【#RealVoice2025】「らしさ」新4年・今西正之輔
この文章は出前館で5キロ先の配達先に届け、藤井風の「Hachiko」を聞きながら帰宅していた道中に突破的にアイデアが思い浮かび、何度も自転車を止め、ニヤニヤしながらメモに打ち込んでできた枠組みを元に完成したものである。
2023年4月に早稲田大学に入学し、早くも3年が経とうとしている。
大学3年のこの時期は卒業後の進路を決める時期であり、大袈裟にいえば人生の分岐点である。
就活かプロ、はたまたその両方という選択肢を考える人生の分岐点に立つ今、自分らしさを考える機会が多くなった。自分自身の強み、弱みは何なのか、活力の源はどこにあるのか。それを考えるにあたり、自分の人生で自分らしさが現れていた行動をいくつか振り返ってみた。
自分は才能なんて微塵もなく計り知れない程の挫折をこれまで経験してきた。しかし、今回はせっかくア式生活最後の1年に臨もうとしているのだから極力前向きに、そして自分らしい文章で自己を捉えていこうと思う。
小学4年生の時、週末に父の誕生日があると気づいた自分は400回程度しか出来なかったリフティングを1000回出来るようになることをプレゼントにしようと思った。学校以外の時間は家の玄関で休まずに練習し、週末には当初の5倍の2000回出来るようになった。結果、父への最高の誕生日プレゼントになった。
中学時代、最ももがき苦しんだ3年間だったが、22時頃に練習から帰宅した後も父と車で公園に行き、スマホのライトを頼りに自主練をしていた。3年間の公式戦の得点はたった2点のみで結果は全くでなかったがこの3年間で精神的に大きく成長出来た。
自粛期間中、誰よりも成長しようと毎日2時間かかる横須賀の公園まで自転車で行き、中学時代のチームメイトと半日練習をし、2時間かけて帰宅する生活を3ヶ月続けた。
さらに浜トレをこの時期に考案し、毎日続けた結果、フィジカル面で大きく成長し、高3時にはスタメンとして神奈川制覇に貢献できた。
この期間の成長が今の自分の強みにも繋がっていると感じる。
また、おばあちゃん家に行った時、おもしろそうと思い、30キロ走って帰るといった経験もした。
高3の夏、1度目の人生の分岐点に立った自分は急遽、内部進学の選択肢を捨て、早稲田大学を志した。
プロになる夢を諦めきれなかった。
自分の可能性を信じたかった。
そして宅浪で1日14時間勉強を1年続け、偏差値40から逆転合格を勝ちとった。結果、現在ア式蹴球部員として自分の夢を追い続けられている。
また、受験最終日は面白いと思ったのと70キロ台まで太った体を戻すため早稲田から品川まで3時間歩いて帰った。
大3冬、初日の出を普通にみたら面白くないと思い、前日前々日に過酷な浜トレをした後に、友達と夜12時頃から登山をし、マイナス10度の頂上で死にそうになりながら2時間待機し、最高の初日の出を見た。
また、初詣は今年1年の御利益最大化の為、350キロ先の伊勢神宮まで自転車で西井と共に参拝に行った。1日200キロ近く自転車を漕ぐ、過酷すぎる旅だった。
結果、大きな御利益が周り、最高のア式生活最後の1年を迎えられる。そう願いたい。
その他にも月曜のオフの日には箱根の温泉まで往復90キロかけて自転車で行くといった奇行をしたり、必ず何かしらのテーマを決めて自主練に励んでいた。平日練習の日の早朝には継続的に浜をドリブルしていた。
ざっくり振り返ったが、これらのエピソードに自分らしさが存分に現れていると思う。
サッカーに関係ないこともいくつか記したし、一見、普通に考えてただ馬鹿なことをしているように思える。
しかし最初にいった通り、これを極限までポジティブに捉えると今西正之輔らしさというのは
”人が考えもしなかったり、きつく無理だと思うようなことに可能性を見出し、迷わず決断し、突き進める。そんな馬鹿さとまっすぐさ、そしてそこに対するパワー”
それこそ自分らしさであるという結論に至った。数々の成功体験や挑戦がこのらしさを形作ってくれた。
これはプレースタイルにも滲み出ているように感じる。考えてプレーすることは未だに課題で、そこは絶賛改善中だが、他の人が無理だと思うところに活路を見出し迷わずに突き進む突破力や打開力は自分らしさであり強みであると思う。
しかし、
この“らしさ”をこれまでのア式人生で出し続けられてきただろうか。
大学1年時はだせていたように感じる。何にもビビらずに、自分らしさ全開でプレーもでき、結果も残しつつ新人戦の全国制覇に貢献できた。
では2,3年目はどうだっただろうか。
2年目はFCカテゴリーで個人の結果の面ではいい結果を残せたが、シーズン序盤はトップにいたのにも関わらず周りの評価や相手の強度にビビりちらかし結局トップには残ることが出来なかった。
これを3年目も繰り返してしまった。怪我も多かったし、何か周りを気にしながらプレーしていたせいで自分らしさをだせず、安牌な選択肢ばかり選び、結果も3年間で1番残せなかった。
そして新チーム初戦、トップチームで初めてのスタメン出場を経験した。試合開始前までは果敢に仕掛け続けて結果も絶対に残してやろうと意気込んでいた。しかし、やはりここでも自分らしさが出せなかった。初スタメンというプレッシャーと周りの目に怖気づいた。ア式に入って1番悔しかったし不甲斐なかった。もうあんな経験は2度としないし、したくない。
これらからわかるように、”らしさ”がだせないことに苦しんだ2年間であったように感じる。
何かにビビりながら肩を窄めて行動している時の自分は自分らしくない。何にもビビらずにただ自分の感じた可能性を信じてまっすぐに突き進んでいる時、それこそ自分らしさである。
先述した通り、現在自分は2度目の人生の分岐点に立っている。
自分が選択した道は就活を進めながらプロを目指す道である。
不器用な自分に二兎を追うことなんてできるのだろうか。そう思う人もいるだろう。だけど、そんなことすら考えずに自分が決めた目標に突き進むのが今西正之輔らしさである。結果がでるかは自分次第。自分の可能性を信じて最後の一年を150%で駆け抜けようと思う。1年後の自分は笑っている。そう自分を信じたい。
最後に、
これも先述した通り、西井と自分で自転車を漕ぎ、350キロかけて伊勢神宮にお参りをしてきた。アシキ全体5円×100人の500円玉を賽銭箱に投げ、自分は関東1部優勝、日本一を強く祈願した。こんな苦しい思いをして参拝をしたのはあの日大量にいた参拝客で自分達だけであるだろう。そうであるのだから神からの後押しは最高のものである。
しかし、これだけじゃ足りない。関東1部優勝、日本一は部員一人一人が自分自身が掲げた目標とチームで掲げた目標に向かって死ぬ気で取り組んでこそ成し遂げられることである。部員全員、信念を持ってまずはこの1年、出し惜しみなんてせずに今の力を出し切ろう。
自分の感じた可能性を信じ、何にもビビらずまっすぐ突き進む。
そんな強みと自分らしさ全開でア式生活最後の1年に臨み、関東1部の舞台で躍動し、目標である優勝を掴み取りたいと思う。
そして、プロになると1年目のブログで自分が立てた目標に向かってこれからも自分らしく”まっすぐ”と進んでいきたいと思う。


次はア式が誇る屈強な戦士、髙橋智裕(早稲田実業学校高等部)です。
一度ボールを持ったらその屈強な体と日本舞踊で鍛え上げられた軽やかなステップで相手をぶち抜きます。非常時にはグラウンドで槍を持つ姿と直角定規顔負けの彼の90度のお辞儀はまさに戦士、いやソルジャーそのものです。怪我に悩まされることも多い彼ですが、復活した暁にはア式蹴球部に追い風、いや爆風を吹かせてくれること間違いなしです。そんな彼が何を想い何を綴るのか。楽しみで夜も眠れません。
◇今西正之輔(いまにししょうのすけ)◇
学年:新4年
学部:社会科学部
前所属チーム:日本大学藤沢高等学校
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