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念願の廣東澄海善室居陳慈黌故居を見に行く

念願の廣東澄海善室居陳慈黌故居
廣東澄海善室居陳慈黌故居は主にタイで成功した潮州出身の華僑である陳慈黌とその家族による廣東省汕頭市澄海區にある大規模邸宅である。かなり前からマジョリカタイルを使用した装飾が素晴らしいと存在を認識していたし、いつか行って見てみたいと思っていたが、何分潮州自体への行きかたも分からず中国へ行く経験もほとんどなかったので、”いつか”止まりの欲望となっていた。友人が潮州に行くというので同行させてもらい陳慈黌故居へ絶対行きたいと無理矢理言って潮州からタクシーで40分ほどで念願叶い感謝である。


紅頭船貿易
東南アジアを旅行していると騎樓やシンガポールの豪華なショップハウスやマレーシアのプラナカン様式のショップハウス、タイやベトナムなどで中華式の建築が現地の文化や様式を取り込んだ姿で見ることができる。それは中国の広東や福建の沿岸から季節風を利用して海を渡り紅頭船貿易で世界中を回った華僑の存在が大きい。もともと中国は禁港政策をしており海外とのやり取りを取り締まっていたようだが、天津条約で複数の港が開港、潮州の人たちは樟林港から北へ上海や北京はもちろん台湾や香港やタイにシンガポール、マレーシアと南へ海を渡って行ったようだ。(潮州より山の方に住む客家の人も漢江デルタを伝いこの港から海外に広っがったようだ。)季節風を利用するため一度海を渡れば長い時間をかけて戻ることになり、多くの華僑は渡った先で商売や労働に励んだり事業を興したり定住し家族を作りその地に根付くようになる。彼らは働き者で勉強家で商売が上手く、そんな彼らの住居だから東南アジアには中華式の建築が、それも洗練され豪華で立派に建ち並ぶ。 

「富貴不歸故鄉、如衣繡夜行、誰知之者」
海を渡り成功した華僑が壮年になると故郷に戻ったり故郷に豪華な屋敷を建て故郷の公共事業を援助したり己の成功を故郷に還元しようとする流れがある。いくら成功しようとも遠く離れた場所から故郷を馳せる心理。いつか故郷に戻りたい気持ち。香港で働く私には分からなくない心情だ。陳慈黌故居は主にタイで成功した潮州華僑である陳慈黌とその家族による建築で、陳慈黌が亡くなっても完成しなかったほどの大規模な建築だ。この陳一族は現在でもタイの経済界では大きな存在で、彼らの潤沢な資産をもって建てられたこの邸宅に結局彼らが長く住むことは無かったようだが潮州に残った彼らの家族が住んだという。嶺南地方屈指の華僑の邸宅として知られ、1910年に着工して1939年完成。延べ面積25,400平方メートルの広大な邸宅は、4棟(朗中楼、寿康居、善居房、三鹿書院)に合計506室を有し、潮汕様式の伝統的な建築様式"駟馬拖車"の構造をしているが、西洋風の建築様式も混ざっており、バルコニーや高架があり、装飾もタイルやガラスが多用されている。例えば窓枠には潮汕象嵌磁器と石膏彫刻が合わさったものなど中洋折衷のスタイルはどれも贅が尽くされている。

そしてタイル
陳慈黌故居で使用されるタイルは多様だ。イギリスやフランスに多分ベルギーやスペインのタイルに和製マジョリカタイル。それは贅沢なタイルの使い方で、マジョリカタイルが100メートル近く線上に並んだり、マジョリカタイルが出窓部分全面に貼られたり、マジョリカタイルの孔雀のモチーフだけ使用した空間があったり、幾何学模様をマジョリカタイルで作ったり、軒下にもマジョリカタイル。ペナンなどで豪奢なプラナカンの屋敷を見ると入り口やファサードにマジョリカタイル、室内は階段にマジョリカタイルが貼られたりするのが"豪華な装飾"といった感じだが、陳慈黌故居はマジョリカタイルの使用枚数が桁違いで広大な邸宅の中にふんだんに使われている。外から見えない部分まで贅沢にマジョリカタイルが貼られた場所を見たのは初めてだった。私はタイルが使用された建築を見るのが好きで、特に色鮮やかで美しいマジョリカタイルを見ると非常に興奮する。だから陳慈黌故居を見て回ったあとは興奮し尽くして呆然としてしまった。

楽しかったね。

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