まった時に悔しかったあの感情は紛れもなく私の本心だ。
4年生がピッチに座り込んで泣いているのを見るのがつらかった。彩花さんがやぐらで号泣しているのを見るのが苦しかった。(彩花さん、26シーズンは普段の練習、試合に加えて合宿遠征もぶん回しますね、気合の叙々苑待ってます。)
2026シーズン、最後まで戦いきれるかわからない。
それでも自分ができることを最後まで、全力でやりきりたい。
昨シーズンまでの失敗への後悔を晴らすためにも、今年度は同じ過ちを繰り返さないように、逃げたくない。
だから私は今年もIリーグで戦うことを決めた。
去年よりももっと自由に、そしてそれだけ大きな責任を背負って。
ピッチに立つ11人よりも、途中からきっと流れを変えてくれるだろう交代メンバーよりも、そんな彼らを率いるコーチ陣よりも、熱い熱意をもって戦いたい。
次のブログを担当するのは、同期で一番静かな(?)西井(西井大翔・静岡学園高等学校)です。
今年度広報部長を担当しており、確認する投稿の数にすでに悲鳴を上げているとか。同期と一緒に静岡から伊勢神宮まで自転車で旅をするとんでもないスタミナを持ち合わせている彼が、サッカーに対して持ち合わせる熱量はいかほどか。語られるのが楽しみですね。
◇天野いちか(あまのいちか)◇
学年:新4年
学部:スポーツ科学部
前所属チーム:鴎友学園女子高等学校
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