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「測定の先」を支えるもの―Sysmexの特許から見える、試薬が「分類」を成立させる仕組み―


はじめに

前回の記事では、SysmexとSiemens Healthineersの特許を比較しながら、医療機器メーカーの競争領域がどこへ広がっているのかを見た。

そこで浮かび上がったのは、競争の重心が「どれだけ正確に測定できるか」だけではなく、「測定後に得られた情報をどう扱うか」へ少しずつ動いている可能性だった。

Sysmexでは、検査結果の統合管理、モニタリング、医療情報の活用。Siemens Healthineersでは、画像解析、診断支援、診断フローの最適化。

両社の広がり方は異なる。ただ、共通していたのは、単体装置の性能だけで競争が完結しにくくなっていることだった。

では、その「測定の先」を支えているものは何か。

測定後の情報活用が高度化するほど、その前提となる測定結果の安定性は重要になる。入力されるデータが揺らげば、その先の解析や活用も揺らぐ。

そこで今回は、あえて一歩手前に戻りたい。
注目するのは、検査装置と組み合わせて使われる試薬である。

1. Sysmexの売上の6割超を占める試薬

Sysmexの収益構造(https://www.sysmex.co.jp/en/ir/library/annual-reports/Sysmex_Report_2025_e_A4.pdf)を見ると、試薬の重要性は数字にも表れている。
2025年3月期の売上高5,086億円のうち、試薬は3,138億円。構成比は61.7%に達する。

さらに、試薬、サービス&サポート、その他売上を合わせた「安定的な収益源」の比率は79.5%である。

加えて、Sysmexは、試薬を利益率の高い商材として説明している。

試薬の個別利益率は開示されていないものの、装置設置台数や検査数の積み上げに応じて継続的に売上が生じるだけでなく、収益性の面でも重要な役割を担っていると考えられる。

Sysmex自身も、機器の販売後、7〜8年にわたり、検査に必要な専用試薬とカスタマーケアを継続して提供することで、安定的な収益を得るモデルだと説明している。

試薬は検査のたびに使用される。その売上は、機器設置台数と検査数の積み上げに連動する。

ここまでなら、装置導入後に消耗品売上が積み上がる、いわゆるリカーリング型の事業構造として理解できる。

ただ、この説明だけでは少し浅い。
なぜ、その試薬は継続して使われるのか。

単に装置に対応した専用品だからなのか。それとも、検査結果そのものを成立させるために、装置、検出系、分類処理と切り離しにくい役割を担っているのか。

今回、SysmexとHORIBAの特許を比較しながら見えてきたのは、後者の可能性である。

図1: Sysmexの売り上げ構成(2025年3月期)

2. 試薬は何をしているのか―血液検査は「分類が成立する状態」を作る仕事

血液検査の難しさは、測定対象が均一ではないことにある。

検体には、赤血球、白血球、血小板、異常細胞などが混在する。採血後の時間や保存状態でも細胞の状態は変わる。似たような信号を示す細胞を見分けるには、前処理、溶血、染色、蛍光・散乱光の検出、分類処理までを一体で設計する必要がある。

つまり、単に光を当てて数値を読むだけでは足りない。細胞の状態を整え、見分けやすい信号を作り、その信号を分類処理へ渡す必要がある。

ここでは、この状態を便宜的に「分類成立性」と呼びたい。

重要なのは、分類精度がソフトウェアだけで決まるわけではないという点である。

前処理、試薬、光学検出の段階から、分類処理が使いやすい信号を作り込む。そうして初めて、安定した分類結果が得られる。

この視点に立つと、試薬は装置の付属品ではない。分類可能な状態を作るための重要な部材である。

図2: 試薬は検査結果を成立させる技術要素である

3. 現行製品にも見える、試薬・光学信号・分類処理の組み合わせ

こうした技術の組み合わせは、過去の特許文献の中だけにあるわけではない。

Sysmexの多項目自動血球分析装置XRシリーズ(https://www.sysmex.co.jp/professionals/journal/assets/pdf/vol22_3_01.pdf)では、専用試薬に対する細胞の反応の違いを使い、前方散乱光強度や蛍光強度の違いから細胞を検出する仕組みが説明されている。

もちろん、今回取り上げる個別特許が、そのまま特定の製品に採用されていると断定することはできない。

ただ、試薬、光学検出、分類処理を組み合わせて検査結果を成立させるという考え方は、現行製品の説明にも表れている。

ここで見えてくるのは、装置と試薬を別々に考えるだけでは不十分だということだ。

検査室で価値を持つのは、装置単体の性能ではない。
日常運用のなかで、再現性のある検査結果が得られることである。

4. Sysmexの特許で見える「分類成立性」

4-1. 試薬が、白血球集団を分ける

象徴的なのが、JP-2023111976-Aである。この公開特許では、白血球分類に関わる溶血試薬が扱われている。

注目したいのは、試薬の役割が単なる染色や反応補助にとどまらない点だ。界面活性剤の構造や濃度などを調整することで、白血球集団を分類しやすい状態へ整える。

つまり、分類処理が使いやすい信号を、試薬側で作っている。

分類精度は、ソフトウェアだけで決まるわけではない。入力される信号をどう作るかまで含めて設計されている。

4-2. 見分けにくい細胞を、測定系全体で識別する

JP-2017058158-Aでは、白血球と巨大血小板の識別が論点になる。検査装置にとって厄介なのは、異なる対象が似た信号として現れることだ。

そこで、試薬で測定試料を調製し、蛍光や散乱光の情報を取り、判定処理によって識別する。

ここでも、装置単体でも、試薬単体でもない。試薬、光学系、分類処理が組み合わされて、誤分類を避ける構造になっている。

4-3. 新しい公開特許にも続く技術テーマ

US-2024/0329036-A1では、有核赤血球の検出に関わる血球分析方法が扱われている。

また、US-2023/0341314-A1では、白血球をサブ集団へ分類する方法が扱われている。

これらの公開特許からは、溶血、染色、蛍光・散乱光、細胞集団の分離、分類処理を接続しようとする方向が見える。

ここまで見てくると、Sysmexの試薬を「装置を導入した後に売れる消耗品」とだけ捉えるのは不十分である。

少なくとも今回確認した特許群では、試薬は細胞状態を整え、分類可能な信号を作り、分類処理の入力条件を設計する。

言い換えれば、試薬は分類空間を作る部材である。

5. HORIBA比較で見えるもの―統合は共通、重心は異なる

比較対象としてHORIBAの特許を見ると、単純な対比では語れないことが分かる。

今回、比較対象としてHORIBAを選んだのは、同社もヘマトロジー分野で装置と専用試薬を展開しており、試薬×装置統合という共通条件のもとで比較しやすいためである。

市場全体を網羅的に比較するものではないが、同じように血球分析を扱う企業でも、どの技術課題へ厚く接続しているかは異なる。

HORIBAにも、試薬と装置をつないで測定を成立させる技術がある。

US-6030845-Aでは、溶血試薬、ラテックス免疫試薬、光学測定、ヘマトクリット補正などを組み合わせ、全血を遠心分離せずに測定する構造が見える。

JP-2012088299-Aでも、全血免疫測定における工程統合、省試薬、省血液量、短時間測定、濃度算出精度が論点になる。

また、US-8927228-B2では、血小板凝集によるノイズを処理し、白血球計数精度を高める構造が示される。

HORIBAにも、白血球集団の計数、血球計数精度を高める試薬、スキャッタグラム表示など、血球分類に関わる技術はある。

ここは強調しておきたい。HORIBAに分類技術がないわけではない。

ただし、両社に同じ条件を適用して特許群を追加探索すると、Sysmexでは、試薬、蛍光・散乱光、細胞集団の分離、分類処理が重なった特許がより厚く現れた。

参考までに、同一条件による探索では、血球分類寄りの候補はSysmexで149件、HORIBAで17件となった。

さらに、血球分類、光学信号、試薬または判定処理の接続を厳しく見た候補は、Sysmexで82件、HORIBAで1件だった。

これは公開特許のタイトル・要約を用いた探索的な整理である。両社全体の技術力や優劣を定量評価するものではない。

SysmexとHORIBAの違いは、「統合しているか、していないか」ではない。何を成立させるために統合しているか、である。

今回確認した範囲では、Sysmexは血球分類の成立条件へ、HORIBAは前処理省略、濃度算出、計数精度、装置実装といった測定工程の成立条件へ、それぞれ厚く接続している。

つまり、同じ試薬×装置統合でも、競争の重心は異なる。

図4: SysmexとHORIBAの「重心」の違い

6. この技術構造は、収益構造とどうつながるのか

ここで、前回の記事で見た「測定の先」と、今回見てきた足元の技術構造をつなぎたい。

装置を導入した後、試薬や消耗品が継続利用される。これは体外診断業界の重要な収益構造である。

ただし、継続利用の理由を「専用品だから」で終わらせない方がよい。

試薬が検体前処理、信号形成、分類、品質管理に関わるなら、顧客が購入しているのは液体や消耗品だけではない。

検査室で、安定した結果が日常的に得られる状態である。

装置、試薬、分類処理、品質管理、保守、検査フローが組み合わされるほど、試薬は単純な補充品ではなくなる。

少なくとも、安定した検査結果を維持するうえで、継続利用に一定の合理性が生まれる可能性はある。

ただし、特許だけでロックインや切替コストを証明することはできない。

実際の顧客行動を確認するには、装置設置台数、試薬売上、品質保証、規制対応、保守契約、切替時の再評価負担などを見る必要がある。

したがって、現時点で言えるのは次の範囲である。

試薬が装置、分類処理、検査運用に深く接続するほど、継続利用の合理性は高まりやすい。

そしてSysmexの公開特許からは、その技術的な土台の一部が見える。

7. 反対仮説

この見方を過大評価しないために、反対仮説も残しておきたい。

Sysmexの強さは、技術だけでは説明できないかもしれない。販売網、保守体制、品質保証、規制対応、試薬製造ノウハウ、検査室での運用知識も重要である。

むしろ、真似されにくさは、公開特許に表れる技術と、特許には出にくい現場知識の組み合わせにある可能性が高い。

また、今回詳しく読んだ特許は、試薬と周辺技術の接続が強い候補を優先して選んだ探索的サンプルである。

企業全体の優劣を定量的に証明するものではない。

HORIBA側にも血球分類技術はある。追加探索でも、白血球集団の計数、血球計数精度を高める試薬、スキャッタグラム表示などが確認できた。

だからこそ、今回の結論は「Sysmexだけが特別」という話ではない。

体外診断メーカーの競争力を見るとき、装置性能や試薬売上だけでは足りない。

検査室で安定した結果を出すために、装置の周辺でどのような技術が組み合わされているのか。そこまで見る必要がある。

おわりに:「測定の先」へ進むほど、足元の技術が重要になる

前回の記事では、医療機器メーカーの競争領域が「測定の先」へ広がっている可能性を見た。

検査結果をどう統合するか。どうモニタリングするか。どう医療情報とつなぐか。

ただし、その広がりを支えるのは、安定した測定結果である。

今回の比較で見えてきたのは、試薬の見え方が変わるということだ。

試薬は、装置導入後に繰り返し売れる消耗品である。

しかし、それだけではない。

細胞状態を整え、光学信号を作り、分類処理の前提を整え、検査結果を安定して成立させる。少なくとも今回確認したSysmexの公開特許では、試薬は血球分類が成立する状態へ深く接続していた。

一方、HORIBAにも試薬と装置を統合する技術はある。

違いは、統合の有無ではなく、統合の重心にある。

前回は「測定の先」を見た。
今回は、その足元にある試薬の役割を見た。

両方を重ねると、Sysmexの競争領域は、装置単体よりも広く見えてくる。試薬は、単なる消耗品ではない。

そう考えると、競争の見え方も少し変わってくる。

参考資料

  • Sysmex株式会社「2025年3月期 決算説明資料」

  • Sysmex株式会社「個人投資家の皆さまへ」

  • Sysmex Journal:多項目自動血球分析装置 XRシリーズに関する技術資料

  • JP-2023111976-A

  • JP-2017058158-A

  • US-2024/0329036-A1

  • US-2023/0341314-A1

  • US-6030845-A

  • JP-2012088299-A

  • US-8927228-B2

※本記事は、公開特許および公開IR資料に基づく探索的な分析です。個別特許と特定製品の一対一対応、または各社全体の技術力・事業競争力の定量評価を示すものではありません。

次回予告:6/28頃 更新予定

今回は、検査装置と試薬の組み合わせから、医療機器メーカーの競争力を考えてきた。

次回は業界を変え、ダイキン工業とCarrierの特許を比較しながら、空調メーカーの競争領域を見ていく。

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