NetflixのWBC独占配信について──スポーツの楽しみ方はむしろ健全に?
Netflixが、来年のWBCの全試合を独占配信すると発表した。前回までのように地上波テレビでの放送はなく、WBCを無料で見ることはできなくなった。
これに対し、野球ファンからは「熱心な人しか見なくなる」「ファン層の拡大が望めない」といった、野球熱の衰退を危ぶむ声が上がっている。
大谷翔平らを擁する日本代表が世界一となった前回大会の決勝戦の世帯視聴率は42.4%。来年日本代表がどれだけ活躍しても、前回の視聴者数を上回ることは難しいだろう。
反響の大きさを受けてか、日本プロ野球機構が声明を出している。
本日、NetflixがWORLD BASEBALL CLASSIC INC.(以下、「WBCI」といいます)と、2026年3月に開催される「2026 WORLD BASEBALL CLASSIC」(以下、「本大会」といいます)の日本国内における独占配信パートナーシップを締結したと発表しました。
この契約により、本大会で行われる全47試合が、Netflixでライブおよびオンデマンドで配信されることになります。
本大会の放送・配信に関する権利は主催者であるWBCIが独占的に保有しており、今回の決定についてはWBCIから事前に通告を受けておりました。
野球に限らず、国際大会はその競技の人気拡大の起爆剤になってきた。
2019年のラグビーW杯や東京オリンピックでのバスケ日本代表の活躍が
競技の人気向上につながったことは記憶に新しい。ここ30年の日本のサッカー人気はW杯無しにはありえなかった。W杯予選の試合が地上波で放送されなくなってから、周りでサッカー日本代表の話題が出ることは少なくなったのは確かだ。
そんな中でのNetflixのWBC独占配信に、野球ファンが不安を感じるのも当然だと思う。
ただ、次回のWBCに限らず、国際大会の地上波放送が難しくなっていくのは間違いない。WBCの放映権は100億円とも150億円とも言われている。その値段は今後上がることはあっても下がることはほぼありえず、収入減に悩む日本のテレビ局に買う体力はなさそうだ。
今回のNetflixの独占配信発表を受けて、前回大会を生中継していたテレビ朝日やTBSの株価は上がった。株主の目から見れば、WBCの放映権獲得は経営的にマイナスなのだ。地上波テレビを軸にした人気拡大というプロセスは、成り立たなくなりつつある。
であれば、プロ野球の各球団や野球関係者はNetflixの独占配信をいかに有効活用するかに知恵を絞るしかないのだろう。
例えば…WBC開催期間中にNetflixに加入した人には公式戦チケットにワンドリンク無料券をつける、新規加入者に観戦チケットが当たるキャンペーンを実施する、とか。
未来の野球選手を増やしたいのであれば、権利関係をクリアした上で子ども連れ限定の上映会を開いたっていいと思う。Netflix限定で各選手の舞台裏ドキュメンタリーや代表合宿の密着映像を配信すれば、WBCで野球に興味を持ったライト層をより深く引き込むこともできるはずだ。
大会そのものを「有料化」せざるを得ない以上、その金額に見合うだけの価値を提供し、息の長いファンを育てるきっかけとするよりない。
先日、吉本興業が独自のプラットフォームを使い、ダウンタウンチャンネル(仮)の配信をスタートさせると発表した。松本人志の活動再開の是非は別にして、これもひとつの「有料化」の動きと言えるだろう。
1925年にラジオ放送、1953年にテレビ放送が開始されて以来、お金を払わずとも大量の番組を楽しめる時代が到来した。YouTubeやTikTokの隆盛は、コンテンツの無料消費をさらに拡大させた。いまや僕たちは、1円も払わずに24時間を娯楽で埋め尽くせる生活を送っている。
だが、WBCや吉本興業の動きを見るに、そんな時代はもう終わりを迎えようとしている。テレビ局やスポンサー企業、YouTuberが「見せたいもの」ならいくらでも無料で見られるが、ユーザーが「本当に見たいもの」を見るためにはお金を払わなくてはならなくなってきている。
これからは、2009年のWBC決勝でイチローが放った決勝タイムリーヒットのような日本全体が感動を共有する「国民的瞬間」は生まれないのかもしれない。
それは寂しいことだ。けれど、僕は思う。
無料でみんなが同じものを楽しめた時代は幸福だったけれど、観たいものを観るために対価を払う時代が来るのならば、それはとても健全な時代だと。
もちろん、「有料化」は一部の人を遠ざける現実もある。野球だけでなく、音楽ライブや演劇、映画などが地上波から姿を消し、観たい人が観たいときにお金を払う仕組みに収束していくとすれば、「国民的コンテンツ」と呼べるものはますます減っていく。
けれども、分散化された小さな熱狂があちこちに点在し、それらがSNSを通じて束ねられることで、かつてのテレビ時代とは違う「国民的瞬間」が生まれる可能性もある。スタジアムに集まる数万人の歓声がネットを通じて拡散され、深夜にスマホで試合を見た人が翌朝に感想をつぶやく。そんな断片的な熱狂の集合が、これからの時代の「共有体験」になっていくのではないか。
WBC独占配信をめぐる今回の騒動は、単なる放映権の話ではない。無料から有料へ。瞬間の共有から、時間差の共有へ。僕たちの「楽しみ方の常識」が、大きく塗り替えられていく転換点なのだと思う。
