近代口語体・言文一致について(白樺派と新現実派)[占領下の抵抗(注xxxx)]
山本正秀は『言文一致の歴史論考 続編』の中で
漱石・鴎外や、花袋・藤村などの自然派や年配の作家の文章には、文章的口語体といった明治的限界があった。それは、彼らは和漢の旧文学の素養が深かっただけに、文体の骨格、語彙の選択、文脈の整え方などに、何といっても難解な漢語・漢字や漢文脈への執着があって、そうした前近代的な漢文的措辞法からの脱出や俗談的冗長性の克服、一方細叙にたけた欧文脈の一層の取り込みによる補強などが、近代口語体の完成のために必要であった。
と述べ
その点で、これらの要件をみごとに満たし、成就させたのは、白樺派および新現実派の作家たちであった。
特に白樺派に対する評価は高い。
武者小路実篤については
最も自由大胆に日常語を駆使して、旧文章から全く解放し、口頭的口語体を見事に樹立した。
とし、彼の文章対する宇野浩二の
「現さうと思ふ事をそのまま自分の言葉で書くーつまり、真の言文一致に近い文章を武者小路実篤が創造した」
という言葉と
佐藤春夫の
「厳密な意味の言文一致を大成したのは武者氏だも言つてもいいような気がする」
という言葉を紹介している。
有島武郎については
欧文脈をぞんぶんにとりこんで細叙性に富んだ絢爛多彩なしゃれた口語体をあみだしたが、『或る女』(大八)などの文章になると、不必要な字句は後を絶ち、欧文脈もよほどこなれたものになって完成されている。
と述べ
志賀直哉については
菊池寛の
「何という冴えた文章」「何と云う簡潔な力強い表現」
という賛辞の言葉を取り上げながら
簡潔的確な口語体を完成した。志賀の出現によって、口語文体通弊の冗長軟弱性は全く克服され、近代口語体は完成を見た。
と述べている。
そして
こうして白樺派によって確立された新文章道は、ついで起こった新現実派(芥川龍之介・菊池寛・久米正雄・山本有三・里見弴・佐藤春夫・宇野浩二ら)が、一名技巧派・理知派と呼ばれたような、めいめいの工夫によって、個性色ゆたかな堪能の口語体を成就し
たと続けている。
同様の趣旨の記載は
山本正秀著『近代文体発生の史的研究 上』にも見られるが、『言文一致の歴史論考 続編』の方がより簡潔でまとまった記載となっている。
これらの著書に書かれたような流れだけで、近代口語体・言文一致の歴史をまとめてしまって良いかどうかについては異論もあるだろうが、多くの論が近代口語体・言文一致を論ずるのに、白樺派の手前で止まっているのに比べると、山本正秀のこの二著は遥かに包括的であり、私が手にすることができた範囲では、近代口語体・言文一致の歴史について白樺派も含めた形で把握できる研究書は、この2つだけであった。
引用文献:
山本正秀『言文一致の歴史論考 続編』49–50頁、桜楓社、1981(昭和56)年2月。
(所収:「[ニノ五]言文一致運動の展望――口語体の確立―自然主義から白樺派へ―」。
原題「近代口語文体の成立と展開」、『講座日本文学』第九巻〈近代編1〉、1969(昭和44)年4月)
参考文献:
山本正秀著『近代文体発生の史的研究 上』
53-54頁
発行所: 株式会社 岩波書店
1965年7月31日 第1刷発行
2021年11月10日 オンデマンド版発行
この記事は志賀直哉のエッセイ「国語問題」についての論考に付した注です。
志賀直哉の「国語問題」についての論考
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