タンポポ笛(ショートストーリー)番外編~僕のすきなひと~
今日は、空が高い気がする。
風が肌に心地よい。
9月になって、夏の熱を含む空気が和らいで、
近頃は夕方になると少し肌寒いくらいだ。
いつも一緒に帰っているさわがしい友人たちは
「今日は野球少年団の練習があるから」と、小走りに帰っていった。
取り残されたぼくは「しめた」とほくそ笑んで
ゆっくりゆっくり、歩いている。
道端の石ころを眺めたり
四葉のクローバーを探してみたり
時間をかけてじりじりと歩を進めているのには、ワケがある。
地面に視線を落として四つ葉を探すフリをしながら、そっと斜め後ろを盗み見る。
伸びた背筋が目に入る。
ちえちゃんだ。
今日もひとりのようだ。
熱心に空を見つめている。風がちえちゃんの前髪を揺らして、おでこをてろんとそよいでゆく。
あぁ、神様。
心の中でつぶやいて、
ぼくはゆっくりと深呼吸する。
これは神様からの、贈り物だよね。
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いつもはさわがしい男子たちに捕まって、ふざけながら歩く帰り道。合わせて相槌を打ちながら、ちえちゃんが後ろにいるかどうか、毎回背中越しにチェックしている。その姿を確認できた時は、途中まで一緒の道のりだけ、ぼくはわざと歩調をゆっくりにするんだ。帰り道のちえちゃんは、いつもひとりだ。
でも、それは寂しい感じの「ひとり」ではない。
ちえちゃんは、勉強も運動もよくできる。
長距離走なんて、ぼくよりずっと速い。去年のマラソン大会は、男女合わせて堂々の1位だった。
縄跳びだって、2年生なのにもう二重跳びができる。発表会では3年生ですらなかなかできない4回連続の二重跳びを舞台の上で披露して、みんなから拍手喝采だ。
きれいな字で漢字を書くし、計算もはやい。鬼ごっこではすばしっこくて、ドッチボールでは最後までコートの中に残っている。あやとりも折り紙もお手のものだ。だから、休み時間はいろんな友達から誘われて忙しそうだ。にもかかわらず、ちえちゃんは人を選ばず、いろんなお友達と楽しんでいて、たとえ誰かがうまくできなくてもイライラしない。なんだか目立たない感じの子には優しくて、かと思えば学年が上の子がいぢわるしたり、えらそうにしたりすると、やられている子をかばって食ってかかっていったりする。おだやかなのか、負けん気が強いのか、よくわからなくなるけれど、ちえちゃんにとって大切なことを守ろうとするとき、絶対に芯を曲げない感じがする。そんな風に、お転婆だけど友達思いのちえちゃんを、ぼくは密かに好いている。
そんなちえちゃんだから、だまっていても人が集まってくる。だから、彼女が一人の時は自分でそれを選んで行動してるんだってことが、ぼくにはわかる。
ぼくには姉がいる。だから嫌でも女の子のやり取りを目の当たりにしてきた。観察の末たどり着いたぼくの考えは、「女子はめんどくさそう」というものだ。なぜかいっつも「トイレに一緒に行こー」とか言って1人で行動できないし、何かとグループをつくる。でも、さっきまで仲良くしてたかと思うと、今度は悪口言って仲間はずれにしたり、友達の取り合いっこをしたり、みんなで遊べばいいのに、ワケわかんないことばっかりしてるんだ。べつに居心地が良さそうなわけでもないのに、必ず誰かとくっついてるのが不思議でたまらない。周りの目を気にしながら、自分自身の「いいポジション」を守らなきゃいけないらしい女子の様子を見ていると、ときどきぼくは、心の中で「お気の毒」とこっそり思ってしまう。
ちえちゃんには、そういう空気がない。
誰が目の前にいても、表裏がないんだ。
誰かにべったりくっついていなくても、自分の意志でしゃんと背筋を伸ばして歩いていく。
いけないことはたとえ仲良しの子だとしても
「それ、ダメじゃん」とハッキリ言うし
困っている子がいたら「どうしたの?」と考えるよりも先に手を貸したりする。ハッキリした物言いだから急に否定された感じになって、面食らう子もいるし、ショックで泣いちゃう子もいる。
でも、ぼくは知っている。ぼくの物言いはいつも核心を得ない(やんわりしてる)から、やんわりオブラートに包んで伝えても、自分尺度で受け取る子には真意がまったく伝わらないんだ。だから、キッパリと言葉をぶつけられる人をぼくは無条件に尊敬する。
一方で何かを間違った時なんか、すっごく負けず嫌いなのに「ごめん」って素直に謝るからちょっとびっくりする。でも、そのさっぱりした感じが好ましく目に映る。
誰かに何かを言われても気にするふうでもなく、自分がそうしたいからするちえちゃん。
誤魔化すことなく、堂々としてて
そう、かっこいいんだ。
ぼくはどっちかというと、
人とぶつかることが苦手だ。
どうしていいかわからなくなるし、喧嘩したり言い合いをするのは疲れてしまう。たとえ理不尽なことをされたとしても、相手をやっつけたいとも思わない。だから、なんとなくあいまいな物腰でスルーっと受け流すことが多い。
みんなは、そのぼくの曖昧な態度を
優しいとか、いいやつとか、いろいろ言うけど
ぼくは流れに逆らわず合わせているわけで「自分はこうしたい」という意志がないだけなんだ。
もがくのは疲れるし、変に傷つきたくない。
ふわふわ風に流されゆくままの綿毛のようだと、情けなく思うこともしょっちゅうだ。
そんなぼくが、初めてせっきょくてきに
欲していることがある。
ちえちゃんのことを、もっと知りたい。
あわよくば、ぼくと仲良くなってほしい。
クラスが別々だから、休み時間には真っ先にちえちゃんのクラスに向かう。ちえちゃんがどこにいて、何をしているのか気になるからだ。そっとドア越しに姿を捉えて、時には大勢の仲間でどさくさに紛れて一緒に遊ぶこともある。挨拶もするし、おしゃべりもする。
でも、なかなか1対1で話すチャンスには恵まれない。誰かと笑い合っている横顔を、それとなく、気づかれないようにチラリと眺めることしかできないでいるのだ。あぁ、情けない。
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だが、神様はいるものだ。
チャンスがストンと落ちてきた。
帰り道はちえちゃんの気配を背負って、長い時間やり過ごして来たが、今日はぼくもひとりだ。
最大のチャンスを目の前にして、緊張で身体がだんだんほてってくる。
勇気を出すんだ、ぼく。
スゥーッと、胸いっぱいに息を吸い込んで
ハァーッと吐き出す。心臓がドクドク波打っているのがわかる。指先までもがドクン、とはねる。
手をぎゅっと握って
せーの、でふり返る。
ちえちゃんの姿が飛び込んでくる。
少し離れたところで、まだ立ち止まって
空を見上げている。
ふと視線の先を追うと
抜けるような青色の中に、細い雲がたなびいている。広い空を、まっすぐに泳ぎゆく飛行機。
ちえちゃんみたいだ、と思わず見惚れた。
急いで足元に咲いているタンポポをポキリと折る。タンポポ笛を作ろうと思ったのだ。最近のぼくの得意技だ。ただの茎が、音を出す。
マジックみたいなこの遊びは、みんなのお気に入りだ。ちえちゃんもきっと、気にいってくれるはずだ。
一歩、また一歩
まっすぐに、ちえちゃんへと歩み寄る。
「ねぇ、みてみて」
声が少し震えた。
ちえちゃんの両目がゆっくりと瞬きをして、ぼくを捉えた。
「たんぽぽって、笛になるんだって知ってた?」
目をパチクリさせ言葉が出てこないちえちゃんを目の前にして、しまった、と途端に自信がなくなる。タンポポ笛なんて興味なかったかも。
永遠とも思えるようなしばしの間があって
「...そうなの?すごいね!」
ちえちゃんは目を輝かせた。その笑顔がぼくだけに向けられていることが、めちゃくちゃに嬉しくて、急いでタンポポの花を差し出す。
「いっこ、作ってみる?」
こくりと頷くちえちゃんに、タンポポを渡す。
少しだけ、指先が触れた。ちえちゃんの指はちょっとだけ冷たかった。風が少し冷えてきたからかもしれない。温度を感じられたことに小さく感動して、指先がまた、ドクドクと波打つ。
なんだろう、この気持ち。
落ち着かない。でも、心地よい。
ちえちゃんは初めてのタンポポ笛も
見よう見まねで上手に作ってしまった。
さすがだ。飲み込みが早い。
でも、音を出すのに苦戦して、
ブヘッとなって恥ずかしそうにしたかと思えば
「ねぇねぇ、吹いてみせて」と笛をくわえたぼくの口元を覗き込んでくる。
ぼくは、顔が真っ赤になっていないことを願いながら、せがまれるたびに何度も何度も笛を鳴らしてみせた。噛みすぎてもダメで、少しだけ隙間を作るのがポイントなんだ。
しばらくしてから、ちえちゃんもコツをつかんで初めて音が鳴った。そのときの、あのくしゃくしゃの笑顔。見たことがないくらいにはしゃいで喜んでいた。
その時、ぼくはちえちゃんの内側に、少しだけ触れた気がした。
今までちえちゃんはなんでもできるんだ、って勝手に思ってた。けれど、きっと、ほんとは
めちゃくちゃ努力する人なんだろうな、って思ったんだ。いろんなことに挑戦して、失敗もして、だからいろんなことができるようになってきたのかも、って。
そういううまくいかない時間を体験してるから、何かをうまくできない子にも優しいのかな。
休み時間のドッヂボールで、ボールをうまく投げれない子に、そっとパスを渡すちえちゃんの姿を思い出す。周りからは「なんでー?」「オレにボールくれよー!」と言われる中「だって仲間だもーん」と平然と笑っていた。それを聞いていたパスをもらった子の顔に、ふんわり笑顔が咲いたのをぼくは見逃さなかった。
誰も気づいていないだろうことを、
ぼくはこの時ぎゅっと掴んだ気がした。
それがなんだか嬉しくて、
誰にも言わずに心の中にしまっておこうと強く思った。
この発見は、世界中でぼくだけが知っている。
なんだか、胸がこそばゆい。
しばらくの間、ぼくたちは肩を並べて
ブサイクなタンポポ笛の音色を夢中で奏でた。
ちえちゃんとぼくだけの時間。
ずっと続けばいい。
夕陽が落ちてきたうす桃色の光の中で
ぼくはこっそりと、強く、願う。
まだ正面から顔を合わせるのが恥ずかしくて、
横目でチラリと盗み見ると
ちえちゃんはまた空を見上げていた。
「きえちゃった」
ポツリとつぶやく。
「何が?」
ぼくも空を見上げてたずねる。
「ひこうきぐも。きれいだったの」
あぁ、さっきのあの雲か、と言いかけて
咄嗟に
「ひこうきぐも!?」
とわざと大きな声をあげてビックリしてみせた。
見たことない、すげー、って。
だってね
いいこと思いついたんだ。
ぼくが飛行機雲を見たことないってすれば
優しいちえちゃんはきっと、飛行機雲を見せてあげたい、ぼくに教えようって、思うだろう。
それってつまり、飛行機雲を見るたびにぼくのことを思い出すってことじゃないか!
ちえちゃんと約束をかわそう。
ぼくは、咄嗟に小指を立てて差し出した。
「またあしたか、あさってか、いつか。みつけたら教えて。ゼッタイ。」
ちえちゃんの小指が絡んできた。
「うん、やくそく」
触れ合え重なる指が熱を帯びる。
恥ずかしさをぬぐうために
ぼくは、ギュッと小指に力を入れた。
これで、
ぼくとちえちゃんは
飛行機雲によって結ばれた。
ぼくって、天才かもしれない。
「じゃあ、ちえちゃん。またあしたね。」
「またね。こまちゃん。」
うわぁ,と思った。
ぼくのこと、『こまちゃん』って言った。
ほおが緩むのを堪えながら、片手をあげる。
ぼく達はいつもの曲がり角で、
その日からは「ばいばい」と向かい合って手を振ってから、何度も振り返っては見えなくなるまで姿を確認して帰るようになったんだ。
それから毎日、ちえちゃんと寄り道を重ねた。
帰り道につくったタンポポ笛は
ぼくの宝箱にどんどん増え続けた。
ぼくが、病気で入院しなくちゃいけなくなった
あの日まで。
病院にも手のひらに収まるほどの小さなその箱だけは持っていた。タンポポ笛はカラカラに干からびていった。
最初は時々,学校にも行けたんだけど
3年の終わりからはほとんど行けなくなった。
体力が落ちたこともあるし、ぼくの故郷である小さな町の病院では治療ができないからと、大きくて立派な病院のある札幌にうつったからだ。
ちえちゃんにはそれきり会っていない。
6年生の終わりに入る冬に、
ぼくは命の灯火を終えた。
4年間の闘病生活だった。
疲れ切っていた。
時々、無機質な病室の窓から飛行機雲を見つけることがあった。そのたび、約束を思い出した。
そして飛行機がちえちゃんのところまで飛んでいくのを願った。
想像するんだ。
ちえちゃんが飛行機雲を見つけて
「こまちゃんに教えなきゃ!」
と、ぼくのことを思い出している姿を。
そんな想像をするだけで
不思議とお腹の真ん中あたりが
ほこほことあったまる。
薬の副作用で吐き気がおさまらない時も
食べれないくらい身体がだるくてしんどい日も
髪の毛がごっそり抜けて落ち込んだ時も
あの約束を思うだけで
ぼくの痛みを幾分和らげてくれた。
きっと今でも
飛行機雲はちえちゃんの心に
ぼくの面影を運んでくれているだろう。
