気候は崩壊しているか
斎藤幸平さんの本を読んで、パリ協定は全然達成されず、もはや気候は危機じゃなくて、崩壊し始めているらしいことを知る。
思えば、子供のころ、80年代の夏などに、光化学スモッグ注意報が毎日のように発令されていたような気がする。今も人知れず、注意報は出ているのかも知れない。減っているみたいだけど。
東日本大震災のあとは、とにかく放射能が危ない!といって、避難した人もいるし、毎日数値を気にして、窓もあけないようにして、福島にはいかないみたいなことはあった。
コロナ禍も、とにかく三密をさけ、絶対にマスクして、という生活だった。それがいま、マスクなんてしないし、密も歓迎しているぐらいだ。
なにごとも、喉元過ぎれば暑さ忘れる的なことかも知れないが、その時は世界の終わりだ、みたいな気分になるけど、結局いつまでもその気分では生活できない。
生活している人もいるだろうけど、僕はすぐ忘れる。忘れるから生きていられるともいえる。
つまり、今年の夏は、異常気象だね!なんていって、そのときはわりと、本気で心配はしている。それでも、普段の生活でなにか気候崩壊を止めるべく生活できているかといえば、1ミリもそんなことはない。
暑いとか、豪雨とか、災害とか、本当には自分がそれによって、死ぬか、生活できなくなるまで、ずっと、どこか他人事として忘却していくんだろう。
地震も、放射能も感染症も、そうやって忘却してきたのだから。
でも、おそらく、この忘却は一種の防衛本能で、悩んでも悔やんでも、努力しても、どうせいつかは死んで無になるんだよ、と心の底では思っているから、自分の死んだ先の世界なんて知ったこっちゃないということなんだと思う。
斎藤さんも、だから、飛行機には乗るし、無駄にメゾンマルジェラを着るわけで、崩壊は仕方ないと、思っているのだと思う。
でも、崩壊に際して、恒久的欠乏の世界が訪れ、野蛮化を目の当たりには、あまりしたくないし、マッドマックスは映画だけで充分だとは思っている。
それでも、野蛮化は避けられないだろうな、と本音では思っている。
