【元教員セカンドキャリア】49歳教頭退職で見つけた人生後半の可能性
教頭になれば、
どうにか満たされると思っていました。
長年、教育現場で
積み上げてきた経験の集大成。
責任も、立場も、安定もある。
それなのに…
心の奥にある違和感が
どうしても消えませんでした。
「このまま定年まで進んで、
本当におもしろいのか?」
これは、長い間ずっと、
誰にも言えなかった本音です。
恩師や諸先輩方が
今までしてくれたこと、
今度は自分の番だと
言い聞かせていました。
▢ 教員として27年間、やり切った
私は、小学校教員として
27年間、教育現場に立ち続けてきました。
担任として子供たちと向き合い、
学年主任や生徒指導主事として
学年や学校全体をまとめ、
指導教諭、主幹教諭を経て、
最後は教頭職に就きました。
子供たちの成長を
一番近いところで見られる。
保護者といっしょに、
お子さんの成長を喜び合える。
職員を自分なりに支えながら、
現場の内側と外側の両方を
広く深く見てきたつもりです。
文部科学大臣優秀教職員賞を受賞し、
スポーツ監督では全国制覇、
アジアカップ優勝も経験しました。
客観的に見れば、
「やり切った教員人生」
そう言われても
おかしくない経歴だったと思います。
それでも…
主幹になってから、
ふと気づいたことがありました。
▢ 主幹・教頭になって気づいたこと
主幹になり、教頭になってから、
仕事の内容は大きく変わりました。
授業よりも会議。
子供たちよりも書類。
蚊帳の外に置かれたような気分。
それが悪いわけではありません。
必要な役割であり、大切な仕事です。
でも…
担任だった頃に感じていたものが、
かなり遠ざかってしまった…。
「あぁ、もう二度と戻ってこないんだ」
担任だった頃。
「先生、ありがとう!」
子供の表情が輝く瞬間。
それを見た時、
胸が熱くなって、
涙が出たこともあった。
自信なさげな子が、
一歩前に進めたときの勇気。
保護者の方から
「うちの子、いい子でしょ~先生」
と自慢された時の温かさ。
そうした瞬間が、
たまらなく嬉しかった。
主幹になり教頭になってから、
その瞬間は、まったくなくなった。
会議、書類、調整。
大切な仕事だ。責任もある。
でも、心が動かない。
一生懸命さの先に感動がないというか…。
気づけば、一日が終わっても、
心が大きく動くことがなくなっていました。
忙しい。
責任もある。
やりがいも、確かにある。
それでも…
どこか、満たされていない。
「本当は、もっと役に立ちたい」
「本当は、もっと深く関わりたい」
「本当は、もっとできるんだ!」
その気持ちの行き場が、
分からなくなっていました。
「俺って何?
何のために教員になったんだっけ?」
▢ 49歳で、安定を手放す
49歳。
世間的には、
これからは守りに入る年齢です。
実際、周囲からは、
いろいろな声が聞こえてきました。
「うそ、なんで、辞めたの?」
「えっ、山近さん…もったいなくない?」
「やりたいことあるんだろうけど、何を始めるつもり?」
どれも、もっともな意見でした。
そりゃ私自身も、
同じことを何度も考えました。
収入が保証されている立場。
これまで積み上げてきたキャリア。
数年教頭をすれば、
校長にもなってたでしょう。
家族のこと。
生活のこと。
不安がなかったと言えば、嘘になります。
それでも、
心の奥に残り続けていた感覚がありました。
「このまま進んだ先に、
自分は本当に納得できるだろうか」
毎日を無難に終えることはできる。
でも、違和感を抱えたまま、
何年も過ごしていく自分の姿は、
どうしても想像できませんでした。
辞める理由を、誰かにうまく
説明できたわけではありません。
ただ、
「まだ終わりたくない」
「こんなとこで負けたくない」
「夢があるんだ!」
その気持ちだけが、
最後まで消えませんでした。
▢ 50歳の再スタート
教頭を退職してから、
すぐに道が見えたわけではありません。
50歳。
肩書きも、立場もなくなり、
「何者でもない自分」
からのスタートでした。
教職公務員の肩書き、
想像をはるかにこえる
社会的な価値があったんだなと…。
何から始めればいいのか。
何ができるのか。
正直、はっきりとは
分かっていませんでした。
自己流で学び、
手探りで動き、
遠回りもたくさんしたはずです。
思ったように
進まないこともありました。
時間だけが過ぎていくように
感じた時期もあります。
「本当に、この選択でよかったのだろうか」
そんな問いが、
頭をよぎることもありました。
でも、ここで
立ち止まることはしませんでした。
理由は、
何か特別な人脈や確証、確信が
あったからではありません。
ただ、
『元の場所に戻るという選択肢が、
自分の中になくなってしまった』
それだけでした。
手探りで進む中で、
自分に3つの約束をしました。
1つ目。
失敗は経験。何でもOK。
もっと自分らしく生きる。
完璧主義だった
教員時代を脱ぎ捨てて、
泥臭く何でもやってみることにした。
2つ目。
楽観的がちょうどいい。
人生もビジネスもゲーム、楽しんだらいい。
真面目すぎた自分を手放して、
心地よく人生を楽しむことを最優先にした。
3つ目。
最高の俺になる。
根拠のない自信が全て。
愛情、決断、実行。
この3つで、自信を磨き続ける。
この根拠のない自信が、
私自身を自由にしてくれた。
▢ 当たり前にやってきたこと
何かを大きく変えた出来事が、
あったわけではありません。
あるとき、
人と向き合っている自分を、
ふと客観的に見た瞬間がありました。
相手の話を、最後まで聴く。
分からないところを、
言葉を変え、
手をバタバタ動かし、
顔を真っ赤にして説明する。
そして、理解できるまで、
何時間でも待つ。
それは、
教員として、
監督として、
父親として
当たり前にやってきた関わり方でした。
でもそのとき、
「仕事」としてではなく、
「自分そのもの」として
やっていることに気づいたのです。
早く結論を出させない。
無理に背中を押さない。
分からないまま、次に進ませない。
そして、
人から与えられた正解じゃなく、
自分で見つけた納得解にしか価値はない。
高価なダイヤモンドより、
必死に探して見つけた
お気に入りの石ころの方が
ずっとずっと
大切にできる。
気づけば、
そうした関わりを求めてくれる人が、
少しずつ増えていました。
そのとき、ふと気づいた。
教員として27年間やってきた
育てる
対話する
傾聴する
待つ
それが、そのまま
コーチングという仕事に活きるんだ。
新しいスキルを学ぶ必要はない。
これまでの経験が、
そのまま武器になる。
しかも、コーチングは
一人ひとりと深く関われる仕事。
言葉は悪いけど、
本気の人とだけ狭く深く関われる仕事。
担任時代に味わっていた
あの感動を、
今度は大人と再び味わえるんだ。
コーチング起業を選んだ自分、
これはもう必然でした。
▢ 再び、心が動く仕事
今、私は
40・50代の「育てる力」ともつ方が、
コーチング起業で収益化できるよう、
マンツーマンで完全伴走しています。
教員、元教員、講師。
教室経営者、管理職、チームリーダー。
そうした「育てる経験」をもつ人が、
その力を「稼ぐ力」に変える。
それが、私の仕事です。
派手な変化があったわけではありません。
でも、確かな変化はありました。
やっていることや想いは、
以前と何も変わっていません。
ただ、
それをどこで、誰に使うかが、
変わっただけでした。
それでも、
教頭として職員室に座っていた頃より、
今のほうが、
はるかに自分らしく生きている。
童心に戻った感じです。
理由は、はっきりしています。
本気の一人ひとりと、
深く関われているからです。
不安を抱えたまま話し始めた人が、
少しずつ言葉を見つけていく。
迷いながらも、
「やってみます」と自分で決める瞬間。
その表情を見たとき、
胸の奥が静かに熱くなるのを感じます。
それは、担任時代に
「先生、ありがとう!」
と言われた時と、同じ感覚でした。
仕事の形は変わっても、
自分が大切にしたいものは、
何も変わっていなかったのだと思います。
▢ 人生後半の可能性
もし、今のあなたが、
このまま定年を迎えていいのか、
どこか心に引っかかりを
感じているとしたら。
あるいは、
仕事はこなしているけれど、
以前のように心が
動かなくなっているとしたら。
それは、
意欲が足りないからではありませんよ。
もちろん、
能力が衰えたからでもありません。
これまで、
誰かのために時間を使い、
責任を引き受け、
役割を果たしてきたからこそ、
生まれてくる感覚だと思います。
人生後半は、
新しい何かを『足す』時間ではなく、
大切にしたいものを、『選りすぐる』時間
なのかもしれないと、
最近になってつくづく感じています。
ただ、
それに気づくには、
一度立ち止まる時間が
必要なタイミングもあります。
ここで、
何かを決めなくてもいい。
すぐに動かなくてもいい。
ただ、
「自分はどう在りたいのか」
その問いを、
胸の片隅に置いてもらえたら十分です。
▢ 立ち止まって、考えていい
私は、誰にでも新しい道を
勧めたいわけではありません。
今いる場所で、
納得して生きられているなら、
それが一番すてきだと思っています。
無理に変わらなくていい。
無理に動かなくていい。
ただ、もし心のどこかで、
「この場所では終われない」
という感覚が消えないとしたら。
それは、
焦るべきサインではなく、
「立ち止まって考えていい合図」
なのかもしれません。
人生後半は、今さら
YouTubeや自己啓発本に登場する
誰かの正解をなぞる模倣ではありません。
何者かにならなくてもいい。
あなたらしさが、一番。
人と比べるための成果ならいらない。
あなたなりが、一番。
ただ、たった一度の人生で、
自分が大切にしたいものと、
もう一度つながり直す。
その選択肢が、
ここにあることだけ、
伝えておきたいと思いました。
必要な人だけ、
静かに覗いてもらえたら十分です。
こんにちは!
改めて自己紹介をさせてください。
Well-Being coaching 代表
山近克彦(かつ)です。
ここまで読んでいただき、
本当にありがとうございます。
人生後半の進路を、
もう少し整理して考えたい方へ。
必要な人だけ、
こちらを用意しています。
