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真面目な管理職ほど、なぜ疲弊するのか

——JTCが変われない、本当の理由

「自分が拾わなければ、誰も拾わない」
そう思って、また今日も穴を埋めたあなたへ。
——かつての私も、その一人でした。

組織を変えたい。
部下に、もっと生き生きと働いてほしい。
他部署とも、前向きに連携したい。
会議では、責任の押し付け合いではなく「どう前に進めるか」を話したい。
お客様に迷惑がかかる前に、組織として先回りして動きたい。

そう願いながら、毎日葛藤している管理職の方は、多いのではないでしょうか。

私は組織開発の専門家ではありません。
人事コンサルタントでも、経営学者でもありません。

ただ、現場で組織運営に悩み、部下に幸せに働いてほしいと願い、「どうすれば組織は前に進むのか」を考え続けてきた、一人の実務者です。

そして、その過程で、私自身が傷つきました。
悩みました。
時には、自分の限界も感じました。

だからこの記事は、かつての私と同じように、日々現場で、悩み、葛藤している、課長・部長・中間管理職の方に向けて書いています。


少しでも、明日からの仕事を見る視点が変わるように。

少しでも、「自分だけが責任を感じる必要はない」と思えるように。

少しでも、組織を前に進めるための武器になるように。


まずは、私自身がなぜこのテーマに向き合うようになったのか。
その出発点から書いてみたいと思います。

ある日突然、「上に立つ」ことになった


私はもともと、営業の現場に近い立場で働いていました。

それがある日、営業部長になりました。

昨日まで横並びで働いていた人たちの、上に立つ。
自分の準備が十分だったとは、言えません。
周囲の納得感も、正直、十分ではなかったと思います。

そんな中で、私の葛藤は始まりました。

どうすれば、部下の求心力を高められるのか。
どうすれば、部下が生き生きと働けるのか。
どうすれば、この組織が前向きに、力強く、成果を出せるのか。

所属長になった以上、部下にはできるだけ良い心の状態で働いてほしい。
そう思っていました。

会社にいる時間が、ただの我慢や、生活費を得るためだけの時間で終わってしまうのは、あまりにもったいない。

部下には、仕事を通じて、自分の可能性を広げてほしい。

できれば、「気づいたら時間が経っていた」——そんな没入感を、味わってほしい。

そこが、私の組織運営論の出発点でした。

自分の部署だけが頑張っても、組織は変わらなかった


部長になってから、私は人間学やリフレーミング、成長マインドセット、自反尽己、人生のオーナーシップといった考え方を学び、自分の部署で勉強会のような形で伝えていきました。

物事を他責にせず、自分ごととして捉える。
困難や課題を、成長の糧として捉える。
自らを顧み、己の限りを尽くす。
自分の人生のオーナーシップを、自分で持つ。

こうした考え方は、今でもとても大切だと思っています。

ただ、取り組む中で、私はあることに気づきました。
自分の部署だけが主体的になっても、周囲が他責や分断のままだと、結局その負担は、主体的な人たちに乗ってくる。

これが、現実でした。

部署間に落ちた課題。
誰が拾うのか曖昧な仕事。
お客様に迷惑がかかりそうな火種。
本来は組織として対処すべきなのに、責任の所在がぼやけている問題。

そういうものが、現場にはたくさんあります。

そして、それを見えてしまう人、拾ってしまう人、放っておけない人に、仕事が集中していきます。

「誰かがやらなければならない」
「このままだと、後で大きな問題になる」
「お客様や現場に、しわ寄せがいく」

そう思って、手を伸ばす人がいる。
でも、その人が拾い続けることで、組織全体は学ばないし、成長もしない。

拾う人だけが、疲れていく。

私は、この構造の中で、かなり苦しみました。

JTCが変われない理由は、個人の資質だけでは説明できない

JTCが変われない理由を、誰か一人の姿勢や能力の問題として見てしまうと、たぶん本質を見誤ります。
もちろん、個人差はあります。

主体的に動く人もいれば、そうでない人もいます。
全体最適で考える人もいれば、自分の部署や自分の担当範囲だけで考える人もいます。

ただ、現場で起きていることの多くは、個人の資質だけでは説明できません。

むしろ私が感じてきたのは、人が防衛的になり、部分最適になり、余計なことをしない方が安全だと感じてしまう土壌が、組織の中にあるということです。

多くの人は、決して不真面目なわけではありません。
むしろ、真面目に働いている人が多い。
ただ、その真面目さが、自分の担当範囲を守る方向に向かってしまうことがある。

これは自分の仕事ではない。
下手に手を出せば責任が増える。
前に出ても、評価されるとは限らない。
それなら、波風を立てずに済ませた方が安全だ。

そう感じる人が増えると、組織はだんだん動かなくなります。
そして、その積み重ねが、組織のあちこちに、こんな現象となって表れます。

自分の仕事ではないと思えば、動かない。
部署間に落ちた課題を、誰も拾わない。
挑戦した人にだけ、負荷が集まる。
本音の対話が、起きない。
会議では正論が並ぶが、現実は動かない。
問題が起きると、誰か優秀な人に頼る。
責任の所在が曖昧なまま、時間だけが過ぎていく。
情報が共有されず、理解の段差が残り続ける。
何かを変えようとする人ほど、周囲との摩擦で疲れていく。

——どこの会社にも、多少なりとも心当たりがあるのではないでしょうか。

一つひとつは、小さく見えます。
よくある話に見える。
仕方ないことに見える。

でも、それが積み重なると、組織の実行力は、確実に落ちていきます。

だから私は、JTCが変われない理由は、単に人の意識が低いからではなく、主体性が育ちにくい文化・関係性・仕組みが固定化されているからだと考えています。

本当の問題は、「主体性が育ちにくい土壌」にある

私がいま考えている結論は、かなりシンプルです。

組織が変われない大きな理由は、主体性がないからではなく、主体性が育ちにくい土壌になっているからではないか。

会議で誰も反対しない。
でも、会議が終わると動かない。

課題は見えている。
でも、「それはうちの部署の話ではない」と空気が止まる。

本当は問題だと分かっている。
でも、誰かが正式に言い出すまで、見なかったことにする。

そういう場面を、私は何度も見てきました。

人は本来、それほど強くなく、自分を守ろうとする本能があります。

失敗したくない。
余計なことをして、波風を立てたくない。
上司や周囲から、変に思われたくない。
自分の担当範囲外のことには、手を出しにくい。
責任を引き受けすぎると、損をする気がする。
頑張っても評価されないなら、ほどほどでいいと思ってしまう。

これは、ある意味で人として自然な反応です。

だからこそ、会社には「主体的に動くことが自然になる文化」が必要になります。

私はそれを、主体的企業文化と呼んでいます。
主体的企業文化とは、単に「自分から動きましょう」というスローガンではありません。

課題を自分ごととして捉える。
違和感を放置しない。
自分の部署だけでなく、全体最適で見る。
会議で、本音の対話をする。
困難を、成長の材料として捉える。
そして、同じ方向に向かって、力を合わせる。

そういう日常の積み重ねです。

ただし、これを個人の努力だけに任せてはいけない。

主体性を個人の根性にしてしまうと、また真面目な人だけが疲弊してしまいます。

真面目な管理職ほど、苦しくなる理由

主体的企業文化が弱い組織では、真面目に事に向き合っている管理職ほど、苦しくなります。

なぜなら、見えてしまうからです。

部署間に落ちた課題が見える。
部下が拾えていない仕事が見える。
顧客に迷惑がかかりそうな火種が見える。
このままだと、後で大きな問題になると分かる。
関係部署が動かないことで、現場が混乱する未来が見える。

だから拾う。
だから動く。
だから調整する。
だから穴を埋める。

真面目な人が頑張ることで、その場は救われます。
でも、その頑張りに組織が甘えた瞬間、構造は変わらなくなります。

ここに、大きな矛盾があります。
主体的な人がいるから、組織はなんとか回る。
しかし、主体的な人に頼り続けることで、組織は強くならない。

そして、その人が壊れると、組織はまた同じ問題を繰り返す。

私自身も、この構造の中で苦しみました。

そして今振り返ると、そこには組織の問題だけでなく、自分自身の未熟さもあったと思っています。

私は「主体的企業文化をつくりたい」と言いながら、自分自身が本当の意味での主体的人材になり切れていませんでした。

周囲の評価や関係性に揺れ、責任を抱え込み、承認や期待に、自分の心の鍵を渡していた。

つまり、主体的に「自分自身」と「事」を主導できていなかったのです。

だから、組織を変えるには、組織だけでなく、自分自身の内側も変えていく必要がある。

このことを、私は痛みを通じて学びました。

変えるべきは、「根性」ではなく「文化と仕組み」

では、どうすればよいのか。

私は、個人の根性や精神論だけでは、何も変わらないと思っています。

「もっと主体的にやれ」
「もっと責任感を持て」
「もっと自分ごとで考えろ」

こう言っただけでは、人は1ミリも変わりません。

なぜなら、人の行動は、その人個人の意思だけで決まっているわけではないからです。

固定観念や価値観があります。
文化があります。
評価があります。
関係性があります。
情報の流れがあります。
役割と責任の設計があります。
上司の関わり方があります。
会議の空気があります。
失敗したとき、どう扱われるかがあります。

だから、必要なのは、個人だけを責めることではありません。

会社における個人・関係性・組織、この3つを見直すことです。

個人が、自分の人生のオーナーシップを持つ。
関係性の中で、対話と信頼を育てる。
組織として、主体的に動く人が報われる仕組みをつくる。

この3つがそろって、はじめて組織は少しずつ変わっていくのだと思います。

このあたりは、今後の記事で一つずつ掘り下げていきます。

私が目指したい組織

私が目指したいのは、人の可能性と幸せを引き出す組織です。

人が、自分の力を発揮できる。
仕事の中に、少しでも自分の「want to(やりたい)」が混ざっている。
自分の時間として、仕事に向き合える。
自分も、会社も信じられる。
仲間とともに、「俺たちならできる」と思える。

そういう組織です。

これは、甘い理想論ではないと思っています。

これからの時代、戦略や計画を立てる力以上に、組織が本当に動けるかどうかが問われる。
だからこそ、文化と仕組みを見直す必要がある。

私は、そう考えています。

最後に

私は、偉そうに組織論を語りたいわけではありません。

むしろ、私自身がいまだに悩みながら、学びながら、時には自分の弱さに向き合いながら、組織運営を考え続けている一人です。

ただ、かつての私と同じように現場で苦しんでいる管理職の方に、少しでも武器を渡したい。

「自分だけが責任を感じる必要は、ないのかもしれない」
「これは私の問題ではなく、構造の問題として見るべきかもしれない」
「では、明日から何を変えられるのか」

そう捉えなおせるように。
そう思ってもらえるような記事を、これから書いていきたいと思っています。

次回は、組織がよく陥る**「スーパーマン依存」**について書きます。

優秀な人に頼る会社は、なぜ強くならないのか。
これは、私自身の痛みとも深くつながるテーマです。

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