金村修における「物質性」と「他者」—写真・被写体・カメラをアクタントとして読む
金村修を読んでいて面白いのは、彼が銀塩写真を単なる懐古趣味として語っていないことだ。彼の関心は、アナログかデジタルかという好みの問題ではなく、写真の中で何が人間の意図に抵抗し、作者を超えて働くのか、という点にあるように思う。
『写真批評』の「ノイズこそ必要なんだ フィルムとデジタルの違いとは」で金村は、フィルムに残る粒子やノイズを、単なる欠陥ではなく、写真に「物質感」を与えるものとして捉えている。しかもそれは、見た目のザラつきにとどまらない。彼にとってフィルムの粒子は、デジタルにはない「抵抗してくるノイズ的な他者」でもある。ここでいう他者は、被写体だけを指していない。粒子、感材、現像、プリント、ノイズ――つまり像の成立に介入する非人間的な要素が、作者の意図に従わないものとして立ち上がっている。
この感覚は、金村が写真家を過度に主体化しないところにも表れている。『写真批評』のあとがきで彼は、写真を人間の「表現」や「創造」の場として持ち上げるより、むしろ機械の側の力として捉え、「神はカメラで、写真家はその下僕」とまで言う。かなり極端な言い方ではあるけれど、だからこそ重要だ。写真家が世界を一方的に表現するのではなく、カメラという装置の側が像の成立に強く参与している、という感覚がそこにはある。ここでいう「アクタント」とは、人間だけでなく、カメラやフィルムや被写体の側もまた、像の成立に働く行為体として読む、という意味である。
この視点は『挑発する写真史』でも一貫している。金村が惹かれる写真は、被写体の社会的属性や物語を過剰に説明する写真ではない。対談の中でも、彼は、身分や背景をすぐに読ませる写真より、むしろ「名前を奪い取る」ように人物を現前させる写真に価値を見ている。ここでも中心にあるのは、被写体を情報として消費することではなく、被写体・距離・フレーム・カメラの関係がどう像を成立させるか、という問いだ。写真は人が世界を説明するための道具というより、関係そのものが立ち上がる場として考えられている。
こうして見ると、金村は理論的にはニューマテリアリズムを参照していないとしても、かなり近い場所まで来ている。ジェーン・ベネット『震える物質――物の政治的エコロジー』が論じたのは、人間以外のものも出来事に参与するという物質の能動性だったし、カレン・バラッド『宇宙の途上で出会う――量子物理学からみる物質と意味のもつれ』が押し進めたのは、主体と対象が最初から分かれているのではなく、関係やもつれの中で立ち上がるという見方だった。金村はそこまで理論化してはいない。けれど、写真を人間主体の一方向的な表象としてではなく、人・カメラ・フィルム・ノイズ・被写体が入り乱れながら像を生み出す場として見ている点で、確かに接近している。
ただし、ここに金村の限界もある。彼は粒状性、ノイズ、不透明性、難制御性、他者性を、しばしば「物質性」という一語の下でまとめてしまう。見た目のザラつきと、制作上の制御不能と、存在論的な他者性とは、本来は同じではない。にもかかわらず、それらがほとんど連続したものとして語られるとき、議論は強さと同時に素朴さも帯びる。金村の面白さはまさにその跳躍にあるのだが、その跳躍を理論的に受け止めるには、やはりベネットやバラッドのような議論が必要になる。
それでも金村を読む価値があるのは、この素朴さの向こうに、写真を成立させる非人間的な働きへの感覚が確かにあるからだ。デジタルか銀塩かという古い党派性に戻るためではなく、写真・被写体・カメラのあいだで、誰がどこまで働いているのかを考え直すために、金村修はまだ十分に読まれ直されるべきだと思う。彼のいう「物質性」と「他者」は、その問いに与えられた、まだ荒削りだが切実な名前なのだ。
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付録|書誌
• 金村修『写真批評』合同会社PCT、2026年1月10日、360頁、ISBN 978-4-910646-06-0
https://photoandculture-tokyo.com/contents.php?i=6350
• 金村修・タカザワケンジ『挑発する写真史』平凡社、2017年2月27日、368頁、ISBN 978-4-582-23127-4
https://www.heibonsha.co.jp/smp/book/b275054.html
• ジェーン・ベネット『震える物質――物の政治的エコロジー』林道郎訳、人文書院、2024年
https://comet-bc.stores.jp/items/684ba967f65f800001011cba
• カレン・バラッド『宇宙の途上で出会う――量子物理学からみる物質と意味のもつれ』水田博子・南菜緒子・南晃訳、人文書院、2023年
https://www.jimbunshoin.co.jp/book/b633340.html
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