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貴方がいるから私は「わたし」と呼ぶ

 試合を終えたばかりの2023年の初め、僕は友人と、プーケットの夜の歓楽街にいた。ゴーゴーバーやクラブから響く重低音。路上で売られる様々なモノ。雨上がりの、湿った蒸し暑さ。観光客が入り乱れ、街は熱気を帯びていた。僕はそのカオスな光景を楽しんでいた。

 友人がトイレに行っているあいだ、一人の女性が僕に近づいてきた。そこが何の店だったのか、今もよく思い出せない。バーだったのか、ショーの案内だったのか、あるいは別の何かだったのか。ただ、彼女は僕に声をかけ、勧誘するように話しかけてきた。

 そのとき、彼女が最初に言ったのは、「私はレディボーイ。あなたは大丈夫?」という言葉だった。

 その夜、僕は何人かのトランスジェンダー女性たちと、短く言葉を交わした。彼女たちはみな、自分のことを「レディボーイ」と名乗った。僕が簡単なタイ語を使っても、あるいは「カトゥーイ」という言葉を出しても、その言葉はあまり返ってこなかった。むしろ、彼女たちはその言葉を少し避けているようにも感じられた。

 彼女たちにとって「レディボーイ」は、外国人に向けたわかりやすい説明だったのかもしれない。観光客が自分たちに向けるまなざしを察し、その期待に応えるための言葉だったのかもしれない。あるいは、ただその場でいちばん自然に口にできる、彼女たち自身の言葉だったのかもしれない。

 けれども実際のところ、なぜ彼女たちがその言葉を選んだのか、僕にはわからない。ただ、その言葉だけが、雨上がりの湿った空気や、ネオンの光や、重低音の揺れとともに、今も記憶に残っている。

 言葉は、身体に先立つことがある。名前よりも先に、出身よりも先に、職業よりも先に、その人がどのような存在として見られるべきかを告げるように、言葉が置かれることがある。彼女たちにとっての「レディボーイ」も、もしかすると、そういう言葉だったのかもしれない。

 タイ語には「カトゥーイ」という言葉がある。その意味は、時代とともに変化してきた。現在では、主にトランスジェンダー女性を指す言葉として理解されることが多い。しかし、かつてはもっと広い意味をもっていた。同性を愛する男性や女性、生まれつき身体的な性の特徴が男女の典型に当てはまらない人など、現在では別々のカテゴリーに分類される人々を、広く指す場合もあったとされる。

 つまり、カトゥーイは単に「男性と女性の中間にいる人」を意味していたわけではない。男性か女性か。異性愛者か同性愛者か。身体の性と自認する性が一致しているか。そうした近代西洋的な区分そのものが、当時のタイ社会で現在と同じ形で成立していたわけではない。カトゥーイとは、男女二元論には収まりきらない多様なあり方を、より緩やかに含む言葉だったのだ。

 一方で、現代では「レディボーイ」という言葉も使われる。それは英語から派生した呼称でありながら、タイ独自の文脈のなかで使われてきた言葉でもある。その言葉は、外国人観光客の視線や観光産業と強く結びつきながら変化してきた。そこでは、トランスジェンダー女性やカトゥーイが、華やかで、性的で、人を楽しませる存在として表象されることが多い。

 タイでは、カトゥーイをはじめとする人々が、テレビや舞台、歓楽街などで高い可視性をもってきた。エンターテインメント業界で活躍するカトゥーイやレディボーイの人々は、その才能や努力によって多くの人を魅了してきたし、その存在は文化や観光産業の一部として重要な役割を担っている。だからこそ、タイは性的少数者に寛容な国だと語られることがある。

 けれども、見えていることと、受け入れられていることは同じではない。かつては、舞台やテレビでは歓迎されても、教師や公務員、管理職、政治家のような立場にはふさわしくないと見なされることがある。人を楽しませる存在として親しまれても、一人の生活者として尊重されるとは限らない。

 明るく、面白く、華やかであることを期待される人に、ただ静かに暮らすことは許されるのだろうか。可視性は、必ずしも寛容や平等を意味しない。人は、見えないことで消されることもある。けれども、見えることで、役割のなかに閉じ込められることもある。

 タイで結婚平等法が成立したとき、世界中のニュースがそれを祝福した。そのこと自体は、大きな出来事だった。だが、それはタイがもともと寛容だったから自然に実現したものではない。性的少数者を観光資源や娯楽としてだけ見るまなざしに抗い、一人の生活者としての尊厳と権利を求めてきた人々の、長い時間の先にあるものだった。祝福の言葉の裏側には、いつも、見えなかった人々の時間があったのだろう。

 ただ、「カトゥーイ」を正しい言葉、「レディボーイ」を誤った言葉として分けてしまえば済む話でもない。カトゥーイもまた、時代のなかで意味を変えてきた。レディボーイも、外国人から一方的に押しつけられただけの言葉ではない。当事者自身によって選ばれ、ときには自己表現として、ときには生活のための資源として使われている。

 だから、プーケットで出会った彼女たちが「レディボーイ」と名乗ったことを、僕はひとつの意味に閉じ込めることができない。外国人である僕の期待を先回りした演技だったのかもしれない。彼女たち自身が選び取った言葉だったのかもしれない。その場所で生きるための、もっと実際的な言葉だったのかもしれない。おそらく、そのどれか一つだけではないのだろう。

 思い返せば、僕自身も、ずっと言葉を使い分けてきた。正直、自分自身を「ゲイ」という言葉だけで代表できるとは思っていなかった。だからこそ、固定化されにくい「クィア」という言葉を名乗ろうとしたこともある。そこには、性的指向だけでは説明できないものがあった。移民の子どもとして、複雑な国籍や言語、階級、文化のあいだで育ったこと。どこかに属しているようで、いつも少しだけずれていたこと。そうしたものすべてを、「ゲイ」という一語だけで表すことはできなかった。

 それでも、病院や市役所といった公的な場面では、男性として名乗る方がスムーズだったし、自分が男性同性愛者であることを簡単に伝える必要がある場面では、やはり「ゲイ」という言葉を使うのがいちばん理解されやすい。違和感があっても、その言葉を使うことでしか通じない場面がある。

 自分を正確に表すためではなく、その場をやり過ごすために選ぶ言葉もある。相手に説明するための言葉。誤解を少なくするための言葉。深く踏み込まれないための言葉。これ以上、説明しなくて済むようにするための言葉。

 そう考えると、あの夜、彼女たちが「レディボーイ」と名乗ったことを、僕は簡単に判断できない。その言葉は、彼女たち自身をどれほど表していたのだろう。あるいは、外国人に見える僕に向けて、どれほど調整された言葉だったのだろう。そこには、僕自身が「ゲイ」や「クィア」や「男性」という言葉を場面ごとに使い分けてきたことと、どこか通じるものがある。

 私たちは、自分の内側だけで「わたし」になるのではない。誰かに見られ、呼ばれ、期待される。その呼びかけに応じたり、抗ったり、ときには利用したりしながら、ようやく自分の輪郭をつくっていく。

 ここでいう「わたし」とは、私自身の本質のことではない。むしろ、他者との関係のなかで一時的に形をとる、私の呼称のようなものだ。

 貴方がいるから、私は「わたし」と呼ぶ。その「わたし」は、私の内側からだけ生まれるのではない。誰かのまなざし、誰かの欲望、誰かの期待、そしてそれに応答しようとする自分の声のあいだで、ようやく形をもつ。

 「カトゥーイ」と「レディボーイ」のあいだには、タイの歴史、西洋的なジェンダー概念、観光客の欲望、国家制度、人権をめぐる言葉、そして当事者自身の選択が重なっている。

 そして、彼女たちの言葉を解釈しようとした僕自身も、その関係の外側にはいない。僕もまた、彼女たちに向けられるまなざしをつくる一人であり、同じように、関係性のなかで言葉を使い分けながら生きてきた一人だった。

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