幻獣戦争 1章 1-1 再起する夕暮れ④
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序章 1章 1-1再起する夕暮れ④
勇司と一緒に取調室を出た後、そのまま九州要塞司令部作戦本部長室へと連れていかれ、本部長室前で勇司は仕事があるんでな。そう言葉を残し去って行った。俺はドアの前で軽く息を吸い本部長室へ入室する。本部長室は入口ドアの正面に作戦本部長が座る大型のデスクと、その手前に応接用のテーブルとソファが置かれ、部屋の奥壁は一面強化ガラスで作られた壁で覆われ、日差しがデスクを射すように設置してある。
入室してすぐ懐かしい背中が俺を迎えてくれた。田代(たしろ)誉司(たかし)作戦本部長。九州地区における軍の最高責任者だ。4年前に比べ白髪が増えているようだが、一目見ればわかる昔のままの姿。本部長はデスクから席を外して窓際に立ち沈む夕日を眺めているようだ。
「……君が幻獣を倒したという報告を受けたとき、何かの間違いかと思ったよ」
本部長は背を向けたまま、入室してきた者が俺だと気づいてるのか言葉を紡ぐ。
「さあそんな所に突っ立ってないで、こっちに来て座りたまえ」
本部長はこちらに振り向き薄く微笑み言葉を続け、応接用のソファへ座り直す。俺は黙って対面のソファに着座。罵声のひとつでも受けると思っていたが、むしろここからか?
「もう夕暮れでしたか……通りで腹が減るわけだ」
俺は何気なく言った。他に尽くせる言葉がでなかった……謝るとこでもないが沈黙が辛い。
「ん? ああ、じきに出前が届くよ。無論君の分もな」
「ありがとうございます」
「さて……今回の件だが君が戦ってくれたおかげで大分助かった。ありがとう」
本題に入りたかったのか、礼を軽く受け流し本部長は口火を切り、笑みを向けてくれた。
「いいえ。元自衛軍軍人として当然のことをしたまでです」
「がっはっはっは。本音は?」
被りを振る俺を見て本部長は嘘を吐くなと噴出する。冗談だとわかっているからだ。
「ついてなかったな、ってとこですかね」
「それを聞いて安心したよ。いよいよ本当に壊れてしまったかと勘違いするところだったぞ」
苦笑いで答える俺に本部長は軽口を叩き、本題に入りたいのか笑みを消す。
「酷いですね」
「誰かさんが退官したほどではないと思うがね」
俺の呟きに本部長は伏し目がちに言う。出来れば笑い話で終わってほしかった……
「やっぱり怒っていますか……」
「いや違う。すまなかった。やはりまだ本調子ではないようだな」
俺の反応に慌てて本部長は取り繕う。きっと軽く返して欲しかったのだろう。この4年間ずっと負い目を感じていた。卑怯者と罵られればその通りで、どんな理由があろうと逃げた事実は変わらない。
「俺には答えようがありません。昔の俺はもっと明るかったですかね?」
「どうだろうな。少なくとも今の君のように目が泳いではいなかったよ」
困り気味に言う俺の目を見て本部長はそう答える。今の俺はどういう顔をしているのだろうか? わからない。
「そうですか……」
「話を戻そう。実は助かったという言葉にはもう一つ意味がある」
俺の相槌に軽く咳払いすると、改めて本部長は言葉を続けた。
「それは一体?」
「麗奈君の事だ。正直扱いに困っていたところでね。君の下に戻るおかげで我が軍は元気になる」
俺の問いに本部長は困った顔をして言う。
「何故ですか? あいつは頑張っていたはずでは?」
「勿論そうだ。君とほとんど変わらない戦果を挙げてくれている。ただ、問題があってだな……」
「問題とは?」
本部長の言葉が気になり俺はさらに質問を続ける。あいつは何をやったんだ? どうしようもない疑問が俺の中に沸いてくる。
「……君の勤めていた工場は弾薬を生産していたな?」
本部長は少し考え遠回しに質問する。その通りだが、何の関係があるんだ?
「はい」
「最近、仕事が忙しくなかったかね?」
即答するが同時に気づいてしまった。本部長は、もうわかるだろう? と質問を続ける。
「まさかとは思いますが、もしかして……」
「彼女は君以上に大食感でな。君が大食らいならさしずめ彼女はブラックホールといったところだな」
俺の言葉に本部長は困り気味に苦笑いする。
「なるほど。ですが、隊員が減るよりマシでは?」
「それはそうだ。現に彼女は最小限の損害で最大限の戦果を挙げてくれている。それは間違いない。しかしなあ、私はいつも彼女の報告書を何度も見返してしまうのだよ……これが現実なのかとな」
俺の尤もな投げかけに本部長はそう答え消沈する。あいつはどれだけ弾薬を消費しているんだ?
「なるほど。別の言い方をすれば、最大限の消費で最大限の戦果を挙げ続けているわけですか」
「相変わらず飲み込みが早くて助かる。私も真剣に悩んでいたのだよ」
俺の言い換えに本部長は真顔で答えた。彼女を後方に回すか本気で検討していたのだろう。弾薬の消費が激しいという事は後々部隊に供給できる弾薬が減るということ。それは最終的に人員の損害を呼び敗北を意味する。
「そんな時に私がやらかしたと」
「そうだ。無理強いしているのは理解している――しかし、人類には君が必要だ」
寂しく笑う俺に本部長は何処か躊躇いがちに言う。この人も英雄なのだな。昔の俺と同じで諦めが悪く今も戦っている。
「そうですか……」
しかも、この人は今この時点でも迷っているのだ。俺を呼び戻すべきか……断りたい。逃げたい。が、逃げるわけにはいかない。だって――
「不甲斐なくてすまない。だが私は……孫の世代にまでこの戦争を受け継がせたくはない」
本部長は申し訳なく吐露する。この人は、俺があけた穴をどうにかしようとしていたのだ。ずっと。それだけで涙がでてきてしまいそうになる。不甲斐なくて申し訳ありません本部長。
「人類は、勝利できると思いますか?」
「君達が手を組めば必ずできる」
俺の問いを本部長は断言する。その瞳に真剣さが混じっているのがわかる。顔を上げなければいけない――心情的な意味で。無理やりにでも俯くのを止めなければいけない。
「私が逃げた事……怒らないのですね」
「誰だって逃げたい時はある。へこたれる時もある。死にたくなる時もある。それでも、人類は、人間は、漢は立ち上がる。私はそう信じている」
冗談交じりに呟く俺を本部長は微笑み鼓舞する。出来れば怒ってほしかった。そうすれば幾分かまだ気持ちが楽だっただろう。
「……」
「さて、比良坂陸将。君の部隊についてだが」
沈黙する俺に軽く咳払いして本部長は話題を戻す。
「……はい」
「ああ、安心してくれ。まだ君の幕僚達は誰も死んではいない。現在九州の各駐屯地でそれぞれ部隊長、あるいは指揮官勤務についている。これを全て君の揮下に戻す。若本君がその再編を急いでくれている」
緊張気味に返事をする俺に本部長は察してか先にそう言ってくれた。
「はい」
「君に預ける将兵は直轄の陸上部隊1個師団、加えて航空から10個編隊、海上からは7艦隊の支援を取り付けている」
「待ってください。航空、海上の部隊は要塞規模の戦力です。どこから引っ張ってくるつもりですか?」
本部長の言葉に驚き俺は思わず訊き返す。陸上部隊は九州要塞の陸上総兵力の3割。ここはまあわかる。しかし、航空部隊と海上艦隊は要塞戦力の半分を超える。
「はっはっは。君はたまに鈍感な時があるな。わからないかね?」
「まさか――」
何を今更、と本部長は笑う。俺は気づいた。この人は……
「私は、君達に賭ける事にした」
本部長はそう言葉を紡ぐと、俺の肩を軽く叩く。
「……」
「微力を尽くします。そう言えない君だからこそ、私は信頼することが出来る。責任は私が持つ――頼む」
返答できない俺にまるで全てを託すと言っているかのように、本部長は笑顔で告げる。博打すぎる。もし俺達が敗北すれば九州地方における殆どの戦力を失うことになる。
「……わかりました」
俺は頷くことしか出来なかった。勇司もそうだがこの人も本気のようだ。本当に俺で良いのだろうか?
「では陸将。これからの予定だが、君には4年分の座学を受けなおしてもらう」
「――はぁ」
「不服そうだが、4年も離れればやり直しをしておいたほうが良いと思うが?」
拍子抜けする俺に、嫌かね? と聞きたげに本部長は問う。
「感謝します!」
「よろしい。今丁度初等教育を受けている隊員達がいる。明日彼らと一緒に学ぶと良い」
説教されそうな気がした俺はしゃっきりと返答する。それを満足げに頷き、本部長は面白そうに笑みを浮かべる。
「いや、それは……」
「はっはっは。そう渋い顔をするな。良い刺激になるぞ。さて、そろそろ飯が来るな」
嫌そうな俺に本部長が語り掛けると丁度ドアが開き、鮨桶をもった隊員が入室してきた。えらくタイミングが良いな。と、思わず目を向けてしまう。「今日は私のおごりだ。鮨を頼んである。たらふく食べたまえ」
本部長はお茶を淹れようとそう言って席を立つ。
俺は素直にご相伴に預かることにした……明日から面倒になりそうだ。
次回に続く
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