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『帝国の動向』 フェルナンド・デル・パソ (著), 寺尾 隆吉 (訳) メキシコ皇帝といってもアステカ帝国ではなくて、ハプスブルグ家の大公マクシミリアンが、フランスのルイ・ナポレオン三世の意向を受けて、という1860年代の話。その妻、狂気の皇妃シャルロット。史実と小説的想像力の融合した超大作。読み応えありすぎてひと月かかりました。 

『帝国の動向』 (フィクションのエル・ドラード)
フェルナンド・デル・パソ (著), 寺尾 隆吉 (翻訳)

Amazon内容紹介

1861年、対外債務の支払いを拒否したメキシコ大統領ベニト・フアレスは列強の反発を招き、とりわけフランス皇帝ナポレオン3世はメキシコに向けて軍を派兵、ハプスブルク家の王子が君臨する君主制の創設を目論んだ。白羽の矢が立ったオーストリア大公フェルディナント・マクシミリアンはベルギー王女シャルロットとともに、1864年にメキシコ皇帝夫妻としてその地を踏むこととなる...動乱極まるメキシコ近代史に束の間だけ君臨した皇帝夫妻の辿った悲劇的運命を、史実とフィクションによって描き出したメキシコ文学史に冠たる記念碑的著作。

ここから僕の感想

 読書師匠しむちょんに教えてもらって、昨年暮れから読んでいたのだが、結局ひと月くらいかかってしまった。

 日本がちょうど幕末から明治維新だったころ、メキシコにハプスブルグ家の大公が傀儡政権皇帝として帝政を敷き(1864年)、それが打倒されたのが1867年。まさに明治維新大政奉還と同じ年のこと。後ろで手を引いていたのがフランスのナポレオン三世。ん、ということは、幕末から戊辰戦争で江戸幕府側を支援していたフランス、というのも、このナポレオン三世の第二帝政だったのだな、ということにあらためて気づく。

 知らないことだらけだったのだが、翻訳者、寺尾隆吉氏のあとがき解説を読むと、メキシコ人も、この小説が刊行され異例のヒットをするまでは、マクシミリアン大公とその妻シャルロットについてはあんまり知らなかったそうだ。引用します。

 「その皇帝皇妃は、ヨーロッパからのこのこやってきてメキシコを搾取した悪者として、漠然と人々の記憶に残っているにすぎない。シャルロットがベルギー国王の娘だったこと、そして皇帝マクシミリアンがヨーロッパ随一の名門ハプスブルグ家の王子だったことさえ、現代のメキシコで知る人は少ない。いや、正確には「少なかった」と言うべきだろうか。今世紀のメキシコでは、読書習慣のある人々なら、マクシミリアンとシャルロットについてかなり詳しいことを知っている場合が多い。(中略)、二人に関して現在スペイン語圏に流布している知識の大半は、実のところ『帝国の動向』に由来すると言っていい。」

訳者あとがき P856

 ということなので、この小説を読む前の日本人の僕が知らなくても、それはしょうがない。

 マクシミリアンは帝政が倒されたときに捕まって処刑をされてしまう。しかし皇妃のシャルロットはその少し前に、ヨーロッパの王室、皇帝、教皇らに救援を求めるために欧州に戻り、その途上で発狂して、幽閉され、その後1927年まで生きる。欧州に戻った時が26歳。そこから60年間、86歳まで狂った皇妃として生きていたのである。

 小説は、「1861年から1867年」の帝政成立から崩壊までの史実を、様々な人物を主人公にした小エピソードで描いていく、いわば「史実に基づく多視点・歴史小説の章」と、1927年、狂人として幽閉されて60年、死を間近にしたシャルロット王妃の、「狂気の中での回顧独白の章」(小説というよりは、散文詩のようでもある。)が、交互に繰り返されて進行する。

 史実に基づく方は、1861年、メキシコでインディオ出身の共和派大統領ベニト・フアレス政権が成立し、それを利用してアメリカ合衆国がメキシコを勢力圏に収めようとする動きに対し、欧州諸国、特にフランスのルイ・ナポレオン三世がメキシコの利権を確保するためにメキシコを帝政にして支配しようと考える。そのあたりの事情から始まる。ときにマクシミリアン、ときにナポレオン三世やその妻ウジェニーが、あるいは印象的だが小さなエピソードの有名無名の主人公が入れ代わり立ち代わり、時間の進行にそって事の成り行きを描いていく。

 何より、各国王室はすべて婚姻で縁戚関係となっており、英国ビクトリア女王と主人公シャルロットもいとこ同士だったりするのである。スペイン王室、ベルギー王室、フランスのナポレオン家やその前のブルボン家、もうありとあらゆる王室がどういう関係なのか、小説だけではすぐ分からなくなるので、Wikipediaをそのたびに開いて、「この人はこうで」というのを確認しながら読むので、時間がかかるのである。

 いっぽう狂ったシャルロット王妃の回想と幻想の入り混じった告白のほうは、時空を自由に飛び回って、欧州の各王室の様々な歴史、エピソード、裏面歴史、乱れた性的関係の回顧、陰謀の数々、それとマクシミリアンとのなれそめから思い出、時には甘い回想、時にはうらみつらみ、そして幽閉生活についてが混然一体となり、まさに狂気の告白、異様な迫力を持って延々と続いていく。このシャルロットの独白でも、親兄弟親戚祖先、王室関係の様々なエピソードやスキャンダルが、これはもう説明も何もなく、次々に出てくる。時代を超えて出てくるので、これまたWikipediaにお世話になりっぱなしである。

 解説で書かれているが、欧州から見るとメキシコというのは異国情緒に満ち、ある種後進的でありつつ魔術的でもある。一方、メキシコ側から見れば、欧州の王室と帝国主義の結びつく政治状況こそ、異様でグロテスクである。このふたつの世界を、両側から、複数の視点で描写する。これだけ大きな時代と世界の流れの中では、誰かを、どちらかの立場を単純に善と悪と評価することはできないよなあ、と思わせるのである。

 解説によると、当初は狂ったシャルロットの独白だけで書き始めたが、それでは作品として成立しないと悩んだときに、マリオ・バルガス=リョサの『世界終末戦争』を読んで、その袋小路を抜けたという。「想像力で史実をしのぐ物語を作り上げなければいけないという信念」と「小説は読者に何かを教える手段ではない」というふたつの信念に凝り固まっていたのを、「自分が学んだ歴史の真実を読者に教えてみようと決めた」というのである。つまり、小説的創造の章である「シャルロットの独白」の章に対し、その間に、史実に基づく、史実自体の持つ面白さを活かした「歴史でもあり小説でもある」章を挟み込む、というこの形で書くことにした、ということのようである。

 このあたりの「小説への狙い」ということも、実は小説内でしっかり書かれているのも面白い。

 というわけで、実験的で詩的でもあるシャルロット独白章と、歴史の事実自体を(それでもずいぶんと面白い、様々なエピソードに基づく、様々な技法を凝らした短編小説のようになっている)史実進行章、それを読み進めるうちに、マクシミリアンとシャルロットという人物像、それだけでなく、メキシコ、インディオ出身の大統領、フアレスの人間像が形成されていく。
 いや、それだけではない。メキシコという国の独特の人と風土、欧州の王室の断末魔の時期に起きたこと、ものすごくたくさんのことがこの大著の中にぎっしりと詰まっているのである。

 昨年読んだバルガスリョサの『ケルト人の夢』で、コンゴのゴム農園でひどい虐待をしていたのは、あれはベルギーレオポルド二世。シャルロットの兄としてこの小説にも登場してくる。英国ビクトリア朝時代を舞台にした小説も何冊か読んだが、あれもこの時代である。ちなみに1861年~1865年と言うのは南北戦争があった年で、南北戦争の終わりと、アメリカがメキシコにちょっかいを出すこととは当然連動してくる。南北戦争もののアメリカ小説ともつながっている。そして冒頭に書いたように、そういう世界情勢と幕末、明治維新というのは直結しているのである。

 全く知らないメキシコ近代史。名前だけでよく知らなかったハプスブルグ家とその他欧州の王室の関係。いろいろな知識がつながって、時代の、地球全体の動きまで体験させてくれる。それくらいスケールの大きな大作小説でした。

 読書師匠しむちょんに教えてもらって読み始めたわけですが、これは、かなりの読書体力を必要とします。安易に手を出すと「冬山で遭難」みたいな感じになると思います。気力体力に余裕があって、「本気で読み応えのある大作小説に挑むぞ」という覚悟のある人にはお勧めします。

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帝国の動向 (フィクションのエル・ドラード)


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