「問い」と探究の構造から学問を俯瞰する
2023年の初めから、図書館分類の日本十進分類(NDC)をベースにしたジャンル表からランダムに選んだものを1〜2ヶ月程度かけて勉強する、という取り組みを続けています。
基本的にはこれは「あらゆる分野について、専門家とその専門のトピックについて苦労なく話ができる」という目標を目指してやっているのですが、このような網羅的な勉強をしていると当然、それまではあまり専門的な内容に触れてこなかったようなものを勉強する、という機会が増えていきます。私は専門教育としては大学の理学部〜理学研究科で学んできたので、基本的な考え方のベースがどうしても自然科学的な手法(あるいは一部数理科学的な手法)に偏りがちなのですが、他の学問分野(社会科学、人文科学)などではそれぞれ違った考え方をベースに学術研究が行われています。
このような思考の偏りをどうにかして緩和しようと、これまで色々な形で策を講じてきました。ここ半年くらいでは学問論やリサーチクエスチョン・リサーチデザインに関する議論について調べていたのですが、その中で「問い」と探究方法の構造として学問全体の方法論を俯瞰するのがそれなりに良さそうなアプローチに見えたので、整理してみたいと思います。
1. 問いの源泉としての知的好奇心
基本的なアイデアとしては、学問を知的好奇心に基づく「問い」に対する答えの探究、という風に捉えて、問いと答えの対象に応じて様々な方法論が採られる、という風に各学問分野を見る、というものです。これは、学問というものをかなり単純化した見方に押し込めるような構図になるので、これだけで学問の全てを覆うことができると考えるのは行き過ぎなのだと思います。ですが、あくまで細かな部分は完全に当てはまらない前提の上で、ある程度整理された見通しを得ることができるのではないかと思っています。
まずはその第一段階として、「知的好奇心」について考えます。知的好奇心とは何か?というのは難しい問題ですが、これについては心理学の分野でいくらか研究がなされていて、知的好奇心はどういう性質を持ったものなのか、人はどういう対象に知的好奇心を持つのか、などが探究されているので、まずはこれについて見ていきます。
1.1. Berlyneによる知的好奇心の最適覚醒水準理論
知的好奇心の研究史において古典的に最も重要なのはDaniel Berlyneによるものとされているようです。Berlyne (1954) では、ラットなどの動物実験で見られる感覚刺激的な好奇心とは別に人間特有の好奇心として「知的好奇心(epistemic curiosity)」がある、ということを提唱しました。その後Berlyne (1960) では、知的好奇心に「特殊的好奇心 (specific curiosity)」と「拡散的好奇心 (diversive curiosity)」の2種類がある、ということを提示しています。「特殊的好奇心」は特定の問いに対する答えを求める好奇心で、「拡散的好奇心」は退屈を感じて新たな刺激を求めるようなタイプの好奇心です。後者は新たな問いを求める好奇心、と言い換えても差し支えないと思います。
Berlyne (1960) の議論では、好奇心は覚醒 (Arousal) の程度を調整しようとする心的働きによって生み出される、と想定されています(最適覚醒水準理論)。Berlyneは、人間が受ける外的刺激の持つ特性のうち「新奇性 (Novelty)」「驚異性 (Surprisingness)」「複雑性 (Complexity)」「曖昧性 (Ambiguity)」「不確実性 (Uncertainty)」といったものが変化することにより、覚醒水準を調整しようとする動きが生じると論じました。覚醒水準がやや高めの状態では不確実性や曖昧性の高い情報に対する関心が高まって特殊的好奇心が昂進され、覚醒水準が低めの状態では新奇性や複雑性のある刺激が求められて拡散的好奇心が惹起される、としています。
1.2 Loewensteinの情報ギャップ理論
Berlyneの議論は、適度な覚醒水準下にあっても「不確実性」や「曖昧性」があれば特殊的好奇心が生じると主張しており、知的好奇心の全てを覚醒水準だけで説明することはできていない側面があります。Loewenstein (1994) では、知的好奇心を「情報のギャップ」によって説明することで、このような難点を克服しようとしています。
Loewenstein (1994) では、知的好奇心は「知っていること」と「知らないこと」の間の差を認識することで、そのギャップを埋めようとする欲求として生じる、と主張しています。この理論によれば、自分の知っていることに対して何かしらの「知らないこと」を認知し続ければそのギャップを埋めようとする力が働くので、好奇心が長期的に持続することも説明可能です。
また、情報ギャップ理論は同じ外部刺激を与えても人によって好奇心を抱く程度が変わることもある程度は説明可能です。というのも、既有知識がどれだけあるかによって同じ情報を与えたときの情報ギャップの程度に差が出るので、それが好奇心の個人差に繋がると考えられるからです。ただし、これは同じ情報ギャップに対して好奇心の程度に個人差が出うることについては説明できない、という限界もあり、完全に全ての個人差を説明できるわけではありません。
1.3 LitmanのI型好奇心とD型好奇心
これらの知的好奇心に関する理論の実証的な研究については、様々な形で測定尺度が模索されていましたが、21世紀に入ってからのJordan Litmanらによる研究が一つ重要な成果となっています。
Litman & Spielberger (2003) では、Berlyneによる知的好奇心の分類を引き継いで、特殊的好奇心(EC/S)および拡散的好奇心(EC/D)に対する測定尺度を提案しています。
また、Litman & Jimerson (2004) では、好奇心に対する別の切り口として「CFI (Curiosity as a Feeling of Interest, 興味としての好奇心)」と「CFD (Curiosity as a Feeling of Deprivation, 欠乏としての好奇心)」という軸を提唱しました。これは、大雑把にはCFIがBerlyneの拡散的好奇心、CFDが特殊的好奇心に関連しますが、特に好奇心の成因に着目した分類になっています。この「CFI」「CFD」は、後の論文では「I型好奇心 (I-type curiosity)」「D型好奇心 (D-type curiosity)」というような用語で呼ばれることが多いようです。
I型好奇心とD型好奇心の違いは、主にポジティブな動機づけによって生じるものか、ネガティブな動機づけによって生じるものか、という点にあります。I型好奇心は「新しいことを知るのが好き」「未知の体験が楽しい」というようなポジティブな動因によって駆動されますが、D型好奇心は「答えを知らないと落ち着かない」「わからないことがあると不安になる」といったネガティブな感情を解消しようとする欲求として生まれる好奇心を指します。D型好奇心は要するにLoewensteinの情報ギャップ理論のような要因が想定されているものとなっています。
このような二項対立による好奇心の理論は歴史的に様々なものが提唱されていて、ここで挙げたBerlyneやLitmanによるものはそれらのうちの一部です。西川 (2014)には他の議論も含めた様々なタイプ論争が挙げられています。
1.4 Silviaの二段階評価モデル
ここまでに挙げた議論は主に知的好奇心の源泉を一段階の要因で説明しようとしているものでした。少し別の観点からのモデルで、Silvia (2006) では、Berlyne以下の様々な理論に見られるような要因によって一次的に関心が喚起された上で、実際にそれが理解できそうなのかを評価する二次的なプロセスを経た上で実際に好奇心として顕在化する、という二段階評価モデルを提唱しています。
Loewensteinの情報ギャップ理論では知っている情報と知らない情報のギャップを認知した時に知的好奇心が生じるとしていますが、この時ギャップがあまりにも大きすぎると無力感や諦めを生じてしまう、という問題がありました。Silviaの二段階評価モデルは、この効果を「二次評価」としてモデルの中に組み込んだ形になります。
1.5 知的好奇心についての整理
ここまで見てきたものを整理すると、知的好奇心についてはおおよそ以下のような描像で見るのがある程度妥当そうに見えます:
知的好奇心には、新たな知見へと広げていこうとするものと、問いの答えが分からない状態を解消しようとするものの二種類がある
その中で、手に届きそうな程度のものに対して好奇心を感じる
ここでは、一旦このような描像に沿って議論を進めていくことにします。
ただ、ここまでに紹介した内容は2000年代くらいまでの研究を元にしていて、より新しい研究ではもう少し細かなことが論じられているので、将来的にはそういったものも含めて再検討する必要があるかもしれません。例えば、Kashdan et al. (2018) およびKashdan et al. (2020) では、好奇心を多次元の尺度で捉えることで、好奇心の個人差に関してより精緻に扱う研究が行われているようです。このあたりについては、素人目にはどう評価すべきものかよく分からないので一旦ここの議論からは外しますが、注目すべき研究として言及だけしておきます。
2. 「知る」「分かる」とはどういうことか
前節で見たような知的好奇心は、「新たなものを知りたい」「問いの答えを分かりたい」というような欲求と捉えることができます。では、この「知る」「分かる」とはどういうことでしょうか?これについては、哲学や認知科学あたりの分野で色々と論じられているので、それらについても見ていこうと思います。
2.1 「知識とは何か」「理解とは何か」の哲学
哲学において「知る」「分かる」についての議論は、形而上学において「存在論」とともに大きなカテゴリを形成している「認識論」の中心主題となっていて、これに関する議論を広く見ようとするとほぼ哲学史の全体を扱うのと同じようなことになってしまいます。ここでは細かな議論には触れず、いくつかのトピックだけかいつまんで見ていくことにします。
2.1.1 知識の哲学とGettier問題
まず、「知る」ということに関する哲学上の議論といえば、特に大きいのが「Gettier問題」です。これは1963年にEdmund Gettierによって提示された問題で、伝統的な知識の定義としての「正当化された真なる信念 (Justified True Belief, JTB)」が満たされていても、知識を有しているとは言えない例がある、というものです。
「正当化された真なる信念」としての知識の描像はプラトンの『テアイテトス』以来長く知識論・認識論の基盤となってきたものでした。哲学の歴史は、この「正当化」の方法としての論理学だったり、「真」に関する真理論に関する理解を深めようとしていく方向で、様々な議論が積み重ねられています。
Gettier (1963) では、誤った方法により正当化されているが偶然その結果が真実と一致しているようなケースを考え、「正当化された真なる信念」という条件を満たしているにもかかわらず「知っている」とは言えない状況が存在することを提示しました。その後現在に至るまで、このGettier問題をいかに解決するかは認識論における大きなテーマの1つとなっていて、この問題はまだ明確な解決を得るに至っていません。
ただし、完全な解決とは言わないまでも、Gettier問題に対する有力なアプローチというのはいくらか既に知られています。多くの場合、その基本的な方針は、「正当化された真なる信念」という定義を修正して、その信念が実際に適切な仕方で形成されなければならない、というように条件を付加する形がとられます。この方針の代表格は「信頼性主義」と呼ばれるもので、知識を「信頼性の高い認識プロセスによって形成された真なる信念」という風に定義づけることでGettier問題の回避を試みます。また、認識プロセスの信頼性ではなく認識する主体の持つ特性としての「認識的徳」によって知識の定式化を行う「徳認識論」というタイプの議論も一定の支持を得ています。
2.1.2 「分かる」の哲学的議論
これらの「知る」ことに関する議論とは別に、「分かる」とはどういうことかについても、認識論の立場から様々に論じられてきました。基本的には、「分かる」というのは単に個別の事実を記憶していることではなく、様々な概念間の関係、特に因果関係や法則性を把握して、予測したり実践したりするのに使えるような形にあること、というような意味合いで理解されます。
アリストテレスは『自然学』の中で「四原因説」を唱え、因果関係の重要性を強調しました。因果関係と法則性の重視はその後の歴史においても長い間大きな影響力を持っていて、近代科学の基礎的なアプローチにも通じています。
20世紀には、「分かる」ことを実践的な応用可能性として捉える議論が生まれました。Gilbert Ryleは『心の概念』の中で「知る(Knowing)」という概念には「Knowing that」と「Knowing how」の2種類があると提唱し、実践的な能力の重要性を強調しました(ただし、Ryleは「分かる (Understanding)」という言葉は使わずに「知る (Knowing)」の一形態として論じていますが)。
1980年にJohn Searleが提示した「中国語の部屋」と呼ばれる思考実験も、「分かる」という概念についての議論として重要です。Searleは、中国語が分からない人が部屋に閉じ込められていて、そこに「この記号が来たら、この記号を返す」というような指示が大量に書かれたマニュアルが置かれている状況を想定しました。思考実験としては、中国語の"質問"が部屋の外から渡されて、中の人がマニュアルに従って"回答"を返す時、この中の人は中国語を「理解している」と言えるのか?というのが焦点となっています。
John Searleは「分かる」と言えるには単なる記号の処理ではなく意味(セマンティクス)を認識することが必要と考えて、この思考実験における「部屋の中の人」は中国語を理解しているとは言えない、と主張しました。この議論は、所謂「記号接地問題」などと関連していて、現代まで続く人工知能の哲学的議論と密接に関わっています。
2.2 認知科学における「知る」「分かる」の議論
哲学における「知る」「分かる」の議論は思弁的な方法論によって組み立てられていますが、より実証的なアプローチも含めた学際的な研究分野である「認知科学」も、このトピックを大きく取り扱っています。
2.2.1 記憶の心理学
「知る」ことに関する認知科学の研究の大きな要素を占めるのが記憶の心理学についての研究です。記憶の心理学については、以前「クイズと記憶」の中でも触れたので、そちらも適宜参照してください。
認知心理学では、記憶がどのようなメカニズムでなされるのかについて様々な研究が行われてきました。最初の大きな成果はFrederic Bartlettによる「スキーマ理論」です。Bartlett (1932) では、記憶が単なる記録の再生ではなく、個人が持つ知識の枠組みである「スキーマ」に再構築されるプロセスを含むことを見出し、記憶の再生の際に省略や合理化、変形などを生じることを示しました。
スキーマ理論のような記憶のメカニズムの研究は、1960年代の終わりから1970年代にかけてより発展します。Collins & Quillian (1969) は記憶の「意味ネットワーク理論」を提唱し、意味記憶がネットワーク構造を持って保持されているという仮説を提示しました。Collins & Quillian (1969) では意味ネットワークとして階層構造のものを想定していましたが、これは後に Collins & Loftus (1975) で修正されて、現在は固定された階層に基づかないネットワーク構造が通説となっています。記憶の検索の際には、意味ネットワーク内の当該のカテゴリの部分が活性化されることでその記憶が想起される、というモデルが考えられています。
Rosch (1973) では「プロトタイプ理論」が提唱され、概念の記憶はそのカテゴリの中心的な例としての"プロトタイプ"により整理される、ということが示されました。例えば、「鳥」という概念を記憶する際には、「ペンギン」のようなものというよりは「スズメ」のようなものを中心とした形で記憶されます。Ashcraft (1976) ではカテゴリの中心性が記憶からの検索時間にどのように影響を与えるかを研究しています。
記憶の心理学において、「知る」のメカニズムの中心的な部分は、対象の概念をこのような意味ネットワークの中に位置づける、ということにあります。この過程では、単に既存のスキーマとの関連を付けるというだけではなくて、既存のスキーマの方が一部修正されるプロセスも含みます (Rumelhart 1980)。このようなスキーマ統合により、人は意味概念を記憶し、必要な時に再生できるようにしていると考えられています。
2.2.2 認知科学における「分かる」の理解
「分かる」ことについての認知科学における成果の最初期のものとしては、まずゲシュタルト心理学が知られています。Max Wertheimerによる一連の研究は「プレグナンツの法則」を見出し、人がものを知覚する時に「近接」「類同」「閉合」「よい連続」といった要因で複数のものをグルーピングして把握する、ということを示しました。
これは記憶における情報の「チャンキング」の議論とも関連しています。Miller (1956) では人の短期記憶の容量が7±2であることを明らかにしましたが、情報をグループ化(チャンキング)することで、より多くの情報を記憶できることが示されています。人間の認知システムは、このように様々な形で情報の構造化を行うことで効果的に記憶ができるようになっています。
認知心理学において「分かる」は基本的にはこのような情報の構造化、あるいはスキーマ統合の延長で理解されますが、学習科学の文脈で「深い学習」「深い理解」についての議論がなされているので、これについても見ておきたいと思います。
Marton & Säljö (1976) では、学習には質の違いがあると指摘して、理解レベルをA(深い理解)〜D(表層的な理解)に分け、学習のプロセスにもdeep-level(深い学習)とsurface-level(表層的な学習)の2種類があると主張しました。このような「深い学習」「表層的な学習」の議論は、スキーマ統合の議論とも絡めて、Ference MartonやJohn Biggs、Michelene Chiなどによってさらに研究が深められています。
「深い学習」は概念ネットワークの統合がより強く進んだ学習を意味しますが、別の特徴として「応用力が高い」という点もしばしば議論されます。これについては、学習の"転移" (transfer) として様々に議論されてきました。
学習の"転移"に関する研究は20世紀の始め頃から行われており、Woodworth & Thorndike (1901) の「同一要素説」やJudd (1908) の「一般化説」といった議論が知られています。これらの研究は、古くから言われる"形式陶冶" (Formal Discipline) の概念、すなわちラテン語や論理学などの古典教養を修めることで全般的な知的能力が培われる、という考え方をより精緻に扱おうとしたものに端を発しています。Woodworth & Thorndike (1901)はそのような効果は限定的(転移前と後の対象に同一の要素がある時にしか起きない)と主張したのに対し、Judd (1908)では特定の場面での訓練からでも一般化した原理を理解することで広く学習の転移ができる、と主張しています。
20世紀の中頃から後半にかけて認知科学の研究が積み重ねられていく中で、この「学習の転移」に関する研究もさらに深められています。Gick & Holyoak (1980) では、アナロジーによって学習の転移が起きるが、抽象的な構造に気づかせるヒントがなければ発現しづらいことを示しました。その後Gick & Holyoak (1983) では、複数のアナロジーを比較すること、また抽象的なスキーマを明示的に説明することで汎用性の高い学習の転移が促進されることを示しました。
Perkins & Salomon (1988, 1989, 1992) では、学習の転移に"Low-road Transfer"と"High-road Transfer"の2種類があることを示しました。前者は過去に学習した状況と類似した状況に面したときに無意識的に適用されるもので、後者は学習者が意識的に知識を抽象化し、新しい状況に適用するものです。
Bransford & Schwartz (1999) では、学習の転移に関する新たな観点として、「将来の学習への準備 (Preparation for Future Learning, PFL)」という描像を提示しました。それまでの転移の研究では学習したことが直接的に活用されるような場合を考えていましたが、新しい状況の中で学びながら対処していく、というようなパターンを示しました。
2.3 「知る」「分かる」についての整理
ここまで、哲学および認知科学における「知る」「分かる」についての様々な議論を見てきました。これらの議論をまとめると、「知る」「分かる」はおおよそ次のように捉えることができると思います:
「知る」とは、適切な仕方で形成された真なる信念を持つことである
「知る」は単に長期記憶に保持するだけでなく、スキーマ(概念ネットワーク)との統合によって強化される
「分かる」は概念間の因果関係や法則性を把握し、実践的に応用できるような形で捉えることである
学習した状況と別の状況に"転移"可能な形で「分かる」ためには、知識の抽象化をメタ的に認知する必要がある
知的好奇心が物事について「知る」「分かる」ことを目指すなら、それは真理に関する信念を良い感じの正当化に基づいて得たいという欲求であり、認知の概念ネットワークの中に新しい事物を位置づけたいという欲求であり、様々な概念の間の抽象的な関係を認知して、様々な状況に適用できる形で捉えたい、という欲求だと考えることができます。
3. リサーチ・クエスチョン論
このような知的好奇心と「知る」「分かる」の理解をもとにして、学問がどのように成り立つかを包括的に捉えていくことを考えます。
学術研究は、知的好奇心に基づく「問い」に対して、様々な手を尽くして答えていくような営みの極致だと考えることができます。学術研究における「問い」についての議論は、「リサーチ・クエスチョン」論として色々と論じられているので、ここからはそうした議論について見ていこうと思います。リサーチ・クエスチョンについては様々な観点からの議論が行われていますが、ここではリサーチ・クエスチョンにどのような種類のものがあるかについての議論から、様々なタイプの学問の形態との関係を見ていきます。
3.1 Dillonによるリサーチ・クエスチョンの類型論
リサーチ・クエスチョンの類型論に関する最も古く重要な研究はDillon (1984)とされているようです。この論文では、リサーチ・クエスチョンの類型に関する12の見解をレビューしています。
問いに関する古典的な類型論の代表として最初に挙げられているのがアリストテレスの『分析論後書』です。アリストテレスはここで、探究における問いの形式を性質、原因、存在、本質の4つに分類して論じています:
ところでわれわれは四種類の事柄を探究する。すなわち、(1) ある事柄が「そうあるかどうか」、(2) その事柄が「そうあるのは何故か」、(3)ある何かが「あるかどうか」、そして、(4) 「それは何であるか」である。
アリストテレスはこの4つの問いのうち、(1)と(2)、および(3)と(4)の間にはそれぞれ探究の順序関係があることを述べています。すなわち、ある事柄に対してその性質を把握してからその原因の探求へと向かうこと、また、あるものの存在を確認してからその本質を探究すること、を主張しています。
Dillon (1984) では、アリストテレスのこの描像をベースとして発展させ、学問上の問いを包括的かつ詳細な段階に分けて整理した、独自のリサーチ・クエスチョン分類を提示しています。Dillon (1984)で示されている残りの10のリサーチ・クエスチョン分類に関する議論は、この新たな分類と比較する形で順に説明されています。
Dillonによる分類は以下のようになっています:
第0階層
修辞的な問い
答えを求めていない/答えを持たない問い
第1階層: 記述的な問い (Properties)
存在 (Existence/Affirmation-Negation)
「Pは存在するか?」
事例 (Instance/Identification)
「これはPか?」
本質 (Substance/Deffinition)
「Pとは何か?」
a. 本質 (Nature): 「何がPをPたらしめるのか?」
b. 名称 (Label): 「"P"という名称はPを指すか?」
c. 意味 (Meaning): 「Pあるいは"P"とはどういう意味か?」
特徴 (Character / Description)
「Pはどのような特性を持つか?」
機能 (Function / Application)
「Pはどういう機能を持つか?」
a. モード (Modes): 「Pはどのように機能するか?」
b. 利用 (Uses): 「Pは何に使われるか?」
c. 手段 (Means): 「Pはどのように使用されるか?」
根拠 (Rationale / Explication)
「Pはなぜこの特性を持つか?」
「Pはどのようにしてこの特性を持つようになったか?」
第2階層: 比較的な問い (Comparisons)
共存 (Concomitance)
「PはQと共存するか?」
a. 共起 (Conjunction): 「PとQは関連するか?」
b. 排他 (Disjunction): 「PとQは互いに排他的か?」
同等性 (Equivalence)
「PとQは等しいか?」
差異 (Difference)
「PとQはどう異なるか?」
a. 不均衡 (Disproportion): 「PはQより大きい/小さいか?」
b. 階層 (Subordination): 「PはQの一部/全部か?」
第3階層: 説明的な問い (Contingencies)
関係 (Relation)
「PはQと関係しているか?」
相関 (Correlation)
「PはQとともに変わるか?」
条件 (Conditionality)
「PならばQ、ないしQならばPという関係があるか?」
a. 結果 (Consequence): 「PならばQか?」「Pならば何が結果するか?」
b. 先行 (Antecedence): 「QならばPか?」「何が先行すればPとなるか?」
双条件 (Biconditionality/Causality)
「PがQを引き起こし、QもPを引き起こすか?」
エクストラ階層: その他の問い (Others)
検討 (Deliberation)
「Pを行うべきか?」
「Pについて考えるべきか?」
未特定 (Unspecified)
これまでに挙げられていない他の方法でPを知ろうとするもの
不明瞭 (Unclear)
問いの意味が不明瞭で答えようがないもの
このDillonによる分類は、M. AlvessonとJ. Sandbergによる『リサーチ・クエスチョンの作り方と育て方』では以下の4つの分類へと集約されて説明されています:
記述的な問い (descriptive questions)
比較の問い (comparative questions)
説明的な問い (explanatory questions)
規範的な問い (normative questions)
ここでは、最初の1〜3はそれぞれDillon (1984)の第1階層〜第3階層に対応し、最後の「規範的な問い」はエクストラ階層の「検討 (Deliberation)」の問いに対応するようです。
3.2 佐藤郁哉によるリサーチ・クエスチョン分類に関する議論
Alvesson & Sandberg『リサーチ・クエスチョンの作り方と育て方』の日本語訳を行った佐藤郁哉は、『問いのかたちと答えのかたち』と題する論考群の中でいくつかのリサーチ・クエスチョン類型を比較して論じています。
問いを考える際に「5W1H」のような疑問詞をベースに考えるやり方はよく知られています。Dillon (1984) でも Steiner (1978) で疑問詞をベースにした分類が行われていることに触れられています。『問いのかたちと答えのかたち』では、Wayne Booth『リサーチの技法』やRobert Yin『ケース・スタディの方法』で述べられている例を挙げています。
この5W1Hは、しばしば「記述的」なものと「説明的」なものの2つに分けて捉えられます。例えばWhite (2017)では、記述的な問いにはWhat, Who, When, Where, Howが、説明的な問いにはHow, Whyが含まれる、として整理をしています(ここでHowは記述的なものも説明的なものも存在する、としている)。佐藤郁哉『問いのかたちと答えのかたち (1)』では、この「記述的」な問いを大文字のWHAT、「説明的」な問いをWHYと整理し、これに処方的な問いを意味するHow toを加えた「2W1H」という枠組みを提示しています。
『問いのかたちと答えのかたち (2)』ではAlvesson & Sandbergによるものを含む3つの類型論を比較しています。Alvesson & Sandbergでは、Dillonによる分類をもとに、「記述的」「比較的」「説明的」「規範的」という4つの類型を示しました。White (2017) でも引用されているDenscombe (2009)による分類では、問いを「予測」「説明」「批判・評価」「記述」「実践」「地位向上」という6つに分類しています。また、Halperin & Heath (2017)では、リサーチ・クエスチョンを「記述」「説明」「予測」「処方」「規範」の5つに分類しています。
『問いのかたちと答えのかたち (2)』では、これら3つを比較した上で「記述 -- 現在・過去」「説明」「予測(記述 -- 未来)」「処方」「規範」という5つの類型に整理しています。ここで、「記述 -- 現在・過去」「説明」の2つはそれぞれ2W1HのWHAT、WHYに対応し、「処方」はHow toに対応すると考えられます。また、「規範」に関する問いは他4つとは異なった性質を持つ、と述べられていて、「記述」「説明」「予測」「処方」を事実分析の問い、「規範」を価値判断の問いと分けることも提案しています。
3.3 知的好奇心とリサーチ・クエスチョン
学問上の問いが知的好奇心を満たすために生まれる、という構図を考えたとき、これらのリサーチ・クエスチョンの分類は先の知的好奇心に関する議論とどう対応づけられるでしょうか?
第1節の議論では、知的好奇心は新たな知見へ広げていこうとするものと、問いの答えが分からない状態を解消しようとするものの2種類がある、と結論づけていました。リサーチ・クエスチョンにWHAT→WHY→How toのような段階を考えたとき、新たな知見を求めるのは新しく問いの段階を始めていく欲求として、問いの答えを見出そうとするのは問いの段階を進めていく欲求として捉えることができそうです。
第2節では「知る」ことは適切な仕方で形成された真なる信念を持つことであり、単なる長期記憶ではなくスキーマ(概念ネットワーク)に統合すること、と捉えていました。より深く「分かる」ことは概念間の因果関係や法則性を把握し、実践的に応用できること、学習した状況と別の状況に"転移"できる形で把握すること、と整理していました。
リサーチ・クエスチョンを佐藤郁哉の2W1Hの描像で捉えたとき、「知る」ことはWHATの問いに、「分かる」ことはWHYの問いに、そしてそれを転移できることはHow toの問いに自然に対応します。リサーチ・クエスチョンは新しい対象について「知る」ことを求め、知っている対象についてより深く「分かる」ことを求め、それをさらに実践的に応用できるようにすることを求める形で、様々な段階に対してそれぞれ探究されるもの、と理解することができます。
4. 学問の領域:パウル・ティリッヒ『諸学の体系』に沿って
リサーチ・クエスチョンは様々な対象に対して考えられ、様々な学問分野が生まれています。この節では、学問の分野領域としてどのようなものがあるかについての整理を行います。学問の分類領域についても歴史上様々なものが提案されていますが、ここではそれらを順に追っていくことはせず、学問の方法論に関する議論と相性が良いと思われるものとして、パウル・ティリッヒの『諸学の体系』を挙げ、この中で提示されている分類法を見ていきます。
4.1 ティリッヒ『諸学の体系』の学問分類
ティリッヒは学問を「思惟科学」「存在科学」「精神科学」の3つに区分しました。思惟科学は思考の枠組みを扱う"観念的な科学" (Idealwissenschaften)、存在科学は自然・社会に存在する対象物を扱う"実在的な科学" (Realwissenschaften)、そして精神科学は人間の行為や価値を探究する"規範的な科学" (Normwissenschaften)です。この3つの区分は、古代ギリシャにおいてプラトン学派によって考えられた「論理学」「自然学」「倫理学」という区分と対応づけられます。
思惟科学、あるいは観念的な科学とは、物事をどのように思考するかを探究する学問です。これは第一には論理学を主とするものですが、ティリッヒは数学もこの枠組みに含めています。
存在科学、あるいは実在的な科学とは、自然界の対象や社会的な対象について探究する学問です。これは「法則科学」「形態科学」「継起科学」の3つに細分されます。「法則科学」は、物理学、化学、鉱物学などを含みます。「形態科学」は生物学、心理学、社会学を、「継起科学」は歴史学を含みます。
精神科学、あるいは規範的な科学は、現実世界に存在物がない、人間の精神の中の対象を探究する学問です。これは哲学(形而上学、倫理学、美学)や法学、神学を含みます。
4.2 「自然科学/社会科学/人文科学」の分類との比較
ティリッヒの分類は、一般的に使われる「自然科学」「人文科学」「社会科学」という枠組みとは少し異なっています。
自然科学の大部分は存在科学に含まれますが、存在科学には通常人文科学に入れられる歴史学、通常社会科学に入れられる社会学も含まれています。人文科学と社会科学の残りの多くの部分が精神科学の中に入れられています。
存在科学は自然界の事物に限らず、現実世界に存在するものを対象とするので、一般に観察による探究を行うことができます。これに対して、精神科学に含まれる対象は、現実世界にある対象を観察する、という方法を採ることができません。このような点で、ティリッヒの分類は学問の方法論と関連を持っています。
思惟科学は、一般的な言葉でいえば「形式科学」と呼ばれるものに近いと考えられます。形式科学は「経験科学」と対になる言葉ですが、経験的データに依らない、純粋に思考の枠組みを探究する学問とすれば、ほぼ思惟科学と同じ範囲を指すことになります。形式科学には論理学・数学に加えて理論的な計算機科学も含みますが、ティリッヒの時代にはまだあまり発達していなかったこの分野も、思惟科学に含めるものと考えて良いと私は思います。
4.3 存在科学・精神科学・思惟科学のそれぞれにおけるリサーチ・クエスチョン
WHAT→WHY→How toという段階的なリサーチ・クエスチョンは、存在科学・精神科学・思惟科学の3つの学問分野それぞれに考えることができます。
存在科学では、世界に実在している何らかの対象物について、それは何なのか?どういう特徴を持っているのか?を問うのがWHATにあたります。対象物がなぜそのような特徴を持つのか?どのようにしてその特徴が生まれるのか?などがWHYの問い、そしてその対象物を何かに活用する方法を考えるのがHow toの問いとなります。
精神科学では、実在物のない対象について扱います。WHATの問いとしては、真理や美や正義といった概念について、それは何なのか?どういう特徴を持つのか?を問うものが考えられます。また、規範的な言明について、なぜそう言えるのか?という形でWHYの問いが考えられます。How toとしては、どのように芸術を生み出すのか、あるいはどうやって倫理的に行動するのか、といった実践的応用が考えられるでしょう。
思惟科学では、思考プロセスそのものが対象となります。WHATの問いとしては、推論や証明といった思考上の概念や、その過程で現れる論理学的・数学的抽象概念などがどのようなものなのか?という問いが考えられます。WHYの問いとしては、推論のプロセスがなぜ正しいと言えるのか?や、数学の定理がなぜ成り立つのか?といった問いになるでしょう。応用数学や統計学・計算機科学では、実践的に役立てるための具体的な方法を模索するHow toの問いが出てくることになります。
5. リサーチ・デザイン
それぞれの学問分野は、扱っている対象の特性がそれぞれ異なります。このため、各学問分野はそれぞれの探究対象の特性に応じて異なる探究の方法をとって進められます。このような探究の方法論は、リサーチ・デザイン論として様々に議論されています。これも歴史上様々な議論がなされていますが、ここではティリッヒの学問領域分類とリサーチ・クエスチョンの段階という2つの軸を元にして、学問対象の特性に応じたリサーチ・デザインを整理していきます。
5.1 存在科学の探究
ティリッヒが「存在科学」と呼んだ自然科学、社会学、歴史学などの分野は、現実世界に実在物があるような対象を探究します。この探究は、リサーチ・クエスチョンのWHAT→WHY→How toの段階、ないし記述→説明→予測→処方の段階が非常に分かりやすい形になっています。既知のものとは異なる新しい対象が発見されたら、それがどういう性質を持つのかを調べ、複数の対象間で比較や分類を行い、相関などの関係性を調べ、法則性や因果関係を推定し、それを実践的に応用する方法を考える、といった段階を自然に踏んでいきます。
存在科学では実在する"もの"を対象としているので、この"もの"に関するデータを収集して分析する、というのが基本的な方法論の根幹になります。データの収集の範囲にはいくつかの類型があり、対象を全て調べる全数調査、多数ある対象の中から無作為に調査対象を抽出するランダムサンプリング、通時的・共時的などの一定の方針に従った事例収集、代表的なものや特徴的なものをピックアップするケーススタディ、といった方法が採られます。
データを収集する際に、人為的な介入を加えて統制することでより深く対象を理解しようとする場合があります。最も典型的なのは実験室における実験です。物理学や化学などの対象は細かく統制された実験環境を用いた実験データを使うことが多いですが、そのような統制が難しい対象に関する探究では、自然に存在する対象の観察・観測が主だったり、部分的に条件を制御した準実験という形を採ることもあります。
これらの研究で取られるデータには、量的なデータと質的なデータの2種類があることがよく言われます。リサーチ・デザインの分類といえばまずこの量的/質的の二分法を挙げることが一般に多いでしょう。
量的なデータの分析手法は、統計学・計算機科学や数学などの知見を用いた、様々な手法が知られています。統計学的な分析としては、統計量の計算、仮説検定、回帰分析、因子分析、ベイズ統計、時系列解析、多変量解析などが知られています。計算機科学的な手法としては、データマイニング、機械学習、ニューラルネットワーク、強化学習、シミュレーションといった手法が知られています。数学的な分析としては、対象を数式や数理モデルとして記述した上で、代数学、解析学、幾何学、確率論、離散数学、など様々な数学の分野に応じた観点からの分析を行うことができます。
質的なデータは数値として扱える定量データと異なり、様々な形態のものがあります。多くのデータはテキストの形式を取りますが、音声やビジュアル・映像データなども分析対象になり得ます。質的な分析の手法も色々なものが知られていますが、データの特性に応じて分析の手法が選ばれます。質的な分析法としては、内容分析、テーマ分析、ナラティブ分析、会話(ディスコース)分析、ビジュアル分析、エスノグラフィー、グラウンデッド・セオリーなどが含まれます。
5.2 精神科学の探究
精神科学の分野は、哲学(形而上学)、美学、倫理学、法学、政治学、といった分野を含み、規範的な内容を扱います。この領域の研究対象は存在科学と違って実在する対象からデータを収集するという手法を採ることができません。このため、ある確立された手法にしたがった分析でおおよそ確定的な情報を得る、というよりは、それぞれに長所・短所のある様々な手法による分析を多数行うことで、それぞれ少しずつ対象のある観点を暴き出して理解を深めていく、という性質が強くなります。
論理的な推論に基づくアプローチは古くからよく行われている手法です。推論の類型としては、演繹、帰納、アブダクションなどの形が知られています。一方で、感覚や直観に基づく理解を重視するようなアプローチも知られています。
また、分析的なアプローチとして、推論の過程やそれに用いられる概念を明確化する、というアプローチもよく採られます。言語哲学的な要素の強い分析哲学や、概念分析による方法論などが知られています。
5.3 思惟科学の探究
思惟科学は思考のプロセスそのものに関する探究です。分野領域としては、論理学を中心として、数学、統計学、計算機科学などが含まれます。
これらの領域は、実在する対象物を持たないという意味では精神科学の探究と似た側面があります。例えば論理学では、推論という概念を精緻に定式化して、どういう種類の推論がどう正当化されるかを探究します。
数学では、いくつかの公理を前提して命題・定理の証明を行う、という方法が一般的によく使われます。また、数学的な概念を一般化・ないし特殊化して新しい数学的概念を考え、どのような条件がどのような数学的性質を導くのかを調べる、という形でしばしば探究が進められます。
統計学や計算機科学はより応用的・実践的な側面を持っています。確率論や離散数学などが理論の基盤として置かれますが、実際のデータ解析などに使うことのできる形で具体的な方法を確立する、という目的が強めです。このため、数学の延長としての理論的な構築だけでなく、実際に使うとどのような結果が得られた、という形式で実証的なアプローチからの探究もしばしば行われます。
5.4 リサーチ・デザインについての整理と学際性についての補足
学術研究の方法論は研究対象の特性に応じて様々なものがあります。これは実在物からのデータ収集ができるかどうか、リサーチ・クエスチョンのどの段階にあたるか、などによってそれぞれ異なったリサーチ・デザインが選択されます。
ここで学際性について少し補足をしておきます。ここまで「存在科学」「精神科学」「思惟科学」の分類やそのそれぞれに対する各種のリサーチ・デザインについて述べてきましたが、実際の学術研究では必ずしもこれらのいずれかの類型のみの範囲で研究が行われるとは限りません。いわゆる「学際的」と呼ばれる研究ではもちろんそうですし、個別の分野でみても、主に使うリサーチ・デザインと異なる手法を部分的に採用することはしばしばみられます。具体的な各分野の研究をみるときにはこの点について注意する必要があるでしょう。
6. 具体的な学問分野の概観
前節までの議論を踏まえて、具体的に各分野の研究がどのような対象を扱い、どのような方法で研究が行われるかを見ていきます。以下では各分野をティリッヒの「存在科学」「精神科学」「思惟科学」の枠組みに分けて見ていきますが、実際には複数の領域にまたがる学問分野も存在するため、以下の各節での分け方はあくまで便宜的なものだと考えてください。
この節の内容は多種多様な分野について扱っていますが、あくまでこれらは私が把握している範囲での各分野の内容をまとめているものになります。それぞれの分野に全て精通しているわけではないので、分野によってはあまり正鵠を射ていないまとめかたをしているところがあるかもしれないことを、予め断っておきます。
6.1 存在科学
6.1.1 物理学・工学
物理学は自然科学の代表的な分野の1つで、自然界の事物の普遍的な特徴や現象について探究します。力学、電磁気学、熱力学、統計力学、流体力学、量子力学など様々な分野を扱いますが、基本的に個別の物質の性質に依らない普遍的な"物"としての特徴や現象、法則などを探究します。
物理学は存在科学なので主に自然界の事物・現象からデータを収集し、分析・理論化する形で研究が行われます。物理学の対象のデータは多くの場合実験によって取られます。個別の物質・現象の実験から普遍的な法則・理論を導くことになるので、高度に統制された実験により、物質の個別の特徴と普遍的な特徴を選り分けられるように研究設計が行われます。
物理学の実験データは基本的に量的なデータで、統計的な分析を行った上で、数理モデルとして理論化することが多いです。物理学は歴史が長く分野がかなり細分化されているので、実験を中心に行うグループや、理論を中心に行うグループ、のような専門分化もしばしば見られます。
応用物理学や、それをさらに実践的に扱う工学系の分野では、基礎的な理論物理で確立された法則やモデルを、実際の技術や装置、社会的課題の解決に応用することが主な目的となります。実践的な要素が強くなればなるほど、普遍的で単純な理論から具体的で複雑な理論へと変わっていく傾向があります。条件が複雑になると簡単な数理モデルでの解析が難しくなるので、しばしば数値解析やシミュレーション的な手法も併用されるようになります。また、工学における実践的な課題へのアプローチでは、現実社会で使うための様々な制約(コスト、時間、安全基準など)についての考慮が必要になる場面も多く出てきます。
6.1.2 化学・鉱物学・岩石学・化学工学
化学では、個別の物質の種類に応じた特性を研究します。純粋な化学なら純物質や無機・有機化合物など、鉱物学・岩石学では鉱物や岩石などについて、それぞれ物質の構造、変化、化学反応などを扱います。
これらの分野でも、各種物質やその変化・反応についてのデータを収集して分析する、という手法が一般的です。化学の場合はほとんどが実験室での実験によるデータ収集となります。鉱物学・岩石学では実験室での実験も行われますが、実験で再現することが難しい部分については様々な場所から採取した鉱物・岩石サンプルを観察・分析する形を取ることもしばしば行われます。
物理学と比べると、これらの分野はより具体的な多くの種類の対象を扱うので、記述的・分類的な研究の要素も多くなります。この傾向は鉱物学・岩石学では特に顕著に見られます。一方で、それらの分類群内外での法則性についての理論的な探究も広く行われています。このような理論的な探究は、しばしば物理学と地続きになっている側面があります。
化学についても、応用・実践的な要素が強い部分で条件が複雑化する傾向は見られます。また、工業的な応用の観点では、物質を安定して大量に製造することが目標として掲げられるので、装置設計やプロセス制御の観点での探究も多くなってきます。この分野でも、物理学系の実践的な工学と同様、コスト・時間・安全基準などの制約を考慮した化学製造プロセスが求められる側面があります。
6.1.3 地球科学・海洋科学・大気科学・宇宙科学
地球科学・海洋科学・大気科学・宇宙科学では、より具体的な対象としての地球・宇宙の特性を探究します。この分野は、扱う対象のスケールが大きく、実験室的な制御を行うのが難しい側面が強くなります。このため、しばしばデータの取得としては実際の自然の観測という方法論が中心となります。条件を人為的に設定することが難しいため、自然に形成された様々な条件の事例を比較することによって探究する「自然実験」のリサーチデザインが主に採られます。
また、この分野の研究対象は現象の時間的なスケールも大きいため、観測できるのはその一断面に過ぎず、全体像を直接観察できないという問題もあります。これに対しては、空間的に異なる地点に見られる多様性を、時間的な発展段階の違いと見なして比較するようなアプローチが採られることが多いです。
室内実験によるアプローチは単純に行うことは難しいですが、現象の本質的な物理法則を保ったままスケールを縮小したモデルを用いて実験を行う場合があります。対象の力学的性質や運動の特徴を支配する無次元量を一致させることにより、スケールが違っても同様の物理挙動を再現できるように設計して実験が行われます。
この分野では全般的に対象の複雑性が高くなるので、数値解析的・シミュレーション的なアプローチもより多く用いられる傾向があります。特に、気象現象などはカオス的で非線型な振る舞いをすることが多く、理論的にも実践的にもシミュレーションはよく用いられます。
6.1.4 生物学・生理学・医学・農学
生物学・生理学・医学・農学のような生命科学の対象は、地球科学・宇宙科学とはまた違ったタイプの複雑性を持っています。一つは細胞レベルから生態系レベルまでの様々なスケールの中でそれぞれ様々な特性を示すことで、一口に生物学といっても小分野の様相はそれぞれかなり異なってきます。また、生物個体には同種でも遺伝的・環境的要因で反応が変わるような個体差が見られるため、再現性・統制が困難な側面があるのもこの分野の特徴と言えるでしょう。
生物学・生理学のミクロな分野では、in vitro(試験管内)とin vivo(生体内)の両面からのアプローチが行われます。一方で、生態系のようなマクロな領域になってくると、地球科学・宇宙科学でもあったような人為介入の難しさがあるため、フィールド調査のような観察ベースの探究が多くなってきます。
生命には非常に大きな多様性があるため、全ての種・個体・環境を網羅的に研究するというのは難しいです。このため、実際の研究においては「モデル生物」によって代表させて研究を行うことが多くなります。モデル生物は、繁殖が容易・遺伝子操作が可能・体内構造や発生過程が観察しやすい、といった実験的な統制を行いやすいかどうかの条件が重視されますが、一般化として他種への外挿を行うことが念頭に置かれるので、生物種を代表するような事例になっていることも考慮して選ばれることになります。
生物種の個体差の多様性の問題は、統制実験をする上での慎重な取り扱いにも直結します。ある条件の違いがどのような結果を生むか、のような因果推論では注目している条件以外の条件を揃える必要があります。ここでは、研究対象を無作為に「介入群」と「対照群」に分けるランダム化比較試験(RCT)の手法をとるのが望ましいとされています。
生物を対象とする実験、特に人間を対象とする実験では、倫理学的な制約を考える必要があります。歴史的には反倫理的な人体実験が行われた例もありますが、現在ではそのような扱いは行うべきでないと考えられているので、完全な無作為化・盲検化・対照群の使用ができないケースも存在します。このような場合は、準実験や自然実験、観察をベースとした研究もしばしば行われます。
医学や農学のような応用分野において、実践上の制約が大きく考慮されるのはこれまで見てきた分野と共通しています。医学においては単に治療上の効果を考えるだけでなく副作用やコストについての検討が必要ですし、農学においては持続可能性や地域性のような側面も考慮して実用的な手法が探究されます。
6.1.5 心理学
心理学は人間の心の性質を探究します。これは人間を対象とした観察・実験によって探究することができますが、直接的に心そのものを観察することができない、という難しさを持っています。
心理学では一般に、不可視の対象としての心の探究要素を「心理的構成概念」として定式化し、それを測定可能な指標に変換(操作化, operationalization)することで、観察・実験を行えるようにします。心理学でよく用いられる操作化の手法としては、質問紙法、行動指標、生理指標、パフォーマンス指標、他者評価などがあり、必要に応じてそれらを組み合わせて実施することもしばしば見られます。このような指標の選択にあたっては、測定の信頼性(再現性)と、構成概念に対する妥当性を十分備えているかを吟味して選択が行われます。指標には量的なデータも質的なデータもあり、それぞれに応じた手法で分析がなされます。
心理学の実験手法は、実験室の統制環境下で行われるものから、準実験的なもの、自然実験的なもの、事例研究など様々な統制のレベルで行われます。構成概念が比較的単純なものであれば実験室での統制が行いやすいですが、社会的なものなど複雑で文脈依存性が高いものなどは実験統制は難しく、事例研究的なアプローチが多くなる傾向があります。また、人間を対象とした実験となるので、倫理的な制約により準実験・自然実験・観察の方法を採らざるを得ない場合もあります。
6.1.6 社会学・民俗学・文化人類学
社会学や民俗学・文化人類学では、多数の人間が集まってできた社会集団の性質・特徴や、様々な社会集団における制度・関係・慣習などを探究します。扱う対象が自然発生的な社会集団であり、また対象のスケールも比較的大きいので、実験室的な統制実験は難しく、主にフィールドワーク・参与観察のような形のリサーチ・デザインが使われることが多いです。
データの取得方法について、社会学では質問紙調査や統計データのような比較的規模の大きい標本調査も行われますが、特に民俗学・文化人類学の分野では顕著に、ケーススタディのような特定少数の事例を取りあげる探究手法が多くなります。データの種類としても、他分野と比べると量的データより質的データを集める割合は高くなってくると思われます。
この分野における特徴的な探究の手法として「参与観察」が挙げられます。他の分野だと、例えばある物質について観察したいと思ってもその外部からしか観察ができませんが、人間の社会集団を対象とするこの分野では、研究者自身が対象の内部に入り込んで情報を得ることができます。ただし、この参与観察の手法は、あまりにも入り込みすぎると客観性を失い、外に立ちすぎると理解が浅くなる、というトレードオフを持っており、両者のバランスをうまく取りながら探究を進めなければならないという難しさも持っています。
6.1.7 言語学
言語学は人と人とのコミュニケーションに用いられる言語の性質について探究します。言語は多くの場合音声または文字の形態を取るので、音声を録音したり書き起こした物、もしくは文字として書かれたものを分析するのが主要な方法論の基盤になります。
音声学・音韻論や文字体系そのものの研究もそれぞれ大きな研究対象となりますが、言語の構造や意味、用法に関する部分に着目したアプローチも知られています。統語論や意味論、語用論などがこれらのアプローチの代表的な例です。言語は音声/文字→語→文→文章/会話のような階層的な構造を持つので、それぞれの階層に応じた研究領域が広がっています。
言語学の探究は、母語話者によって行われるケースがそれなりに多いため、第三者からの客観的な分析だけでなく、研究者自身の母語話者としての直観に基づいた分析もしばしば見られます。これは文化人類学などで見られた参与観察の特徴と少し似た要素があるかもしれません。この場合も、直観に頼り過ぎると客観性が損なわれる側面があるので、計量言語学などのように客観的な指標を測定して統計的に分析するような手法も一方でしばしば行われます。
言語学はそれ自体が音声・文字データの観察・分析によって研究される対象なのでここでは「存在科学」の節の中に入れましたが、実際のところは精神科学や思惟科学に近い側面もある程度含んでいると考えられます。精神科学に属する研究対象は専ら言語で表現されることが多いですし、そもそも様々な対象の探究の過程は基本的に言語で表現されて伝えられることがほとんどです。特に記号論や言語哲学などに関する部分は存在科学としての言語学と精神科学・思惟科学の領域の両方にまたがる分野と言えそうです。
6.1.8 経済学
経済学は、人間の社会に現れる特徴の中でも特に、経済行動や市場の動き、資源配分などに関する部分を探究します。経済学の対象は、多くの変数が数量化されており、また国家的に統計が取られているものも多いので、統計的なデータによる実証分析や、それらを説明する数理モデルのような形での探究がよく行われています。
経済学の対象は、家計や企業などの個別主体の行動・選好などを扱うミクロ経済学と、国家や産業などの大きな規模で景気循環などの傾向を扱うマクロ経済学の2つのスケールに分けて語られることが多いです。ミクロな領域では、人間の思考や行動に関する部分を扱うので、心理学と近い方法論が用いられることもあります。また、特にマクロなスケールの対象は実験的な統制を行うことが難しいので、自然実験・準実験的なアプローチがしばしば採られます。
6.1.9 歴史学
歴史学は、過去に起きた出来事・営みを探究します。歴史学の対象は現在に生きる研究者が直接観察したり再現実験することができない、という大きな特徴があります。このため、歴史学の探究は基本的に過去の情報を残した史料や遺物を分析することによって行われます。
歴史学の主要な方法論は「史料批判」として整理されています。これは史料の真贋や出自などを推定する「外的批判」と、史料に記述されている内容の信頼性・妥当性を検討する「内的批判」の2つの側面があります。
歴史上の史料は多くの場合不完全な形で残されていて、過去の出来事を完全に伝えるものではないので、史料の1つ1つを吟味し、また複数の史料を比較対照して分析することで、総合的に過去の出来事を推定することになります。
6.1.10 地史学・古生物学
地史学や古生物学では、人間が生まれるより前の地球の歴史を探究します。この分野も歴史学と同じく過去の出来事を探究するため、直接観察や再現実験を行うのは困難です。これらの分野では、地層、岩石、鉱物、化石などを分析することで過去の地球について推定します。地層累重の法則に基づいた層序学や岩石・鉱物などの放射性年代測定などを用いて各種試料の年代を推定して、過去にどのような地質学的イベントが起きたかやどのような生物が生きていたかを探究します。
6.2 精神科学
6.2.1 哲学(形而上学)
現実世界に存在を持たない対象を探究する精神科学では、存在科学と違って対象を観察するというアプローチによる探究を行うことができません。このため、思弁的なアプローチが主な方法論となります。
哲学の主要なアプローチには様々なものがあります。一つの方法は概念分析で、対象となる概念が何を指し示しており、その概念がどういう特性を持つかを精緻化します。また、各種の概念に関する様々な命題が妥当と見なされる根拠となる推論過程を精緻化する、というのも主要なアプローチです。演繹的な推論に依る場合、推論の出発点となる前提が真だと見なされる必要があるため、これは推論の根拠を直観や常識に照らし合わせて妥当だと見なせるような前提に還元する過程ということもできるでしょう。
哲学上の新しい学説は、しばしば哲学の方法論上の新しいパラダイムを提示するものともなります。このようなメタ哲学的な要素は、ある程度は思惟科学の一部としても捉えられると思います。認識論や真理論のようなトピックは、その成果そのものが真理の探究の手法を規定する要素にもなる性質を持っています。
6.2.2 美学・芸術学・文学
美学・芸術学は、まず一つの側面として、「美とは何か?」や「芸術表現はどのように成り立つのか?」などといった哲学的な「美」「芸術」などの概念を探究する要素があります。これは、哲学の一般的な方法論としての概念分析などのアプローチの延長で捉えることができます。カント哲学の周辺でよく「真善美」と言われるように、「美」の概念も哲学の大きな対象の一つとして位置づけられています。
一方で、芸術の対象は「芸術作品」という具体物が存在していて、作品をどのように鑑賞するか?あるいはどのように創作するか?という観点についての探究を行う側面があります。これは文学作品に対する文学批評の分野でも同様の要素を持っています。
芸術作品・文学作品に対する探究のアプローチは大きく3つの方向性に分けられそうです。1つは作品そのものの特徴を探究する作品分析・解釈の方法論で、これは文学における形式主義・構造主義、音楽の和声・楽式分析、絵画における構図や色彩の分析などを含みます。2つめは作品に対する受け手の感性に着目するもので、感性分析や受容理論、読者反応理論などを含みます。3つめの類型として、また作品の成立や評価にまつわる社会的・文化的な要素の影響を探究する方法論も知られています。これはマルクス主義批評、フェミニズム批評、ポストコロニアル批評などを含みます。
この分野は、「美」や「芸術」などの哲学的概念の探究という点から精神科学の節に含めていますが、具体的な創作表現物についての探究で存在科学的なアプローチを一部持ち合わせていると思います。また、この分野では特に、理論の刷新が探究の方法論の刷新と直結しているので、思惟科学的な要素も比較的強いと言えるかもしれません。
6.2.3 倫理学
倫理学では一般的に、善悪のような規範的な価値判断に関する探求を行います。ヒュームの法則に「記述的な言明から規範的な言明を導くことはできない」と言うように、規範的な対象は一般には事実の観察に基づいた探究のみに立脚して示すことはできないとされるので、直観的に妥当する規範的な前提を提示して議論するような方法がしばしばとられます。
倫理学においてよく使われる方法論の一つとして「思考実験」があります。思考実験では、実際に起きている事例ではなく仮想的な状況を想定して、倫理的判断を検討します。極端な状況や、直感に反する結果を生み出しうるような状況を設定して、道徳原理が導く判断がどこまで一貫しているか、一般化可能か、受容可能か、といったことを考えます。例えば、「1人を犠牲にすれば5人を救える」という設定を考えるトロッコ問題では、功利主義的な原理が必ずしも一貫して人々の感覚に整合するものではないのではないか?ということを暴き出すための設定としてよく議論されます。
倫理学の方法論に関する考え方の一つとして、「反照的均衡」というものも知られています。これは現代倫理学に大きな影響を与えたジョン・ロールズの『正義論』で使われたことで広まった方法論で、一般的な道徳原理が人々の直観と整合的になるように、相互に調整を行っていくような探究方法を指します。道徳原理を厳密に適用すると特定のケースにおいて一般的な道徳感覚に沿わなくなる場合、道徳原理を修正するか、道徳的な信念を原理にしたがって修正するか、の調整を行います。これを様々なケースに対して繰り返していき、修正が「均衡」したものをバランスの取れた妥当な倫理規範と考える、というアプローチとなります。
6.2.4 法学
倫理学は一般的な価値判断についての探究を行いますが、法学はそれを社会制度として実装したものとしての"法"を対象とします。ただし、法学でいう"自然法"の概念は倫理学の探究対象と地続きになっていて、法学は倫理学の応用・実践的な部分と位置づけることができます。また、憲法や行政法などは国の統治システムを規定するものでもあるため、その内容についての議論は次節で扱う政治学とも連関しています。
法に関する実践は、法を作り上げる立法と、既成の法を使って判断を行う司法の2つの側面があります。立法的な側面に対する探究では、規範倫理学的な内容や社会の抱える課題などをどのように法制度として落とし込むか、またそれが社会においてどのように機能する実効性を持っているか、ということを考えます。これは、立法が解決する社会課題の分析、それに対する法制度としての解決手段の設計、様々な法制度の妥当性の評価、といった要素に分けることができそうです。社会課題の分析に関しては、社会学や倫理学と接続する部分が大きいでしょう。様々な法制度案について考える際に、現実に採用されている各国の法制度を比べる比較法学のアプローチがしばしば採られます。法制度の妥当性の評価には、目的合理性、制度的整合性、実効性、執行可能性、社会的受容性といった観点が考慮されます。
司法的な側面についての探究は、既存の法源に対する法解釈の探究です。探究のアプローチとしては、法令の条文などを文字通り解釈する文理解釈、他の規定や法体系全体との関連で解釈する体系的解釈、立法目的や社会的機能に着目する目的論的解釈、法令の制定経緯に着目する歴史的解釈、といったアプローチが考えられます。探究の対象の中心は憲法、法律、政令などの法令ですが、判例・事例の分析も一つの重要な要素となっています。
ティリッヒは法学を精神科学、あるいは規範的な科学の一つとして扱っていますが、法体系がどのようなものであるべきか?という根源的な部分が規範的であるとはいえ、その探究の過程には現実の法体系はどうあるか?に関する実証的な探究も多く含まれます。その点で、法学は精神科学とともに存在科学に近い要素を持つ探究分野だということもできるでしょう。
6.2.5 政治学
政治学の対象は、政治哲学、政治制度、政策過程、行政、政治行動、国際政治などを含みます。ティリッヒは政治学を法学・倫理学の延長として論じていて、政治がどうあるべきか?についての規範的な要素から精神科学に位置づけていますが、現実の政治体制や統治機構に関する実証的な探究も多く行われるため、実際のところは存在科学的な要素も多く持つものと言えます。
政治哲学は法哲学とともに倫理学の応用・実践方面と地続きになっています。実践レベルとして、実際の政治制度や政策に影響を与えるような部分を扱うため、実現可能性についての考慮や、非理想理論的な要素への考慮が必要になる側面も多めになってきます。
政治学の実証的な部分は、社会学と緩やかに繋がっています。統治機構は一般には国家レベル、もしくは地方自治体レベル、あるいは国際政治のレベルなどで議論されますが、これらは比較的大規模な社会集団なので、小集団に対する研究で行えるような統制実験を行うことは難しい側面があります。このため、政治学の実証的な探究は多くの場合自然実験の形態を取ります。
6.2.6 神学・宗教学
神学では、神などの宗教的な概念や、教義・信仰体系などについての探究を行います。方法論としては哲学・倫理学と近い思弁的な方法がメインとなりますが、基本的にある特定の宗教における信仰内容の整合化・深化が目的となるため、完全な客観性を求めるものではない、という側面があります。一般に思弁的なアプローチでは主張の正当化にあたって直観的に妥当と見なされる命題に還元するという形式がしばしば取られますが、特定の宗教における神学的議論では"直観的に妥当"な範囲がその宗教の文脈におけるものになるため、例えば聖典の記述などに帰着させる、という方法も含まれることになります。
宗教学は、特定の宗教の見地に立つというよりは一歩引いた視点で客観的に宗教という対象を探究します。これは社会学と非常に近縁な関係にあって、実際「宗教社会学」と呼ばれる分野が一つの大きな小分野を形成しています。宗教学の方法としては、民族史的な形でフィールドワークやインタビューによる記述的研究を行ったり、聖典などの文書に対するテキスト分析的な手法をとったり、また複数の宗教を比べる比較宗教学のような方法論が採られます。
6.3 思惟科学
6.3.1 論理学・科学哲学・メタ科学
思惟科学は「思考」という枠組みそのものに対する探究を行います。論理学は妥当な推論がどのようなものかを探究する学問分野で、思惟科学の中心的な分野となっています。
論理学の探究対象となる推論には、演繹、帰納、あるいはアブダクションといったいくつかの類型が知られています。20世紀に論理学の中心的なテーマとなった形式論理学では、演繹的な推論を記号で表して定式化する「記号論理学」の手法が多く用いられました。記号論理学では、記号による厳密な定義を用いることで自然言語の曖昧性を排除して推論の過程を明確化する、という方向で探究を行います。
科学哲学では、科学、あるいは学術研究という営みについての様々な探究を行います。これは「科学」や「仮説」「反証」などの概念に対する概念分析や、科学のプロセスの内容やその妥当性についての検討、科学史に関する実証的な探究、また科学と社会の関わりに関する探究などが含まれます。これらは、その対象に応じて、哲学的、歴史学的、社会学的など様々な探究の方法論が採られます。
6.3.2 数学
学術研究において、特に自然科学の探究において、数学的な手法は広く用いられ、古くから大きな成果を挙げています。このため、数学は思惟科学の中でも特に大きな分野の一つとなっています。
数学は数や図形、またより抽象的な代数構造、空間、集合、関数などの対象を探究します。基本的に数学の探究では、定められた定義と公理を前提して演繹的に推論する「証明」がベースとなっています。
数学における探究の対象は、一般的には「フェルマーの最終定理」のような未解決問題の解決、という形のものがよく知られていますが、このような未解決問題の解決は数学の探究プロセスのごく一部分に過ぎないと言われます。どちらかというと、既知の概念からの一般化や特殊化によって新たな数学的概念を生み出し、理論として整理する、というのがよく行われる探究の道筋と言えるでしょう。
このような探究の際には、証明の本質的な部分を取り出したり、複数の例にわたる共通部分を取り出す、という形の探究もしばしば行われます。また、物理学などの他分野での探究で必要となったものに対する理論的基礎づけを与える、という方向性での探究もしばしば見られます。
6.3.3 統計学
存在科学の探究において、量的なデータの分析にはしばしば統計学的な手法が用いられます。実証的な調査で得られるデータはしばしば誤差のような不確定性を持ち、また多くの場合に標本抽出のような部分的なデータから全体を推測する必要がありますが、統計学はこのような状況における推論に理論的な基礎づけを与えます。
統計学の数理的な基礎は数学の議論、特に確率論などと深く関わっています。統計学の理論的な部分は数学と同様に、証明という形で正当化されることが多いです。ただし、実践的な統計学としては、p値の解釈など数学的に得られた結果をどう扱うかの部分で、科学哲学的な問題との接点も持っています。
6.3.4 計算機科学
計算機科学では、「計算とは何か」「どのような問題が計算可能か」「いかにして効率的に計算を行うか」などの計算に関する探究を行います。計算可能性や計算量の理論、また証明論などについては、論理学や数学と地続きになっており、これらの分野と同様の探究方法が採られます。
計算機科学では、コンピュータを用いてどのように効率的に計算を行うか、という部分の実践的な内容も扱います。アルゴリズムに関する探究や、プログラミング言語、データ構造などに関する探究は、工学的な応用とも接点が深く、理論的な基礎づけに加えて実際に実装したりベンチマークを取って性能・特性を調べる、といった方法論もよく採られます。
6.4 具体的な学問分野のまとめ
ここまで、様々な学問分野について、その探究の対象がどのようなもので、それがどのような特性を持っており、その探究のためにどのような方法が採られるか、ということを見てきました。この節で挙げた学問分野は全ての学問分野を網羅するものではないですし、私が把握している範囲での内容なのでそれぞれある程度偏りを持った見方が含まれる可能性がありますが、多くの分野を「対象の特性に応じた探究方法」の描像で整理できたと思います。
実際には、学問分野の種類やその対象、それに対するアプローチ手法は、時代に応じて色々と変化していきます。観察をベースにした探究は観察に用いる技術の発展があればアプローチが変わりますし、コンピュータの発展のような形で新たに生まれた分野やアプローチもあります。これは今後も刻一刻と変わっていくものだと思われるので、新たな探究対象・探究手法が生まれればそれをキャッチアップしていくような取り組みを継続的に行っていく必要があるでしょう。
7. むすび
学問を「問い」とそれに対する探究の構造として捉える、という描像に立って、様々な議論を見てきました。議論をざっくりまとめると以下のようになります。学問上の「問い」のベースとなる知的好奇心には、新しいものを知りたいという欲求と分からないものを解決したいという欲求があります。「知る」「分かる」というのは様々な対象に対して何らかの形で正当化された真なる信念を持つことで、それを認知の概念ネットワークの中に位置づけ、様々な状況に応用可能な形にすることです。学問は、新たな「問い」の発見と、WHAT→WHY→How toのような段階的な問いの探究のプロセスとが合わさったものと考えられます。学問の対象には様々なものがあり、実在する対象なのか、非実在的な概念が対象なのか、あるいは思考プロセスそのものが対象なのかによって探究のアプローチが変わってきます。
私は中学〜高校くらいまでは主に数学、特に抽象代数学に興味を持っていて、そのような演繹的な厳密性を持たない分野に対して不信感を持っていました。これは、高校の理科の課程で誤差論の扱いが簡略化されているのが一つの要因だったと思いますが、きちんとした統計学的な議論を踏まえたとしても、物理学や化学の実験・観測による研究は数学的な厳密性を持つとは言えません。ですが、そもそも学問の探究というのは全ての対象に対してそのような厳密性を求めるものではなく、またそのような形での探究というのは不可能です。それぞれの対象に応じて、できる範囲で探究を深めていく、ということしかできません。
私は大学の研究室では隕石を分析して太陽系の起源を探るような分野の研究に携わっていました。この分野では非常に古い時代の、また非常に大きなスケールの事象を扱うので、再現実験のような形での探究を行うことができません。このため、例えば実験室内で再現が可能な化学の探究とは、どうしても得られる結果の確度に大きな差が出ます。ですが、これはだからといってこの分野の研究に価値がないということではなく、この分野の対象の中で分かる範囲をできるだけ深めることに意義があると言えます。
X (旧twitter)などでアカデミア界隈の投稿を見ていると、自然科学的な見地から社会科学・人文科学の方法論や成果を批判するような主張を見かけることがあります。ですが、ある特定の対象のためのアプローチの考え方から短絡的に別の対象のアプローチの考え方を断罪するのは妥当でなく、対象の特性に応じて議論がなされるべきだと思います。もちろん、学際的なアプローチが有用であるケースはたくさんあって、他の分野の手法を適用することでより深い知見を得られることもあると思いますが、それは探究対象がどのような性質を持っているかを考慮した上で慎重に適用されるのが望ましいと思います。
様々な学問について幅広く勉強する際に、自分のよく知っている分野がどのような探究の方法論を採っていて、新たに勉強する他分野ではどのような違いがあるか、ということを頭に置くのは大事です。根本にはどの分野も同じく「問い」を探究する、という構造があり、分野ごとの対象の特性に応じて様々な探究手法が採られる、という描像は、このような他分野に対する学びの上で有用なのではないか、と思います。
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