15年以上経った今も連絡を取り合う、中国駐在時代の仲間たち

中国駐在時代のことを思い出すと、仕事以上に一緒に働いた人たちの顔が浮かんでくる。

私が中国にいたのは2001年頃から2010年頃まで。

広東省佛山市の片田舎だった。

前半はFビザ、後半はZビザ。

ちょうど中国が急成長を続け、北京オリンピック前後には電力不足が社会問題になっていた時代である。

今振り返ると、本当に面白い時代だった。

工場長になった侯さん

当時、陳社長の運転手をしていた侯さんという人がいた。

非常に真面目な人だった。

ある時、車で送ってもらったことがあり、お礼としてお金を渡そうとした。

しかし侯さんは決して受け取らなかった。

何度勧めても、

「これは仕事ですから」

という感じで固辞した。

中国というと、賄賂や人情社会のイメージを持つ人もいるかもしれない。

しかし実際には侯さんのような実直で誠実な人もたくさんいる。

その後、侯さんは工場長にまで昇進した。

今思えば、あの真面目さが評価されたのだろう。

今でも連絡をくれる周君

以前も少し紹介したが、部下だった周君も忘れられない。

仕事のスピードがとにかく速かった。

調査を依頼すると、その場で電話をかけて確認を始める。

そんなタイプだった。

私が退職した後、周君も別の会社へ転職した。

しかし今でも毎年新年の挨拶を送ってくれる。

昨年、私が上海を訪問した際には久しぶりに再会した。

そして豪華な食事をご馳走してくれた。

気が付けば15年以上の付き合いになる。

元部下という関係を超え、友人のような存在になった。

また中国を旅する機会があれば、周君だけでなく昔の部下たちにも会いたいと思っている。

1年で日本語検定1級を取得した顧さん

通訳だった顧さんも印象に残っている。

入社当時の日本語能力は日本語検定2級だった。

しかし本人は非常に努力家だった。

仕事が終わってからも勉強を続け、わずか1年で日本語検定1級を取得したのである。

当時の私は、

「そこまでやるのか」

と驚いた。

中国ではこのように目標を決めると徹底的に努力する人が少なくない。

中国が急速に発展した理由の一つは、こうした向上心の強い人材の存在なのかもしれない。

ソウギョの刺身と中秋節

陳君には自宅へ招待してもらったこともある。

その時に振る舞われたのがソウギョの刺身だった。

正直なところ、最初は少し抵抗があった。

淡水魚の刺身と聞くと不安もある。

しかし実際に食べてみると臭みはほとんどなく、とても美味しかった。

今でも印象に残っている。

また中秋節になると皆で集まって宴会を開いた。

そして白酒の一気飲み。

今思うとかなり無茶な飲み方だったが、あの頃はそれも含めて楽しかった。

人との縁は財産

中国駐在を終えてから15年以上が経つ。

会社も変わった。

立場も変わった。

しかし今でも連絡を取り合う仲間がいる。

これは私にとって大きな財産だ。

海外赴任というと仕事やキャリアばかりが注目される。

しかし本当に価値があるのは、その土地で出会った人との縁なのかもしれない。

57歳になった今、中国時代を振り返ると、真っ先に思い出すのは仕事の成果ではなく、一緒に働いた仲間たちの笑顔である。

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