【#RealVoice2025】「未来の自分へ」4年・谷村峻
時の流れは早く、残り数日で引退。
つい最近、入学したばかりだと錯覚するほどにあっという間でした。
それだけ毎日が充実していたのだと思います。
最後の部員ブログ。
かなり長文になりますが、この4年間の思い出を忘れないように、日記のように綴っていきます。
まずは1年生。
ランテスト当日、東伏見駅で玲於奈(4年・石井玲於奈)と待ち合わせをしたら改札を出たところで、茶髪パーマ姿で待っていた。
「それ大丈夫なの」と聞いたら、
「ホームページ見たら同じ髪の人いたから大丈夫だと思う」と言っていたのを覚えている。
そんな人はホームページにいなかったけど。
ランテストを走ってみると想像以上にキツくて、必死に走っていたら、
山市(4年・山市秀翔)と健昇(4年・増田健昇)が
「盛り上げていこー、声出していこーぜ」と全体に呼びかけだした。
静かにしろ!それどころじゃないわ!
と、非常にイライラしたのを覚えている。
でも、その時から良い学年になりそうだなと思った。
活動が始まってからは意味の分からないルールばかり。
練習30分前まで落ち葉掃き、試合時間の1時間前集合のさらに70分前に集合、Aチームの試合にスーツで往復6時間かけ、4000円払って応援に行くなどなど。
「どういうこと?どういうこと?」の連続で常に同期に文句を言っていた気がする。
思ったことはすぐに言ってしまうからね。
このように細かいルールが多くあって、それに対応できなかった玲於奈はMM(ミスマシーン)と呼ばれていました。
夏には初めての同期会でバーベキューをやった。
前日の試合で大怪我したにも関わらず、佐久間(4年・佐久間真寛)が松葉杖をついて死に物狂いで参加しに来たのが印象的。
そういえば、秋には航大(4年・谷口航大)と男2人で昭和記念公園にイチョウのライトアップを見に行ったな。
寮の同部屋の奈琉(4年・佐々木奈琉)と大智(4年・森田大智)が全く話していない不仲説、お宮(4年・宮寺政茂)がシティズンなのにコンパニを知らない事件もあった。
初めての部活動で慣れることに時間がかかったけど、4年生中心のIリーグで過ごした時間は非常に楽しかったし、サッカーの楽しさをもう一度思い出すことができた。
でも、チームは関東1部から2部に落ちてしまい、何もできずに外から眺めることしかできなかった。

次は、2年生。
シーズンが始まって早々の世代別日本代表との試合では、お宮と谷そう(4年・谷川宗士)のセンターバックが酷すぎてみんなにいじられていたね。
4年生になってまた花道コンビを組むとは。
夏には、Aチームがアミノバイタルカップを勝ち上がったことで、総理大臣杯に出場。
試合には出場できなかったけど、大学トップレベルを感じることができた。
そういえば、アミノの3位決定戦にスタメン出場していた奈琉を次の試合でスタメンから外すためのミーティングが開催されていたね。
新人戦は大学での大きなハイライトの一つ。
とりあえずハマったら和製マルセロの杜真にパスをすれば打開できたし、ゴール前まで持っていけば佐久間がボレーシュートを、球尊(4年・川辺球尊)がブリッツカーブを決めてくれる。
脳震盪の影響で全国大会は出場できなかったけど大智が得点王の活躍でチームを勝たせてくれた。
日本一を人生で初めて達成したことが嬉しかった。
お酒が飲めるようになってからの学年飲みは非常に盛り上がった。
球尊が「同期と過ごすこの時間が1番幸せ」、「嵐の夜明け前」など数々の名言を残してくれました。
すぐに真っ赤になる谷そうや暴れ出す新直(4年・村田新直)と髙見(4年・髙見真史)、階段の踊り場で寝転がり両手ピースをする航大。
1番乗り気だったのは日和で飲みっぷりが凄かった。
仕事の引き継ぎも終わり、自由になったところで、2年間を共に過ごした濵ちゃんともお別れ。
名コーチである濵ちゃんに褒められるのは嬉しかった。
最高に楽しかったな2年生。

折り返しの3年生。
最初は島原遠征。
試合前のアップで健昇が大ハマりして、みんなから厳しいお言葉を言われていたのはさすがにかわいそうだった。
新人戦優勝と定期戦で行くことができた韓国。
大学になって初めて外国人と試合ができる素晴らしい機会だった。
観光では、ぼったくられた人、朝まで遊ぶと意気込みすぐにホテルに帰った人、様々だけど楽しかったね。
遠征を含めたプレーシーズンで上手くチームを作れていたなかで、関東リーグが始まり、最初の3試合で1分2敗。
厳しい立ち上がりだった。
アミノバイタルカップでは明治に1-7で負けるという屈辱的な思いを味わった。
PKを外すなど活躍はできなかったが、順位決定戦で総理大臣杯に出場できて安心した。
亜細亜との試合中に奏希(4年・本保奏希)と喧嘩をしたことが懐かしい。あの時はごめん。
今では、全盛期のフランク・リベリー並みの選手になったね。
この年から夏の走り合宿が開催されるようになった。
大晴(4年・中根大晴)による相当ハードな走りメニューが構築されたが、あの走りがあったからこそ走れるチームになった。
ありがとう。
そして、国立競技場で行われた早慶戦。
10,000人越えの観客の前で試合をできたこと、そして勝利することができたこと。
一生忘れられない思い出になりました!
感謝の気持ちで一杯です!
総理大臣杯はベスト8で負けてしまったけど、山市と大智と中盤のトライアングルを組めて楽しかった!
総理大臣杯も含めて、遠征ではとりあえず髙見(4年・髙見真史)に聞いておけば全て解決する。
私よりも低身長の彼ですが、チームにとって非常に大きな存在になっていました。
関東リーグが再開してからは、昇格に向けて負けられない試合が続いた。
毎日、毎日が緊張感のあった日々は精神的にも肉体的にも相当擦り減った。
勝てば入れ替え戦の最終節。
あと一歩のところで昇格を逃した。
最終節が終わった時の光景は忘れられない。
この試合を機に森けん(R7卒・森山絢太氏)と朋恵(R7卒・渡邊朋恵氏)、松尾(R7卒・松尾倫太郎氏)が一足先に引退。
森けんは自分と違ってとにかくシュートが上手かったね。
朋恵は心配になるほど効率が悪そうだったけど卒業できて安心しました。
松尾は異質の存在。来年からよろしく。
シーズンを通して、ほぼ全ての試合にフル出場したけど、チームの力になれたとは言えなかった。
ただただ自分の力のなさを突きつけられるシーズンとなった。

そして、4年生。
副将として大学最後のシーズンを迎えた。
最初は、3度目となった早稲田カップ。
現地の小学生と交流する中で、純粋にサッカーを楽しむ気持ちを思い出させてくれた。
また、被災地の現状や当時のお話を聞き、今生きていられることに感謝しなければならないと強く感じた。
同期も数多く参加して、居酒屋とラーメン屋に行ったり、ワードウルフで夜遅くまで盛り上がったり、楽しかったね。
そして、早稲田大学ア式蹴球部創部100周年記念祝賀会に参加させていただいた。
数多くのOB、OGの方々のご支援があってこそ、今の私たちがあるのだと改めて実感するとともに、今年こそは絶対に1部に上がらなければいけないと強く感じた。
また、ドイツ遠征にも行く機会をいただいた。
190cmを超える屈強な選手たちとの戦いを経験し、海外で活躍している日本人選手はすごいなと実感した。
韓国遠征も含めて、貴重な経験をさせていただき本当にありがとうございました。
チームとして全く上手くいかなったプレーシーズンも終わり、授業が始まってからは、特にやることがなくてもグラウンドに残る時間が増えた。
残り1年だと思うと寂しくて。
火曜日のFCとIの3vs2→5vs5のメニューでは、木庭(4年・木庭正太郎)がキーパーの時は絶対に点が入らない。
それくらい年間を通してスーパーな活躍だった。
どうせグラウンドに残るのなら、なんかしたいなーと思って、暖(4年・瀧澤暖)と一緒に走りのトレーニングを始めた。
1ヶ月で俺だけ終わっちゃったけど。
毎日、毎日、4年間継続している君は本当にすごいよ。
プレーシーズンは上手くいかなかったが、関東リーグ前期を終えて2位。
一昨年、昨年の経験を活かし、勝ち点を積み重ねることができた。
その勢いのまま臨んだアミノバイタルカップ。
初戦で負けて日本一の目標は途絶えた。
あの時は、何とも言えない感情だった。
こんなにもあっさりと一瞬で終わるのかと。
磨央(4年・北村磨央)の涙を見て自分が情けないと思った。
本当に申し訳なかった。
1ヶ月後、初めての夏休み1週間オフがあった。
初日は、大智とeFootballのイベントに行った。少年のように目が輝いていたね。
少年だと思っていた森田君ですが、私よりも先にビールの美味しさを分かってしまったようです。
大人になりましたね。
1番のファンとして、いつか、ゲーム内で君を使うことを楽しみにしています。
その後は、九州に行った。
これまで数々の旅行をしたけど、大史(4年・笹木大史)は最初から最後まで行く先を提案せず、楽しむだけ楽しんで後部座席で誰よりも早く爆睡することの繰り返し。
その神経を理解することはできませんでしたが、僕とは正反対の楽観的なその性格を羨ましく思います。
宿係のお宮さん、清算係の谷そうありがとう。
これからもよろしく。
昨年同様、走りの夏合宿を乗り越えて最後の早慶戦。
多くの方々が早稲田の勝利のために、膨大な時間をかけて準備してくださったなかで、結果で恩返しができなかったことを非常に申し訳なく思います。
彩花(4年・永戸彩花)の気持ちに答えられなかったことが何よりも悔しい。申し訳ない。
素晴らしい舞台をありがとう。
その後の裏総理大臣杯。
ここでも結果が出なかった。
でも、いとみう(4年・伊藤未羽)がチームに対して思っている違和感を全て伝えてくれたこと。
ここが転換期になったと思っている。
運営含めて、助かりました。ありがとう。
そういえば、この辺りから就浪組が就活を始めていた。
特に、新直の才能は企業に収まるとは思えないんだよなー。
君のワードセンスが羨ましい。
とりあえず頑張って。
Iリーグ最終節。
負けてしまったけど、磨央が点を決めた時は心の底から震えた。
チームのために誰よりも戦ってきた姿を見ていたからこそ、嬉しかった。
関東リーグ後期が再開し、3位以上が確定。
直近3年で昇格まで1番近いところまで来た。

長々と振り返ってきたが、この4年間は本当に毎日が楽しく充実していた。
玲於奈の笑顔が増えたこともそうだけど、きっと自分の笑顔も増えたと思う。
もちろんここに書いたことはほんの一部で、金曜日に遊ぶ桃鉄や旅行先での人狼ゲームやポーカーなど書ききれないほどだ。
それは、ア式での活動だけでなく、小中高の友達と遊んだことや大学でできた新しいつながりなども含めて。
感謝しています。ありがとう。
この幸せな時間が終わってほしくない。
この生活を永遠に続けたいと毎日のように思っているが、終わりがあるからこそ、この瞬間が特別に感じるのだと思う。
半年後には、この日々から一変して、社会人として新しい生活が始まる。
サッカーがあるから断った遊びも。
サッカーがあるからやっていた筋トレやストレッチも。
サッカーがあるから気をつけていた生活習慣も。
その全てがなくなる。
半年後には
毎朝、満員電車に乗って仕事に行くのかな。
華金とか言って職場の人とお酒を飲んで土日が潰れるのかな。
結婚して幸せな家庭を築くのかな。
新しい世界に期待と不安を抱く。
だけど、どんな未来になっても、この4年間の経験が私を支えてくれるはず。
だからこそ、これからも毎日を全力で楽しみたい。
さて、楽しい日々を過ごすことができたのはいいとして、この4年間でサッカー選手として、人として成長することはできたのだろうか。
サッカー選手として振り返ると、ありがたいことにこの4年間、大きな怪我は一度もなかった。
たぶん、同期の中では一番多く試合に出場したと思う。
でも、成長の幅でいえば、出場した試合数に比例しているわけではない。
なぜだろうか。
理由は明白で、プロを目指さなくなったから。
理由は色々あるけど、プロになることが、目指すことが自分の人生において大切だと感じなくなった。
別にプロになれたわけではないけど、一つの指針を失ったことで成長速度が遅くなったのは間違いない。
そんな私とは対照的に山市は
「Jリーグと海外で活躍して、ワールドカップで優勝したい」
と小学生が言うような夢を堂々と語っていた姿を見て、カッコいいなこいつ。
と思った。
自分の可能性を信じ続け、直向きに取り組む山市の未来が楽しみ。
1年生の時のブログで書いた自分の中での理想のサッカー選手になれたかと言われるとなれなかった。
この続きは社会人になってから。
けど、誰よりもサッカーが上手い!
と胸を張って、自信を持って学生サッカーを終えることができる。それで十分。
そして、人として成長できたのか。
こちらの方が大事なのかもしれない。
4年間を通して、尊敬できる先輩、後輩、同期に出会うことができた。
こんなに恵まれていいのかと思うほどに。
そんな尊敬できる人達の共通点は、
誰かのために、チームのために全力を注げる人だということ。
結局、みんな自分のことで精一杯で、周りなんて見えていない。
でも、それが普通のことなんだと思う。
その中で、誰かのために、チームのために全力を尽くせる人がいる。
サッカーはチームスポーツだからできて当たり前じゃんと思うかもしれないけど、これは思っているよりもできない。
だからこそ、尊敬できる。
この4年間で、様々な経験をしてきた。
その経験を通して、少しはチームのために全力を尽くせる選手になれたのではないかと思う。
あくまで自己評価だけど。
そういう意味では、人として成長できたのかもしれない。
この環境に身を置けたこと、幸せでした。
4年前、高校の誰もいないトイレで合格発表を見て、嬉しさのあまり叫んだ日から今日まで本当にあっという間だった。
合格が決まった時に、玉井さん(玉井智久コーチ)から
「4年後に早稲田に来て良かったと思ってもらいたい」
と伝えられましたが、4年経った今
「早稲田に来て良かった」
と感じています。
でも100%ではない。99%くらい。
1部昇格を決めないと100%とは言えない。
3位以上が確定したけど、どこか地に足がついてない。
チーム全体にまだ隙がある。
下級生、来年から1部で戦いたいよね?
4年生、最後に結果を残して引退したいよね?
だったらもっと勝ちたい気持ちを前面に押し出して戦おうよ!
手に届くところまできて、このチャンス絶対逃せないでしょ!
最後は気持ちが強い方が勝つ。
もう一度、自分達に火をつけよう。
こんなことを言っている自分もまだまだ足りてない。
でも、幸いなことにまだ変われる時間は残されている。
カテゴリーなんて関係ない。
今以上にチーム一体となって最後出し切ろう。
そして最後に勝って、みんなで笑って終わろう!
想定よりもだいぶ長くなってしまいましたが、感謝の気持ちを書き記して終わりにします。
同期へ
みんなに出会えたことが1番の財産です。
サッカーができなくなることよりもみんなに会えなくなることの方が苦しくて辛いです。
みんなの名前を許可なく勝手に入れました。
人によってはこんなこと書くなと思う人もいるかもだけどそれは許してください。
おじいちゃん、おばあちゃんになっても会おうね!
4年間本当にありがとう!!!!!
両親へ
感謝してもしきれません。
ここまで何不自由なく生活できたのも、全力でサッカーに取り組めたのも両親のおかげです。
そして、素敵な仲間に巡り合えたのも両親のおかげです。
今後、サッカーをやっている姿を見せられないのは心残りですが長い時間をかけてこの恩を返していきます。
毎日のように言っていますが、健康にはもっと気を使ってくれると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
最後に
今までサッカーを通して関わってくださったみなさん、最高な14年間をありがとうございました!






次は1年間一緒に副将をやってきた奈琉君(佐々木奈琉・帝京長岡高校)です。
来年以降の長崎旅行の機会を作ってくれてありがとう。
全然遊びに誘っても来ないけど、唯一花火大会には来てくれてありがとう。
もっとアシストしたかったのが本音だけど、プロにはもっと良いパサーがいるはずです。
たぶんだけど。
君にはもっとやってもらわないと困ります。
熱い言葉を聞いたことがないから、期待してます!
ぜひお楽しみに!
◇谷村峻(たにむらしゅん)◇
学年:4年
学部:スポーツ科学部
前所属チーム:FC東京U-18
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