Wildlife Venturesの2025年総括と2026年の挑戦
こんにちは。Wildlife Ventures共同代表の赤石旺之です。
ケニア・マサイマラを拠点に活動するWildlife Venturesは、「生物多様性保全と人間活動の両立」を掲げ、地域コミュニティや保護区関係者、日本・ケニアの多くの皆さまに支えていただきながら、実装と改善を積み重ねてきました。
今年を一言で表すなら、これまで描いてきた構想を、現場で成立させるための運用に向き合い、ようやくスタート地点に立てた一年でした。
ケニアで起業して2年。
イメージしていたことが、そのまま現場でうまくいくことはほとんどありませんでした。
人の動きがずれる。物が届かない。連絡が途切れる。雨が降らない/やまない。花が咲かない。蜂群が安定しない。
小さなズレが連鎖して、結果が出ない。
だからこそ今年は、起きた出来事を偶然やアフリカンタイムで片づけず、何がボトルネックで、どこから崩れやすく、どう直せば次に繋がるのかを、運用として組み立て直すことに真正面から向き合いました。
何度もつまずき、立て直し、仕組みに落とし込み直す。その繰り返しを、今年は初めてチームとして回し始められた感覚があります。
地域住民と野生のゾウの軋轢を解決する養蜂箱フェンス事業
私たちが核となって取り組むのは、ゾウがハチを忌避する習性を活用し、野生のゾウによる農作物被害や人身被害、そして地域住民による報復的な捕殺などの「地域住民と野生のゾウの軋轢」を解決するための養蜂箱フェンスです。
ケニア・マサイマラのオロイスクット保護区で、地域住民や保護区スタッフと協働しながら進めています。
ここで私たちが目指しているのは、ただ対策を打つだけではありません。
この軋轢は、絶滅危惧種であるアフリカゾウの保全上の課題であると同時に、地域住民の暮らしにかかわる大きな問題でもあります。畑が荒らされる。生活が不安定になる。ゾウに襲われる恐怖が日常に入り込む。その結果として、地域住民による報復的な捕殺が発生します。
この連鎖を断つには、地域住民の居住地と野生のゾウの移動経路(コリドー)を物理的に分断するのではなく、共生を可能にする仕組みを、地域住民が主体的に参加する形で、持続可能に実装することが必要だと考えています。
だから私たちは、地域に根ざした運用を前提にこの仕組みを設計しています。

2023年6月にクラウドファンディングを実施し、9月にケニアに渡航、12月に養蜂箱を100個導入しました。
けれど、そこから先が本当の勝負でした。私たちが特に苦しんできたのは、「設置した箱がある」ことと、「蜂群(コロニー)が安定して定着すること」「ハチミツの生産が増加・安定すること」の間に、想像以上に大きなギャップがあるという現実でした。
2024年は正直、苦しい年でした。
気候変動によって例年と大きく違う降雨、蜜源の不安定化、蜂群が入らない。ようやく入っても安定せず、すぐに逃去してしまう。
結果として、昨年のハチミツ収穫量は0。
「事業として成立するのか」という問いが、毎日の現場の判断の背後に常にありました。
蜂群の導入、逃去リスク、乾季の蜜源不足、点検・補修の手間、そして収穫後の保管から輸入、商品化まで。
自然条件とオペレーションの複雑さが重なり、単純な拡大では前に進めない局面が何度もありました。
ここで痛感したのは、技術が正しいだけでは進まない、ということです。
養蜂箱フェンスは現場運用の精度で結果が決まります。
日々の点検の段取り、養蜂業者とのコミュニケーション、設置場所のランドオーナー(土地所有者)との合意形成。
誰が何をいつやるか、どのタイミングで何を優先するか。その一つひとつが、蜂群の定着と収量、ひいては人とゾウの軋轢の軽減に直結します。
一方で、2025年はその壁を一つずつ、運用として乗り越える道筋が見えた年でもあります。
今年4月、初めてハチミツを収穫しました。5kg程度と少量ではありますが、私たちにとっては大きな一歩でした。
さらに7月、初めての輸入に成功。11月には二度目の輸入にも成功し、パッケージ化を行い、瓶詰したハチミツを実際に販売するところまで辿り着きました。

2025年の後半は、養蜂に関わる各施策の中で遅れが出やすい工程を分解し、現場で回る形に落とすことに注力しました。
具体的には、自然分蜂を増やすための施策の明文化、逃去を防ぐ工夫の実装、フェンス設置や導入手順の整理、収穫〜保管の手順整理、そしてタスク進捗が見えにくい課題への対処などです。
コロニー導入時には現場特有の段取りが発生しやすく、そこで判断ミスや認識ズレが起きると、蜂群の導入失敗や逃去に直結します。
だからこそ、導入時までに地域住民に対してプロジェクト理解を深める説明会を実施する、導入直後の安定化のため給餌の検討を進める、といった運用改善を議論しています。
加えて、定期点検、蜜源管理、養蜂業者の新規営業などを、週次でタスク管理を回す体制づくりを進めています。
生産と収穫、輸入、そして商品として届けるところまでを一本の線でつなげたこと。
この線がつながったことで、事業全体が次の段階に上がりました。
現場で採れた蜂蜜が、越境して、人の手に届くという一見当たり前のことが、どれだけ多くの工程と判断で支えられているか。
それが一度つながったことで、次にどこを強化すべきかも明確になりました。
そしてこのサプライチェーンをすべて自社で内製していることは、私たちの強みの一つであると言えます。
この線を太くする。途切れにくくする。運用を型にする。ここからが本当の勝負です。
2026年は、ソーシャルインパクトの拡大を見据えて、ハチミツそのものの販路拡大に加えてハチミツを利用した商品開発にも挑戦していきます。
ハチミツを使った新規プロダクト開発や、動物園との連携なども水面下で進めています。
単なる販売チャネル拡大ではなく、共生の仕組みが伝わる設計として進める方針です。
ハチミツを買うことが、地域住民と野生のゾウの軋轢を減らし、現地の暮らしを支える。
購入体験そのものが、ストーリーとインパクトにつながる形を磨いていきます。
2025年末時点で、養蜂箱の数は100箱(2023年の事業開始当初から変わらず)、そのうち蜂群が入っている数は13個と、目標にはまだ遠く及びません。
来年の目標は1年間で1,000kgのハチミツを収穫し、販売すること。
今年の収量は20kgほどなので大きな挑戦になりますが、不可能な数字ではないと考えています。
来年には養蜂箱そのものにも、コロニー導入に対しても投資を進める予定です。養蜂業者の新規開拓も進めます。
自然の不確実性を織り込んだうえで、負けない戦略に落とす。
ハチミツの生産量を上げる軸と、商品開発と営業を拡大する軸。
この二軸での事業開発を2026年はさらに続けていきます。

タンザニアでの養蜂箱フェンス実施に向けた共同プロジェクト
また、ケニアだけでなく、タンザニアでの養蜂箱フェンス実施に向けた共同プロジェクトも進み始めています。
マサイマラはケニアのタンザニア国境に近く、国境をまたぐ形でゾウの移動が起きる地域でもあります。
もちろん、タンザニア側でも人とゾウの軋轢は深刻で、農作物被害や生活への不安、そして軋轢が生む負の連鎖は、ケニアと同じように存在しています。
私たちの事業はケニア・マサイマラからスタートしましたが、最初から目標としていたのは一地域で終わらせないことでした。
ただし、複数地域に広げることは、単なる横展開ではありません。
地域が変われば、行政・保護区・コミュニティの合意形成の構造も、蜜源環境も、物流も、運用を担う人材も変わります。
だからこそ私たちは、2025年に積み上げた運用の知見を携え、現地で成立する条件を丁寧に組み直すところから始めます。
ケニアで見えてきた成功と失敗の因果を、別の地域でも通用する形に変換し、現地の当事者と一緒に続く仕組みとして実装する。
タンザニアでの取り組みは、その挑戦の第一歩になります。
「野生生物と社会」学会のテーマセッション登壇
2025年は、「野生生物と社会」学会のテーマセッション「海外の野生動物問題へのアプローチ」に登壇し、科学と実践の接続という観点で整理して発表できたことは重要な経験でした。
準備の過程では、この2年半の試行錯誤を「何がうまくいき、どこが難しかったのか」を因果で振り返ることになりました。
そこで改めて強く実感したのは、技術やオペレーションだけでは介入は機能しない、ということです。
管理主体は誰なのか。誰が得をし、誰が手間を負担するのか。合意形成をどう設計し、継続運用をどう支えるのか。
インセンティブと役割分担が噛み合ったときに初めて、現場で続く形になる。
これは、現場で感じていた手触りを、言語として再確認する機会でもありました。
当日は研究者、行政の方、実務家それぞれの視点から率直なコメントをいただき、多くの学びがありました。
引き続きマサイマラの現場で実装を進めながら、アカデミアと実践の往復を通じて、軋轢の解決に資する実践知を積み上げていきます。
リジェネラティブツーリズム事業に向けたリブランディング
2025年、私たちのサバンナツアーには141名の方にご参加いただきました。私たちは消費型観光だけではなく、ウォーキングサファリやナイトサファリ、そして家畜の屠殺体験や地域のマーケット訪問などを通してマサイマラの暮らしに深く触れる体験など、自然と人の関係を体感するアクティビティを提供しています。

2026年に向けて、WVのツアー事業は「リジェネラティブツーリズム(再生型観光)」を軸に、アクティビティのブラッシュアップとリブランディングを進めます。
私たちがこの方針を掲げるのは、マサイマラで事業を行う以上、観光産業が抱える構造的な課題にフリーライドせず、現場に根差す当事者として向き合い直したいからです。
観光は地域に収入や雇用を生む一方で、設計や運用次第では、自然と地域社会に見えにくい負荷を積み上げてしまいます。
たとえば、ゲームドライブの車両が集中すれば、騒音や排気に加え、走行圧による植生の損傷や土壌の荒れが起きやすくなります。
野生動物にとっても、距離感や車両の動きがストレスとなり、採餌や休息、繁殖などの行動に影響が出ることがあります。
ロッジやキャンプの運営に目を向ければ、水資源や薪炭材への圧力、廃棄物・排水処理、食材調達の外部依存など、地域の自然資本に負荷がかかりやすい構造があります。
さらに、観光需要に合わせて見せるための文化が過剰に演出されると、文化や歴史が商品化され、当事者の意思決定が置き去りになるリスクも生まれます。
現在ケニアにも複数ある、つくられたマサイ村のような形で、文化が一面的に切り取られたり、利益配分が偏ったりすることで、尊厳や誇りが損なわれる。
こうした搾取構造は、誰かの悪意というよりも、短期的な需要と供給が優先される産業構造の中で起きてしまうものだと感じています。
私たちは、マサイマラで事業を行う会社として、この構造の上にただ乗ることはできません。
そのために、価格設計や運用体制だけでなく、「参加者が何を持ち帰るのか」「現地に何が残るのか」を、改めて設計し直していきます。
そして、その方法として私たちが重視するのが「学びの機会の提供」です。観光を消費で終わらせず、参加者が現場の一次情報に触れ、自然と人の関係、保全と暮らしのトレードオフ、自分自身の行動が地域に与える影響までを自分ごととして捉え直す。
そこまで含めて設計して初めて、観光は地域や自然を傷つけないだけでなく、回復へと向かう力になり得ると考えています。
ポイントは、学びを曖昧な付加価値にせず、ツアーの中心価値として明確にすることです。ざっくりしたサファリツアーではなく、マサイマラの自然資本、マサイの伝統や歴史理解を体系的に扱うプログラムへ。
そして、深い議論と学びを成立させるために、この領域は私たちが責任を持って担う前提で設計していきます。

学校研修・企業研修への展開
このリジェネラティブの軸を土台に、学校研修・企業研修を本格的に進めていきます。
本年度も多くの学校への登壇や講演の機会をいただきました。単発の訪問で終わらないよう、事前学習、現地での対話、帰国後の振り返りまで含めたプログラムとして磨いていきます。参加者の学びの深さと、地域への還元の厚みを同時に高める設計を目指します。
さらに、自治体と連携した教育パッケージやワークショップ開発も進めています。
学校現場の授業設計に沿う形で、海外の現場を「遠い話」で終わらせない。現場の一次情報と、参加者自身の問いをつなぎ、学びが次の行動に変わる設計に挑戦します。

2025年の総括と2026年に向けた挑戦
2025年は、Wildlife Venturesにとって、ようやくスタートラインに立てた感覚を持てた一年でした。
目指す世界と、そのために越えるべき壁、そして進むべき道のりが、現場の手触りとしてクリアになりました。
私たちはケニア・マサイマラで、「生物多様性保全と人間活動の両立」を掲げ、地域住民・保護区関係者とともに、現場で機能する解決策を積み上げてきました。
理想を語るだけでは前に進まない現場で、試行錯誤を重ねながらも、今年は続く形へと一段階進めた実感があります。
養蜂箱フェンスでは、現地での導入・定着・収穫に加え、輸入・商品化・販売までを一本の線としてつなぐことができました。
収量そのものはまだ小さい。けれど、「人とゾウの軋轢を減らす仕組み」と「地域の生計につながる価値」と「遠くの消費者の選択」が、一つの循環として動き始めたことは大きな前進です。
これは単なる商品販売ではなく、共生の仕組みを社会に広げていくための基盤づくりでもあります。
一方で、マサイマラに根差して事業を行う私たちにとって、インパクトは一事業で完結しません。
人とゾウの軋轢は、農地、資源、観光、コミュニティの合意形成など、地域の構造と密接に結びついています。
だからこそ私たちは、単発の施策ではなく、地域の自然資本と暮らしの双方にとって意味のある事業のかたちを増やし、強くしていく必要があると考えています。
その中核の一つが、リジェネラティブツーリズムです。
観光は地域に収入や雇用を生みますが、設計次第では自然や文化に負荷を残し、短期的な需要に引っ張られてしまう側面もあります。
私たちは、マサイマラで事業を行う当事者として、地域に価値が残り、自然資本の回復につながる観光へと更新していきたいと考えています。
2026年は、ソーシャルインパクトを拡大する一年にします。
目指すのは規模を大きくすることそのものではありません。
人とゾウの軋轢が減り、地域住民の暮らしが安定し、結果として野生動物とその生息地が守られる。
さらに、観光や消費といった外部の経済活動が、その循環を後押しする。
そうした状態が、継続的に生まれる仕組みをより確かなものにしていきます。
2026年もマサイマラから事業活動を通して「生物多様性保全と人間活動の両立」を実装していきます。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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