「同じ映画」を観ることは、実は効率的である

一見すると、同じ作品を繰り返し観るのは「非効率」に思える。
未知の作品を観たほうが情報量は増える。視野も広がる。知識も蓄積する。

それでも私は、何度も戻ってしまう映画がある。

① エイリアン2

監督は ジェームズ・キャメロン。
この作品の核心は、「極限状況における判断」である。
主人公リプリーは、
感情に呑まれず、危険を即座に分析し、仲間を守るための最適解を選び取る。そして最後には自ら前線に立つ。

そこにあるのは、
効率的思考と責任の結合である。
だが、この物語が単なる合理主義で終わらないのは、彼女が守ろうとする存在が「少女ニュート」であるからだ。
そこには母性という、説明不能な非合理が宿る。

理性だけでは人は戦えない。
しかし理性が情を守るとき、人は強くなる。
私がこの映画から元気をもらうのは、
理性が情を守り抜く物語だからではないかと思う。

②遥かなる山の呼び声


監督は 山田洋次。主演は 高倉健 と 倍賞千恵子。
舞台は北海道の大地。
寡黙な男。言葉少なな愛情。不器用な優しさ。
この作品の魅力は「間(ま)」にある。

効率とは正反対の時間の流れ。
急がない。説明しない。誇示しない。
しかし健さん演じる男は、実に「責任の人」である。
過去を背負い、迷惑をかけまいとし、最後は自らを引き受ける。

そこにある思想は明快だ。
強さとは、守る覚悟である。
派手な戦いはない。
だが、静かな決断が胸を打つ。


何度も同じ映画を観るのは、情報効率は低い。
だが精神効率は極めて高い。

ドーパミンよりも、セロトニン。
新しい映画は刺激的だ。
これは“ドーパミン型の快楽”。

一方、何度も観る映画は違う。
心拍が落ち着き、呼吸が整い、
静かに満たされる。
それは“セロトニン型の安定的幸福”。

「興奮」ではなく「整う」。
若い頃は刺激を求める。
だが人生のある地点から、人は回復を求める。

新作を追うことが横の拡張なら、
同じ作品を深く味わうことは縦の深化。

効率とは、単に情報を増やすことではない。
限られた時間で、自分を最適な状態に戻すことでもある。

そう考えるなら、
「同じ映画」を観ることは、むしろ成熟した効率性なのかもしれない。

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