夏休みの宿題「読書感想文」の思い出
私がまだ中学生だった頃、夏休みの読書感想文という宿題が出た。
当時、とても頭の良い同級生が居て、仮にI君としておくが、I君は「読書感想文なんてだるいなあ。本を読むのがだるい」とうなだれていた。
そこで私は悪知恵を授けた。
「君なら、本など読まなくても、読書感想文くらい書けるのではないか?」
彼はハッとして、その知性漲る眼を、遠く未来を眼差すべき視線を、あろうことか私という人間に差し向ける。
すまん、やめてくれ。
私は目をそらしつつ悪知恵を続ける。
この課題は”読書感想文を書け”というものであって、”本を全部読め”などとは一言も指示していない。感想というなら、パラパラ眺めて、あとがきでもざっと読めば「感想」を膨らませられるだろう。
もちろん、これは冗談で言ったのである。
I君ならこのくらいの冗談は通じるだろうと思った。
なにより私自身は、こんなズルはしていない。
私の夏休みの読書感想文といえば、確か古事記や折口信夫の『死者の書』を大真面目に読み込だ記憶がある。
だが9月になり、蓋を開けてみると、I君は何を勘違いしたのか、私の話を真に受けて、本を読まない読書感想文を作成してきたのである。
さすがである。たいしたものである。
そして二学期も日々を重ね、秋になり、冬の前だっただろうか。
国語の授業で先生が嬉しい発表をしてくれた。I君の読書感想文(読んでない)が、校内のコンテストで学年1番の感想文として選ばれたというのである。次は全市だか、東京都だかのコンテストに進むという。読んでいないのに。
読まずに感想文を書き、しかも入賞するなど、私のような凡人には到底できることではない。さすがI君である。
私は誇らしくなり、休み時間に学校代表I君のところへ行き、声をかける。
おい、よかったな!
と、I君はなぜか顔色が悪い。
なるほど、顔面蒼白というのはこういうのか、と、まじまじ眺めたくなるほどである。
I君は、私を教室の外に連れ出して、言う。
読んでないことがバレたらヤバい!お前のせいだ!!
と。
こちらは一瞬、意味不明の事態にポカンと口を開けてしまった。
おや?入賞して喜んでいると思ったのに。
「安心するがいいよ!読んでないという事実は、決して口外しないよ(笑)」というような具合に、安心させるどころか、かえって不安を煽るような台詞を残して私はその場を離れたような気がする。
その後、I君の”読んでない”感想文がどこまでのコンテストに進んだのかは知らない。特に話題にもならなかったので、どうやらローカルな地元中学の「学年1位」の以上の評価を得ることはなかったのだろう。いずれにせよいつの間にかうやむやになった。
今も懐かしい夏の思い出である。
ひとつだけ、あのときの顔面蒼白の彼に言ってあげればよかったと悔やまれるのは、次の一言である。
「今から急いで、読めばいいだろう!!」
後出しでいいから読めばいいのである。
こんなこと、言われなくてもわかっているだろうと思っていたが、もしかするとI君は気づいていなかったのかもしれない。だからこそ顔面蒼白だったのかもしれない、と今更気づくのである。
I君は元気だろうか。
ちなみに私は国語の先生にとても良くして頂いていたので、私の力作「古事記の読書感想文」について先生のご講評をうかがってみた。
すると「いつものことながら字が雑で読みにくいよ…」という斜め上の評価を得たのみである。
手書き文字、恐るべし。
「古文書っぽくしてみたのですが…」という冗談で返したかどうか、よく覚えていない。
I君は読んでない感想文、こちらは読めない感想文。
この噛み合わなさはコミュニケーションの精髄を見るようである。
なんとも愉快な夏の思い出である。
おまけ −読書感想文におすすめの推薦図書3選
というわけで、個人的に読書感想文にするとおもしろいだろうと思う三冊をご紹介しよう。
第三位:泉鏡花『高野聖』
誰かこのルートを実際に歩いて、youtubeにアップロードとかしてくれないだろうか。行きたくないが、見てみたい世界である。
第二位:横光利一『蝿』
鍵になる象徴は複眼だろうか。
第一位:武田泰淳『ひかりごけ』
武田泰淳氏はおもしろい。両義性ということをこれだけドロドロとした薄暗い生命の蠢きとして描ける作者はなかなかいらっしゃらないと思う。
これも第一位:折口信夫『死者の書』
なお「まじめに、読書感想文の書き方を教えて」という声も頂くことがあるので、いつか公開しようと思う。
おわり
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