双極性障害について、医師であり当事者である私が伝えたいこと——なぜこの図を作ったか

はじめに——この文章の立場について
最初に、この文章の性質を明確にしておきたい。
私は外科医であり、同時に双極性障害の当事者だ。この文章は、その二つの立場から書いている。ただし、私は精神科の専門医ではない。ここに書かれている内容は、精神医学の確立された知見をそのまま伝えるものではなく、一人の当事者が、自身の臨床経験と関連する医学的知見を手がかりに考察したものだ。
「医師が書いているのだから正しいはずだ」とは、どうか受け取らないでほしい。
この文章の価値があるとすれば、それは「こういう視点で自分の経過を捉え直した人がいる」という一つの素材を提供することにある。あなた自身の経験と照らし合わせて、「そうかもしれない」「自分は違う」と、自由に考えるための出発点として使ってほしい。
この図を作った理由
この図は、過去の自分に届けたかったから作った。
「治療すれば元に戻れる」と思っていた。おそらく多くの人がそう思う。風邪をひいても、骨を折っても、適切に治療すれば回復する。病気とはそういうものだと、私たちは体で知っている。
だが、双極性障害は少し違う。
私はこの病気によって、自分でも想像していなかった深いところまで落ちた経験がある。医師として、そして人間として、簡単には言葉にできないような場所まで。
その経験があるから、今これを書いている。
「また再発した」は、ただの繰り返しではない
診断から今まで約10年間、日本と海外で様々な治療を経験してきたが、躁状態やうつ状態のエピソードを何度か経験した。つまり、「再発した」。
そして正直に告白すれば、私はいつしか再発に対して楽観的になっていた。「再発することには慣れた」「再発しても、そのたびに自分はもっと強くなっている」——そう思い込んでいた。再発は「乗り越えた経験」ではなく、「蓄積されたダメージ」だった可能性がある。そのことに気づくまでに、長い時間がかかった。
今になって私はあることに気づいた。回復しているはずなのに、どこか以前とは違う。エネルギーの天井が、少し低くなっている気がする。そして、次のエピソードは、以前より些細なことで引き起こされる。
これは気のせいではないかもしれない。
精神医学の一部の研究が示唆しているのは、エピソードを繰り返すことで脳に累積的な変化が起きる可能性があるということだ。神経細胞の成長を支えるタンパク質(BDNF)のレベルが気分エピソード中に低下することが、複数のメタアナリシスで報告されている¹⁾²⁾。また、Postが提唱したkindling仮説では、エピソードを重ねるほど、次のエピソードを引き起こすのに必要なストレスの閾値が低下していくと考えられている³⁾。
ただし、これらの知見には重要な留保がある。 BDNFの低下はエピソード中に観察される現象であり、寛解期には正常化するという報告もある¹⁾。kindling仮説についても、双極性障害における検証は一貫した結果を示しておらず、すべての患者に当てはまるわけではない⁴⁾。適切な薬物療法(特にリチウム)で長期安定を維持している人も少なくない⁵⁾。つまり、ここで述べていることは「こうなる」ではなく「こうなりうる人がいる」という水準の話だ。
医師としての私には、ある疾患が頭に浮かんだ。心不全だ。
心不全には「心不全ラダー」と呼ばれる概念がある。急性増悪と部分的な回復を繰り返すたびに、心臓の機能が段階的に低下していく軌跡を示したものだ。双極性障害の経過は、構造的にこれと似ているように見える。
ここで一つ、重要な注意が必要だ。 私はあくまで「構造的な類似性」に着目してこのアナロジーを用いている。心不全は器質的な変化に基づく不可逆的な進行を特徴とするが、双極性障害のneuroprogression(神経進行性変化)は現時点では仮説段階であり、疾患経過の進行性は一部の患者群にのみ認められるという見解もある⁶⁾。可逆性についての議論は決着していない。「心不全と同じように不可逆的に悪化していく」という意味ではない。この点は強調しておく。
その構造的な気づきから、私はこの図を作った。
なぜ、この視点はまだ広く共有されていないのか
心不全の患者には、医師がラダーの図を見せながら「だからこそ再入院を防ぐことが大切なんです」と説明する。ではなぜ、双極性障害の患者には、同じような経過の見通しが共有されにくいのか。
「また再発してしまった」と自分を責めている人に、「それはあなたのせいではなく、この病気の性質かもしれない」と、なぜ伝わりにくいのか。
ただ、この視点がまだ十分に共有されていない背景には、それなりの理由もあるのだと思う。双極性障害のstagingモデル(病期分類)は研究が進んでいるものの⁵⁾、心不全のように確立されたバイオマーカーで裏づけられた段階ではない。また、この種の情報を伝えることが患者から希望を奪うリスクも、臨床現場では慎重に考慮される。さらに、個人差が非常に大きい疾患であるがゆえに、「一般的な経過図」を示すこと自体が誤解を生みかねないという配慮もあるだろう。
それでも私は、この視点が当事者に届く機会がもっとあってよいと感じている。
私が診断を受けたとき、誰かがこの図を見せてくれていたら——。正直に言えば、人生はもう少し違っていたかもしれないと思う。
私自身は、すでに幾度となく再発を繰り返してしまった。正常だった頃の自分を思い起こすと、大きな喪失感がある。だからこそ、まだ早い段階にいる人に届けたい。
周囲の人へ——「できている」は、基準が違う
今これを読んでいるあなたが、双極性障害やうつ病を抱える人の身近にいるなら、一つ伝えたいことがある。
「できているならOK」「ここまでできるんだから、もう少しできるかな」という見方は、善意から来ていても、的を外している可能性がある。
この病気を抱える人の「できている」は、健常な状態の「できている」とは出発点が違う。回復の上限がすでに切り下がった状態で、その上限ぎりぎりまで頑張っていることが多い。そこにさらに何かを求めることは、本人が自覚する以上に消耗させている。
むしろ問うべきは逆だ。
「今やっていることは、すでにやりすぎではないか」「一つ、ステップバックした方がいいのではないか」。
もし具体的に一つだけ実行できることがあるとすれば、たとえ元気そうに見えていても、仕事や活動の絶対量を明瞭に少なく設定することだ。「できるからやる」ではなく、「できるけれど、あえてやらない余白を持つ」という設計を、周囲から提案してほしい。本人にはその判断が最も難しいからだ。
ほかにも、いくつかの具体的なアクションが助けになりうる。
「調子どう?」ではなく「最近、休めてる?」と聞く。 前者は「大丈夫です」という定型応答を誘発する。後者は、本人が自分の状態を内省するきっかけになる。
「大丈夫そうだね」と言わない。 本人が安定しているように見える時期こそ、実はぎりぎりで維持していることがある。外見と内面の乖離に気づくことが大切だ。
長期的なリズムの安定を、短期的な成果より優先する。 睡眠時間、生活リズム、社会的活動量の安定が、次のエピソードを防ぐ最も確実な手段の一つだ。周囲がそれを「怠けている」と見なさないことが重要になる。
健常な人と同じ水準を「普通」として期待することを、いったん手放してほしい。その視点の転換が、当事者にとって、言葉にならないほどの支えになることがある。
この図を、あなたに届けたい
弱いのではない。この病気には、エピソードを重ねるほど回復の上限が切り下がっていく可能性がある。それはあなたの意志や努力とは別の話かもしれない。
だからこそ、早く知ってほしい。そして、自分に課している「普通」の水準を、一度疑ってみてほしい。
もし今日できることがあるとすれば、二つだけ提案したい。一つは、この図を主治医に見せて、自分の経過について話してみること。もう一つは、過去の再発のパターンを振り返り、どんなきっかけで、どのくらいの期間で、どこまで回復したかを書き出してみること。自分の軌跡を「見える化」することが、次の一手を考える出発点になる。
この図は、その対話を始めるための道具として作った。
医師として。そして、当事者として。
【図の見方】
青い線は、双極性障害の精神・社会機能の経過を示している。エピソード(赤線)のたびに機能が急落し、時間をかけて回復するが、その回復の上限(緑の破線)は少しずつ切り下がっていく。紫の破線は、早期に継続的な介入があった場合に期待される経過だ(ただし、これは理想的なケースを示しており、早期介入の効果がこの図ほど大きいかどうかは、今後の研究による裏づけが必要である)。
この軌跡は、心不全ラダーと構造的に同じ形をしている。繰り返すが、これはメカニズムの同一性を主張するものではなく、経過の「形」に着目した仮説的なモデルだ。すべての当事者に当てはまるものではない。
注意書:本記事では『再発』などの表現を文脈に応じて使用しています。厳密な精神医学的定義とは異なる場合がありますが、当事者としての体験を優先した表現を選んでいます。
参考文献
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Munkholm K, Vinberg M, Kessing LV. Peripheral blood brain-derived neurotrophic factor in bipolar disorder: a comprehensive systematic review and meta-analysis. Molecular Psychiatry. 2016;21(2):216-228.
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Bender RE, Alloy LB. Life stress and kindling in bipolar disorder: review of the evidence and integration with emerging biopsychosocial theories. Clinical Psychology Review. 2011;31(3):383-398.
Berk M, Post R, Ratheesh A, et al. Staging in bipolar disorder: from theoretical framework to clinical utility. World Psychiatry. 2017;16(3):236-244.
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