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長い夜と短い人生

時計の短い針が、まるで秒針のように感じる。
抗うつ剤のせいか、うつ病そのもののせいか。

一日が長く感じるのに、まだ2026年が明けたばかりだと思っていたのに、
もう五月だ。

コリンが来てから一年経つのだと思うと、
地球がものすごいスピードで太陽の周りを回っているのではないか、と思う。
なんてね。

SNSを見ると、幸せの教科書を読んでいる気分になる。
根暗なわたしにとっては、ヘッセやニーチェを読んでいる方が、
生き残るための、いわば「サバイバル術」という実用書を読んでいるようで、よほど為になる。

机の上には、定番のシオランの「生誕の災厄」、
ヘッセの「地獄は克服できる」、
ニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」、
ヘッセの「魂の手紙」が転がっている。
転がっている、というよりは、精神安定剤のようなものだ。

なんとなく最近思う。
完全に一人になった感覚。
後ろ髪を引かれながら、人間を嫌う感覚。
異星人として生きていく覚悟を決めたかのような、
どこか悲しく寂しい、孤独な選択。

ヘッセやニーチェを「解読」しているものを読むと、
まるで、歩き方や、ご飯の食べ方を解析しているような滑稽さを感じる。

まるで、

「人間は猿人から進化を経て、そう、人間は二足歩行なのだ!
だから靴が必要なんだ!」

みたいなね。

二足歩行になったからこそ、「腰痛」や「頚椎症」が出てきたことを、
忘れちゃいかんのだよ。

社会不適合者の皮肉はここでやめよう。
この気持ちを理解する者が少ないのはわかっている。
ただ、悲しみを吐露したいだけだ。

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