ホームスクール④それでも人と違うことをすることは難しい。
ホームスクールシリーズの休憩として、少し弱音を吐かせてください。
ホームスクールに関して、やはり家族、親族、ご近所さんまでも、
快く背中を押してくれる人ばかりではなかった。
音楽の道へ進むという「異質性」。
それを理解してくれたとしても、
クラシック音楽に救われた人にしかわからない感覚は、
やはりあるのだと思う。
医者に救われたものは、医者を高尚なものとみなし、
教師に救われたものは、教師を崇め、
音楽に救われたものは、音楽を神とする。
わたしには、幼い頃から、
世界の構造が鋭く見えすぎるところがあった。
父と母には深く愛され、
特に母からは、数え切れないほどの叱咤激励を受けて育った。
それでも、
わたしを本当の意味で救ってきたものは、
「人間」だけではなかった。
心療内科医でもなく、
教師でもなく、
ただ一部の恩師を除けば、
音楽、自然、動物たちが、
わたしに生きる力を与えてくれた。
そしてわたしは、
なんとかここまで生きてきたのだ。
「変わってるね」
「面白いね」
「一家に一人いてほしい」
そんな柔らかな言葉なら、
まだ「個性」として受け取ることもできた。
でも、
「上から目線?」
「高尚な話されても、、、」
「共産党みたい。」
そんなふうに、
本来の意図とは違うラベルを貼られることもあった。
タイトルの
「人と違うことをすることは難しい。」
という言葉は、
そもそも、
わたし自身が「異質」な存在だからだ。
特にこの日本では、
異質なものは、
いないものとしてみなす。
もしわたしが、
人間を嫌いになれたなら、
ニーチェのように昇華し、なれたのかもしれない。
もし孤独に徹し、
ひとりで生きられたなら、
ヘッセのように受容し、なれたのかもしれない。
しかし、わたしはベートーヴェンのように、
人間を深く愛している。
愛してやまない人間から、
心ない言葉を向けられるたび、
深く傷ついてしまう。
わたしにとって人生とは、
常に「人と違うことをする」人生だった。
だからわたしは知っている。
人と違うことをすることは難しい、と。
