トーハク常設展:久隅守景《納涼図屏風》(国宝)に出会う! 模写と糸瓜スケッチ
一月ぶりに東京国立博物館に出かけたところ、国宝展示室で思いもかけず久隅守景《納涼図屏風》(国宝)に出会いました。
一昨年から、室町水墨画から始めて江戸初期までの水墨画を中心に鑑賞してきました。
その間、東京国立博物館の本館の常設展は大変お世話になっています。常設展と言えども、その展示作品の質は高く、教科書で見られる著名な作者や、重要文化財に指定されている作品の展示も少なくはありません。
中でも、2階の国宝展示室は、毎回国宝指定の作品を見ることが出来るので楽しみにしている部屋です。
今回は、前回訪れてから日が浅いので、特に注目していなかったのですが、私にとっては予想もしなかった久隅守景《納涼図屏風》(国宝)が展示されていました。

この作品は、かなりの頻度で日本の絵画の一般書に取り上げられるのですが、正直に言えば、なぜこの作品が国宝として評価されるのか、さっぱりわからなかったのです。
室町期の水墨画の山水画、花鳥画のような厳しい感じでもない、あるいは如拙の瓢鮎図のような禅問答とも関係がなさそう、一方、桃山期や江戸の狩野派の権力者が好みそうな水墨画とも違う、とても素朴な感じを受けます。
しかも、このような当時の家族の日常を描いている絵は、同時期の水墨画には見られない異質のように見えたのです。
ですから、 印刷物ではその絵の良さが伝わらないものがあるのではないかと、いつか実物を見てみたいと思っていました。
ガラス越しで、しかも薄暗く思ったよりもよく見えませんでしたが、それでも、まず感じたのは筆の闊達な動きです。特に、糸瓜の葉の描線に目が行きました。
先日「植物画」の記事を投稿したばかりなので、糸瓜に目が行ったのかもしれません。その部分を、いつも使用しているサインペンで模写して見ました。

筆ではないので、完全な模写にはなりませんが、それでも久隅守景の筆の運びを追うことができました。
ここから分かるのは、作者は現場でスケッチしているのではなく想像で、かなりのスピードで描いていることです。なぜなら、作者の目線は俯瞰であり、糸瓜棚の上の空中から眺めた構図で描いているからです。
おそらく、普段から糸瓜をよくスケッチしていて、それをもとに想像で筆を動かして描いたのでしょう。
なお、実は私自身糸瓜のスケッチをしたことが無かったので、久隅守景の描いた糸瓜がはたして糸瓜の特徴を捉えているのかどうか分かりません。そこでこの機会に以前神代植物公園で撮影した糸瓜の写真をもとに描いてみました。

使用した写真は下記です。

この結果、久隅守景の糸瓜はその特徴を捉えているとはいえ、厳密な写実と言うよりも久隅守景なりの印象を表現していることが分かります。
一方、3人の家族の人物描写も注目です(図4)。

この3人の人物のうち、父親の線描は太く強く、筆の運びは、のびやかですが糸瓜の線描よりは慎重に行っています。一方、子供と母親の線描は糸瓜とは一転して、繊細で気持ちの良い線描です。
例えば下半身を覆う着物の輪郭線と皺は、繊細かつスピード感もあります。特に、私は母親の左の腕の描写に眼がとまりました。人物を描いたことがある人なら同感していただけると思いますが、左の足裏に重ねるように置いた珍しい姿態の手と腕を、筋肉の膨らみやひじの位置が分かるように描くのはかなり難しいと思います。
この絵では、見事に描写していることに眼がとまったという訳です。
以上から、シンプルな絵にもかかわらず、線描から作者の力量は推し量られるのですが、国宝に値するのかどうかはまだ分かりません。
狩野探幽の高弟の一人とされる久隅守景ですが、複雑で数奇な運命をたどったようなので、作者の人生も加味しなければいけないのかもしれません。
今後、他の絵も見比べてみたいと思います。
(おしまい)
前回の絵は下記をごらんください。
