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「ごめん」が言えなかった日について語ってください。

落語家としての目線、社会人としての失敗、人間としての照れくささ。

麗事では済まされない日常のなかで、人はどうやって感情を処理し、納得と未練のあいだで折り合いをつけていくのか。

そのプロセスを笑いと苦味で語りながら、私たちに「自分のこととして考える」時間を与えてくれる。

全ての会話が、自分自身の気づきに変わっていく。そんな読後感を、どうぞ。


Prologue:その沈黙の裏にあった“言えなかった感情”を、今なら言語化できるか?

人は失敗よりも、謝れなかった後悔の方を、長く持ち続けるものかもしれない。

「あの一言が言えなかった」「言わないまま誤解された」「もう会えない人に、ずっと謝れていない」——。

今回のテーマは、そんな“言葉にし損ねた感情”に向き合うもの。

「ごめん」が言えなかった日について、立川こしらが語る。

茶化しなが本編:あの日、「ごめん」が言えなかった自分へ

記:

こしらさん、謝れなかった経験ってありますか?

こ:

あるよ。むしろ、謝れなかった記憶しか残ってない(笑)

一番ダサかったのは、仕事ですっごくお世話になった人に対して、ちょっと調子乗って雑な対応しちゃったとき。向こうは何も言わなかったけど、たぶんすごい嫌だったと思う。空気でわかるじゃん?

それでこっちは「うわ、やっちまった」って思ってるんだけど、変なプライドが邪魔して言えないのよ。「すみませんでした」って。で、そのまま疎遠になる。

記:

言おうと思えば言えたんですよね?

こ:

言えた。タイミングだって何度もあった。でもそのたびに、「今さら?」とか「逆に重くなるかも」とか自分で勝手にブレーキかけてた。

本音は、謝ることで“自分の格好悪さ”を確定させたくなかっただけだと思う。

記:

プライドの防衛本能ってやつですね。

こ:

そう。でも、その“格好悪さ”って、もうとっくにバレてるのよ(笑)相手も察してるし、周りも見てるし、自分でもわかってる。

謝らなかった分だけ、自分が小さくなっていくのがわかる。気づいてるけど止められなかった。

記:

それ、どのくらい引きずりました?

こ:

未だに名前聞くだけで「うっ……」ってなる(笑)でももう連絡もしづらいし、相手ももう忘れてるかもって思うと、余計にタイミングを逃す。

でもね、不思議と“謝りそびれた記憶”って、自分の言動のブレーキにもなるんだよ。「前にこうやって失敗したから、今回はちゃんとしよう」って。

記:

じゃあ、謝らなかったことも、こしらさんの中では“学び”だった?

こ:

……うん、言い訳っぽいけど、そう思ってる。謝れなかった自分を、全部否定すると息苦しいから。

だから今は、間違えたら早めに「ごめん」って言うようにしてる。怖いけど、そのほうがあとでラク。

それでも、たまに言えないときあるけどね(笑)


記:

恋愛や家族の中でも、“ごめん”が言えなかったことって、やっぱりあります?

こ:

あるよ。というか、恋愛こそそれが一番難しい。

付き合ってた相手に対して、言葉選びを間違えて傷つけたことがあってさ。本当はすぐに「ごめん」って言えばよかった。でも「俺は悪くない」って心のどこかで思ってたし、謝ったら負けみたいな空気を感じて、そのまま何も言えなかった。

結果どうなったかって? 向こうが静かに去ってったよ。俺が「何もしてないのに…」って拗ねてる間にね。

今になって「あれは完全に俺のミスだったな」って分かる。でも、言いそびれた“ひとこと”が、その関係を終わらせた。

記:

家族には?

こ:

親父にね。昔、「お前には人を引っ張る器がない」って言われたことがあって、それがずっと引っかかっててさ。売れ始めた頃、「ほら見ろ」っていう態度を取っちゃったのよ。言葉じゃなくて、態度でね。

親父は何も言わなかったけど、あのときちゃんと「ありがとう」と「ごめん」を伝えてれば、もっと違う関係性が築けたかもな、って今でも思う。

謝るって、自分の中の“未完成さ”をさらけ出すことだから、なかなかできないんだよね。でも結局、それができなかったツケは、全部“じぶんの孤独”として返ってくるんだよ。


記:

でもそもそも、人間ってなんで謝れない時があるんですかね?

こ:

そりゃあ、「負け」だと思ってるからだよね。謝るって、自分の“正しさ”を一旦取り下げるってことでしょ? それができる人って、意外と少ないよ。

あと、“自分の中の演出”壊したくないんだよ。俺はこういう人間だ、こういうスタンスで生きてる——っていう、自己イメージ。

そのイメージの中で、「俺が悪いです、ごめんなさい」って言うのは、脚本にないセリフなんだよ。だから出てこない。

記:

でも、出さないで済む時代じゃなくなってきてる気もします。

こ:

そうだね。昔は「察する文化」で済んだかもしれないけど、今は“ちゃんと口にしないと伝わらない時代”。 謝罪ひとつ言わなかっただけで、人間関係が終わるスピードがめちゃくちゃ早くなった。

なのに、俺たちの中の“謝れない回路”は、まだ昭和仕様のままなんだよ(笑)

だからたぶん、これからの優しさって、「謝る勇気」込みのやさしさだと思う。

傷つけたかもって思ったら、ダサくても恥ずかしくても、まず言ってみる。それができる人は、逆に“強くてかっこいい”って時代になる気がしてる。


記:

でも逆に、謝れなかったことにずっとモヤモヤしてるのって、実は自分だけ……って場合もありますよね?

こ:

あるある。っていうか、それもかなり多いと思う。

俺の中では「うわ〜あれは申し訳なかったな〜…」ってずっと尾を引いてたのに、あとで思い切ってそれを話したら、「え?そんなことあったっけ?」って言われたことある(笑)

もうね、こっちは3年くらい心にしまってた“謝罪案件”だったのに、相手は秒で忘れてたの。

記:

謝れなかったことって、“謝ってなさ”以上に、“自分がそれを重く受け止めすぎてた”ってパターンもありますよね。

こ:

そう。それが一番ズレてて、一番こじらせるやつかも。

でもね、それも含めて“自分のために謝る”って感覚でいいと思ってて。 「許してもらいたい」とか「関係を戻したい」とかじゃなく、「ちゃんとけじめをつけたいから言わせてくれ」って。

たとえ相手が覚えてなくても、それって“自分を軽くするための謝罪”だと思うんだよ。

だから謝罪って、相手への礼儀でもありつつ、自分のための整理でもあるんだよね。


記:

じゃあ、最後に。もし今、言えるとしたら、誰に「ごめん」って言いたいですか?

こ:

うーん……正直、いっぱい浮かぶんだよな。仕事関係、恋愛、家族、全部。ひとりじゃない。でも、あえてひとつ選ぶなら——昔、俺が調子乗ってた時代に、すごく静かに距離を取った人。

あの人、多分何も言わずに離れたけど、俺が一番“謝るべきだった人”だと思う。

あのときは、自分が注目され始めて「俺、売れてきたな」って勘違いしててさ。で、その人の一言にムッとして、態度に出して。たぶん、相手は何気ない言葉だったんだよ。でも俺は「ナメられた」って思っちゃって、ふてくされて、返事も雑にして……。

記:

なんて言いたいですか、今なら。

こ:

「ごめん、俺、あの頃ほんとにガキだった。あなたは何も悪くなかった。俺が勝手に拗ねてただけだった」って、ちゃんと伝えたい。

謝ったからって何かが戻るわけじゃないし、相手にとっては今さらかもしれない。でも俺にとっては、それを“今なら言える”ってだけで、ちょっとだけ呼吸がしやすくなるんだよ。

記:

謝るって、過去の自分に責任持つ行為なんですね。

こ:

そうそう。未来の関係を修復するためというより、自分の記憶の中にある“あのシーン”を、少しだけましに編集し直すための作業っていうかね。

だから俺、これからも謝るつもり。下手でも、遅くても、それが“自分を軽くする方法”だから。


Epilogue:謝ることは、弱さじゃなく“再編集の力”だ

「ごめん」と言えなかった日々を、こしらは少し笑いながら、でもちゃんと噛みしめながら語った。

謝罪は関係を修復するための魔法ではないし、必ずしも相手の気持ちを変えるわけでもない。

でも、過去の“あのシーン”にもう一度向き合って、自分の中だけでも“整理をつける力”になる——それが、謝るという行為の本質かもしれない。

あなたにも、今なら言える「ごめん」が、ひとつだけあるかもしれない。


🗣️ コメントで教えてください:

  • あなたには、「言えなかったごめん」がありますか?

  • それは、どんな関係の中で起きたことでしたか?

  • 今なら、何をどう伝えたいと思いますか?

こしらの言葉に共鳴したこと、あるいは自分の中に眠っていた“謝りそびれた記憶”。

よければ、あなたの“ひとこと”をコメントで聞かせてください。
誰かに届くかもしれないし、自分の中の何かが軽くなるかもしれません。

👇「今なら言える」その“ごめん”を、ぜひここに。らも、ちゃんと後悔を抱えてきた男の、“今なら言えるかもしれない”対話がここに始まる。



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