「小西真奈Wherever」展(府中市美術館):油彩線描に線スケッチ感、自立絵画としての鉛筆ドローイング、その意味は?
(長文になります)
はじめに
「線スケッチ」に関連して、私が常々生徒さんにお勧めしている西洋の画家として、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックとアルフォンス・ミュシャがいます。 前者では、人物描写の観点で、後者では女性の顔や身体の輪郭線の美しさの観点からです。
今年の夏から秋にかけて二人の展覧会が東京で催されました。
一つは、SOMPO美術館での「ロートレック展 時をつかむ線」で、二つ目は府中市美術館で今月1日まで行われた「アルフォンス・ミュシャ 二つの世界」展です。
当然ながら私は二つとも訪れました。その内、ロートレック展についてはすでに記事を投稿しました。
もう一つのミュシャ展ですが、11月初めに訪れましがた訪問記事はまだ投稿していません。
さて、展覧会訪問時にたまたま表題の展覧会の予告ポスターの絵に目が引き付けられました。

出典:https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/tenrankai/kikakuten/Konishi_mana.html
その絵は油彩画であり「線スケッチ」とは無関係のはずなのですが、見た途端に私が日頃描いている「線スケッチ」と同じ「におい」を感じたのです。
その理由の一つは、私が好きな明るい色使いもさることながら、筆捌きがペン画の筆触と同じように感じたことです。
例えば、温室のフレームの線はあたかもフリーハンドで現場で引いた線のようですし、手前の石には輪郭らしき線まで描いてあります。さらに池の向こうの植物の葉のタッチもまるでスケッチしたかのような臨場感を感じたのです。
第二に、絵画としても、展覧会用の「作品」で感じる構えたところはなく、ごくごく日常の生活の中の風景を、スナップショットで切り取ったような、まさに私が街歩きスケッチをしている時と同じ感覚を感じることもその理由です。
実は、今回訪問してその真の理由が分かりました。知らない現代作家であることもあり、どうなるかと不安だったのですが訪問した甲斐がありました。
以下訪問記を続けます。

展覧会の構成と小西真奈氏の背景について
さて、会場に入って戸惑ったのはその構成です。作者の制作年代順に並べられておらず、2024年の作品からデビューの2006年前後に遡るのです。
会場の冒頭にある挨拶文や作家紹介を読むか読まないかについて、色んな考え方があるかと思いますが、通常私は読まない派です。
いつもは、あいさつ文は素通りして会場を短時間で回り、鑑賞すべき作品の目星を付けます。そして会場を逆回りで目星の作品を詳しく鑑賞し、最初からまた最後まで回るを繰り返します。
その段階で、必要に応じて挨拶文や略歴を読むことにしています。
しかし、今回は「小西真奈」氏についてまったく事前の知識がなかったこと、そして府中市美術館がどうやら彼女の作品を購入したらしいこと、そして何らかの事情があってこの展覧会を特別に企画したらしいと感じたこと、最後に府中市美術館は、一貫した方針のもとに作品を収蔵していることを感じていたことから、今回の展覧会の企画の意図を知るべきだと思い、冒頭に挨拶文と作家の略歴を読んだのです。
その結果、なぜ現在から過去に遡った展示にしたのか納得しました。
以下、あいさつ文、経歴の内容も頭に入れて私が感じたことまとめます。
■まず、彼女の経歴ですが、アメリカの美術大学を卒業、その後もアメリカの作家に師事し、帰国するとあります。勝手に決め込んではいけないのですが、私が彼女の色使いに日本的な風土を感じなかった理由がここにあると思います。
■帰国後、2006年に「VOA賞」を受賞し注目を集めたとのこと。「VOA賞」についてはまったく知らなかったのですが、「平⾯美術の領域で国際的にも通⽤するような将来性のある若い作家の⽀援を⽬的に1994年より毎年開催している」賞で、美術専門家の推薦を受けて出展するようです。過去の出展者には奈良美智、村上隆や新進気鋭の多くの作家たちが名をつらねるなど、実績のある賞だそうです。
■ですから作品出展ですら栄誉なのに受賞すれば大きなプレッシャーも受けることになるでしょう。実際、小西氏は現代画家として順調な道を歩み始めるものの、その後の出産、子育ての中での制作、さらには近年のコロナによる活動の制限など、女性作家について回る制約や、予期せぬ感染症の中で、その作風を変えざるを得なかったようです。
■特に、近年描いているのは、自宅の近く「神代植物公園」や周辺の地域であることが分かり、それも私のスケッチポイント範囲と重なります。
以上の背景を受け、具体的な作品の紹介を通じて、小西氏の作風の変化を追ってみることにします
作品の変遷
作品から私が受けた印象を以下にまとめます。
1)2024年~コロナ禍の期間の作品
■どの作品も湿っていない、明るい。油彩にも関わらすうす塗りなのでイラストのように見える、
■構図的に、地平線が全て上にあり、空は青空のみ。雲は少ない。従って、西洋の広大な空間(空、地上)を描く伝統的な油彩画の構図ではなく、水墨画や水彩画の感覚。なので、油彩画でありながら、日本、あるいは東洋的で、西欧画のコンセプチュアルな絵画とは対極にある。
■筆の動きが、水墨画、文人画的である。実際、会場には鉛筆のドローイングスケッチと本画を並べて比較した例を見てよく分かった。本画(油彩画)では鉛筆ドローイングの段階の線描がそのまま使われており、最初は即興で描いたのかと思ったが素描と一致しており、散らしの絵を見た時にペンの動きだと感じたのは間違っていなかった。
■鉛筆による林や草のスケッチの描写は、かなり省略しているが、林、森の描写が苦手な人には大いに参考となる。
2)デビュー当時の作品
■初期の作品は、いずれも大型作品である。紹介する画像は縮小しているので、筆跡はみえず、写真のように見えるが、近ずくと筆のストロークが見える。広大な空間の奥行きを感じるパノラマ風景画である。カナレット展でも感じた様に伝統的な西欧風景画を久しぶりに見た印象。
■しかし、地平線がことごとく上部に取られていて、「やはり日本人の伝統が続いているな」と思わせる。しかも上空4-5mの高さから描いたふかん構図で、丁度北斎、広重が、遠近法を採り入れているのに、俯瞰構図を使うのと同じである。
以下、具体的な作品を示しますが、会場ではほとんどすべての作品は撮影禁止でしたので、適宜、小西氏のインスタグラムの画像も用いながら紹介していきます。また、分かりやすくするために、2000年代のデビュー当時から現在まで、制作順に紹介します。
初期の大型作品

出展:筆者撮影

出典:美術館入り口印刷物を筆者撮影
上記、三作共に、美術館の壁を覆うほどのサイズの大作です。これらの作品は、たまたま地平線が画面の真ん中に置かれていますが、他の作品ではほとんどが画面上部に設定されて、空の面積は狭く、しかもこの絵の人物を見て分かるように、4-5mの高さから見下ろす俯瞰構図で描かれています(図4を除く)。
いずれにせよ、この絵から分かるのは、緻密に構成された絵画であり、当時の若い小西氏の意気込みが伝わってくる作品ばかりです。
2010年~2020年の作風の変化(インスタグラムの作品より)
ところが、出産、子育てなど私生活の変化のためか、当初の大作が影を潜め、モティーフや作風に変化が現れます。
すなわち、子供の成長や肖像画、花瓶に花、特に特徴のない公園や近所の風景など小品で、筆遣いも荒いタッチに変化します。
さらに、2019年前後から鉛筆による素描作品が急に増えます。樹木の線描、森や林の描写に、作家独自の表現が感じられて、それ自身が独立した作品としても成り立ちます。
ついには、その表現が自立して、ドローイングそのものが絵としての魅力を獲得します。その結果、文芸雑誌の挿絵としても採用されます(下記の2つのインスタグラム記事)。明らかに素描とか習作という位置づけではなく、鉛筆によるドローイング絵画として成功しています。
2020~2024年のドローイング作品
コロナ禍の2020年に入り、行動が制限されていきます。作家は、(おそらく子育てや家事に追われながら)ますます新たな作風を目指し、描く対象も絞られていきます。まるでモネが同じ主題を何枚も描いたように、何十枚も同じ場所(自宅周辺らしい)を集中して描いています。
展覧会では、トータル34枚の鉛筆ドローイング画がまとめて展示されていました。写真が撮れなかったので、展示作品を示すことが出来ません。同じ年代のドローイング作品をインスタグラムで引用します。
上記二作品で見られるように、樹木の描写がユニークです。さらに、ドローイングの展示会場では、同じ場所をドローイングで描いた作品と、油彩の作品が3組、計6枚の作品が、並べられていました。
作品をお見せ出来ないので、同じ場所を描いたドローイングと油彩画の組み合わせの例を3組インスタグラムから引用します。鉛筆による樹木の線描と油彩画の軽快なブラッシュ・ワークをご覧ください。
1:神代植物園のつつじ園?(鉛筆ドローイングと油彩)
2)場所不明(鉛筆ドローイングと油彩)
3)場所不明(鉛筆ドローイングと油彩)
2020~2024年の油彩作品
ドローイングと同じく、コロナ渦期間中はひたすら自宅周辺の公園を描いています。私がミュシャ展で見たチラシの絵(図1)が、まさにそうだったのですが、油彩でありながら、温室の窓格子の揺れる線描、水面に映る木々の踊るような線描に魅せられます(次の2枚)。
温室を多く描いているのは、温室のフレームの線描を意識して描こうとしたのだと思います。
(なお、これから示す絵は記憶する限り展示されていた作品です)

出典:展覧会チラシ 2頁目 https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/tenrankai/kikakuten/Konishi_mana.html
身近な場所の風景画とともに息子さんを描き続けていますが、下の
室内を描いた絵の掛け軸の輪郭線、柱の線のゆがみは何とも言えない魅力を私は感じます。
ついには色面まで浅塗りで、筆跡だらけのなんとも形もはっきりしない自由な絵に到達します。(下記の絵以降は全て2024年制作作品です)
《Flamingos》 2024 年
全体感想
「線スケッチ」の観点で2020年以降のドローイングと油彩作品を見る
前章で最近の作品を紹介しましたが、チラシに掲載された小西氏の油彩(図1)に「線スケッチ」と同質のものを私が感じたことがお分かりになったと思います。
そして、2019年以降小西氏が注力した鉛筆によるドローイングの樹木の線描を見て、「線スケッチ」教室の生徒さんに大いに役立つと思ったことも納得いただけると思います。
ですから次回の教室でこの展覧会の作品を宣伝しようと決めて帰宅したのです。
ところが!? 以上でめでたしめでたしと記事が終わるところがとんでもないどんでん返しが待っていました。
それは、ドローイングの記事を書いた後に、私が持ち帰った、府中市美術館作成の「展覧会ガイド・出品リスト」を念のために読んだところ、第2章 "Drawings" に私には予想外、驚くべき文言が載っていたのです。
眼の前の対象を素早く捉えたような、新鮮な感覚に満ちた小西のドローイングは、実際は画家自らの撮影による、プリント写真をもとに描かれている。いくつかは同じ構図の油画も存在し、そちらが先に描かれていたりする。つまり鉛筆画は必ずしも準備段階ではない。
画用紙の上にひかれた、太い鉛筆の線。線はくるくると四方八方に動き、あるところでは集まって影をつくり、あるところでは散らばって光を通す。線を引くことに集中し、その効果に驚く小西の姿が想像される
2 Drawings。
執筆:神山亮子(府中市美術館)
ボールド文字は筆者による
私は見事に騙されました。小西氏のドローイングは現場で描いているのではなく「プリント写真をもとに描いている」というのです。おまけに、「鉛筆画が油彩画のための準備、習作でもなければ、油彩画が先に描かれたあとから鉛筆画が描かれることもある」というではありませんか!
一般には西欧絵画、あるいは明治以降の日本画、洋画において、画家はまずスケッチや人物デッサンを事前に繰り返したあとに、下絵や習作を経て最終油彩画(日本画であれば”本画”)の制作に移るというのが誰もが思う絵画制作の手順ではないでしょうか。
ですから私は小西氏の油彩画もまずは鉛筆スケッチがありそれを基に描かれたと思い込んでいたのです。
それが見事に覆されました。これは、常々生徒さんに話している次の内容と真っ向から対立する行為になり、根本的に考え直さなければなりません。
その常々話している内容とは以下の通りです。
「線スケッチ」では原則として現場で自分の目を通して直接描く。写真を使うことは極力避けること。なぜなら、機械であるカメラと人間の眼はまったく違うから。人間の眼は、関心のある物、感動したものは脳内で大きく見える。ところが、写真はそうではない。写真を見て描くことは、既に二次元かされた写真という画像を単に”模写”することだと思ってほしい。
実際、教室でやむを得ず写真を使う場合、生徒の皆さんは、どうしても写真そっくりに描こうとしてしまいます。かくいう私もその傾向から逃れることはできません。やっとの思いで自分が現場で撮影した時の気持ちを思い出し、写真の中のモティーフを大きく描いたりデフォルメするのが精一杯です。
このような誰でも陥りがちな傾向に完全に離れて、写真から、新しい絵画の表現を創り出している小西氏の制作スタイルはどう考えたらよいのでしょうか?
私の記憶が間違っていなければ、西欧の画家ではエドガー・ドガが写真を否定せずに利用して描いたと言われています。おそらく、動いている人物や馬などの描写に利用したはずですが、彼こそは写真の模写を超えて絵画化に成功した画家だと思います。
小西氏の場合、動きのある事物を描いているわけではないので、あくまで写真は鉛筆、油彩筆の自由な運筆のインスピレーションを得るための道具として使っているということになります。
その意味では、「線スケッチ」に応用するにはあまりにも高度なテクニックと言わざるを得ません。
初期のリアリズムの風景大作画から現在のドローイング、油彩画のスタイルの変化をどのように捉えるか
さて、初期の2005年~2007年当時の油彩画が、大画面で隅々まで油絵具でしっかり彩色され、写真と見間違うばかりのリアリズムに溢れた西欧の伝統的な風景画であったのが、わずか20年ほどの間に、身近な風景をもとに即興的で自由な筆づかいの鉛筆画と油彩画を生み出し、しかもサイズは小さく、油彩では、キャンバス地が見えるほどの薄塗りの作品に変化したことをどうとらえたらよいでしょうか?
前章では、小西氏の略歴を読んで、出産や子育てまど私的環境の変化、コロナ渦における生活環境の変化などの影響について述べましたが、もう少し異なる観点で考えてみたいと思います。
一つの仮説として、日本人が知らぬ間に獲得している文化的伝統が自然に現れて来たのではないかということです。
小西氏は、米国で美術教育を受けたので、おそらく西洋の美術的伝統を初期の絵は受け継いでいると思います。すなわち、しっかりとした構想、隅々まで丁寧に塗られた彩色など、極めて理知的、コンセプチュアルなところです。
けれども、すでに述べた様に地平線を最上部に上げる構図や、描かれた人物よりも数メートル高い位置からの俯瞰構図は、北斎や広重の日本の伝統的な構図も感じさせます。
そして、ついには2010年以降モティーフが身近なものに変化し、筆遣いもどんどん即興的で自由な運筆に変化します。
私は、どこかでこのような変化を見たことがあります。それは昨年から鑑賞を続けている水墨画であり、また日本の水墨画における変化です。
すなわち、小西氏の絵の様式変化は、丁度、宋元の水墨山水の「ゆるがせの無い」、「きちっとした」中国絵画の様式が日本に入ってくると、本国では重要視されなくなった牧谿の水墨画が好まれ、雪舟の水墨画から安土・桃山の水墨画になって日本化し、江戸時代になって、さらに池大雅、与謝蕪村らの南画の筆づかいに代わっていった歴史と重なるのです。もっと言えば、小西氏の鉛筆画の線描は白隠や仙厓の運筆に近いと。
実は、今回小西氏が同じ場所を描いた鉛筆画と油彩の運筆がほぼ相似であることに私は、以前投稿した記事を思い出しました。
それは、日本の画家に憧れたゴッホが、アルルの平原を描く時に、一つは北斎や広重と同様、地平線を上部にとる構図だけでなく、あれほど即興的、情熱的に描いたと思われる筆のタッチが、素描でもまったくそっくりなタッチで描かれていることを見出したことです。しかも、小西氏と同様、ゴッホは素描を下絵や準備段階としてではなく、油彩と同時並行、あるいは独立に描くなど、同等なものとみなしていた節があることを書きました。
さらに興味深いことに、私は小西氏の油彩がタッチだけでなく、どんどん薄塗りになり、キャンバス地が見えるほどになった様子を見て、セザンヌの薄塗りの油彩を思い出したのです。
セザンヌもまた日本の絵画に影響されて、キャンバス地が見えるほどの薄塗りを始めました。これは、日本的な「余白」の問題にもつながるのですが、赤瀬川原平氏がこの辺の事情を<名画読本>の中で取り上げています(下の記事参照)。
以上から、もともと日本人が持っている絵画の資質は、西欧絵画や中国の水墨山水に見られる、精緻な描写、緻密な絵画構成(頭:コンセプチュアル)、精神性(宗教も含む)ではなく、身体(腕)を動かすことから直接感じ取る、より即物的なものではないでしょうか。それが、自由な線、即興的な線、最終的には「かわいい」「ゆるい」線などにもつながるのだと思います。
小西氏の絵画の変遷は、以上の観点でも説明できるのではないかと考えました。
「油彩スケッチ」について
なお、最後に余談ですが、先日カナレットの展覧会を見て以来、西欧絵画の空、特に雲の描写に気になり、西洋絵画における風景画を見直しています。
最近イギリスのジョン・コンスタブルの風景画の本を見て、驚きました。コンスタブルは、鉛筆によるスケッチをせずに、私にとっては、聞きなれない「油彩スケッチ」を多数描いているのです。彼は、とにかく現場を大切にしたようです。すなわち刻々と移り変わる空気、気候を捉えようとした結果、油彩で直接スケッチしようとしたようです。下記にその例を示します。

出典:すべてwikimedia commons, public domain
荒々しい筆触が印象的です。小西氏の油彩の場合は、現場描きではないので、絵画の位置づけは違いますが、それでも筆の動きが見えるという意味では同じに見えてしまいます。
今後、素描(ドローイング)と油彩の本画との関係について考えて行きたいと思います。
(おしまい)
前回の記事は下記をご覧ください。
