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妖怪リサイクル

―再び畏怖の対象へ

妖怪にも歴史がある―。法政大学理工学部教授・横山泰子氏の講座「江戸の妖怪」を聴き、そのことをあらためて思い知った。古代、自然の脅威や国家の危機を告げる畏怖いふの対象だった妖怪は、中世を経て江戸時代に至り、武士に退治され、絵巻に描かれ、やがて笑いと娯楽の道具へと姿を変えていった。だが、そのままでいるはずはない。妖怪へのおそれを受け継ぐ都市伝説は、必ずどこかで"復権"する。歴史は繰り返す―。そんな予感がする。

娯楽への変遷

古代の妖怪は、自然への畏怖そのものだった。雷や疫病、飢饉といった説明のつかない出来事の背後に、人々は妖怪や化け物の姿を見た。国家や政権の危機を告げる予兆ともされ、社会全体が本気で恐れる対象だった。妖怪は、目に見えない不安の受け皿だった。
 
中世に入ると、人知を超えた妖怪や化け物が勇猛な武士に退治される物語が登場し、武家政権の正当性を語る装置となった。絵巻物も盛んに描かれ、妖怪は視覚化・定型化されていく。江戸時代、技術と都市開発が自然への優位を確立し、妖怪は恐怖から娯楽へ変わった。
 
恐怖から娯楽へ―。この構図は都市伝説にも受け継がれる。1979年に全国を席巻した「口裂け女」は、マスクの女に「きれい?」と問われる恐怖で子どもたちを震え上がらせた。1993年には石神井公園(東京都練馬区)で「ワニ騒動」が起き、大勢の見物客と報道陣が押し寄せた。

新たな対象

妖怪は、今やレトロで愛らしい娯楽の対象である。だが、そのバトンを受け継ぐ都市伝説は、まだなかなか怖さがある。妖怪も都市伝説も、その時代特有の不安や闇、例えば自然の脅威、社会の緊張、見知らぬ他者への恐れなどを映し出し、人々の胸に教訓を刻みつける装置として機能してきた。

恐怖として生まれ、語られ、やがて娯楽として消費される。江戸の「妖怪革命(妖怪の娯楽化)」がそうだったように、都市伝説もいずれ牙を抜かれ、キャラクターとして愛される日が来るだろう。ただ、そのとき、新しい畏怖の対象が、また静かに生まれているに違いない。

次に"復権"する妖怪は、もう隣にいるのかもしれない(続く)

(写真:『りすの独り言』トップ画像/百鬼夜行=AI作成)

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