9月21日 好き(2019)
『ウメハラ氏の本から〜
これまでの経験から、諦めなければ結果が出るとは言い切れない。だが、諦めずに続けていれば人の目が気にならなくなる日が来るのは確かだ。そして、人の目が気にならない世界で生きることは本当に楽しい、と確信を持って断言できる。
努力を続けていれば、いつか必ず人の目は気にならなくなる。
出典
「勝ち続ける意志力 世界一プロ・ゲーマーの「仕事術」」
(梅原大吾著、小学館、2012年電子書籍版発行)
これ、私が趣味探しで悩んでいた末に、
自転車にハマって、
技術や能力に優劣はあっても
「好き」に優劣はつけれられないし、
気にする必要もないことなんだ、
とおもうようになったことに似てるかも?』
2020/09/21 いつかの私へ
この言葉を見つけたとき、ぱぁーって、
なんだか楽になれた気がしたこと、今でも覚えています。
「(自分にとっての)答え合わせ」完了、って感じでしょうか。
それとも「私だけじゃなかった」っていう安心感?
「人の目が気になる」自分を「気にしている」ことが本当に嫌でした…
と、過去形にしたいところですが、
残念ながら、今も全然克服できていませんね。
「〇〇や××に関すること」については、やれるだけやれたので、
「人の目は気にならなくなる」ことが出来た、といった程度です。
ひとつひとつ、やっつけていかなくちゃいけない。
これは、私の(ものすごく面倒くさい)性分なんだとおもいます。
それでも、そういう性分が、自分の嫌な部分であると同時に、
何かをするときの、原動力になってきた気もします。
それはきっと、そのとき、そのときに、
私に必要な感情、感覚だったのかもしれません。
「人の目が気になる」から頑張れたこと、楽しめたこともあるはずで、
「人の目が気になる」から萎縮して、出来なったこと、諦めたことも、
あったかもしれません。
いろいろなことを感じたり、思ったりするときに、
ぐっと抑えて、冷静になれるほどには、達観できていないので。
どうせなら、このさい、このココロの動きやザワザワするキモチを、
何かの原動力のひとつに取り込んでしまおう、
どうせなら、一切合切「自分のための」きっかけにしてやろう、
って、それぐらいのつもりでいたほうがいいかも。
調子に乗っているときに、くじかれるとあっさり失速するけれど、
調子最低で、悶々としているときって、じつはエネルギーの総量は、
調子に乗っているときより、だんぜん多いような気がします。
このエネルギー、上手いこと使えたら、
楽しいこと、起こせそうです。
そのときには、「人の目は気にならなくなる」ことのストックが、
ひとつでも、ふたつでも、増えているといいなあ。
*
ひさしぶりに、また自転車で遊んでみようかな。
*
『Tricks and Stunts』を観ながら
