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「見えない」体験から、地域医療に必要なまなざしを考える


ダイアログ・イン・ザ・ダーク研修を通して、私たちが得たもの

2025年夏、森本耳鼻咽喉科・小児科では、スタッフ研修の一環として「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に参加しました。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは、完全に光を遮断した暗闇の中で、視覚以外の感覚を使いながら、人との対話やコミュニケーションを体験するプログラムです。

案内してくださるのは、視覚障害のあるアテンドの方々。
普段、私たちがどれほど「見えること」に頼っているのか。そして、見えないからこそ生まれる信頼や対話があることを、頭ではなく身体で感じる時間となりました。

参加前、スタッフの中には、楽しみな気持ちと同時に、少し緊張や不安もありました。

「何が起きるのか分からない」
「何も見えない空間で動くのが怖い」
「一人置いていかれないか不安」
「人の顔や表情が見えない中で、どうコミュニケーションを取ればいいのか心配」

普段の診療では、患者さんに声を掛け、案内し、説明する立場にいる私たちですが、この日はまったく違いました。
見えない世界に入る前、私たち自身が「分からない」「予測できない」「どう動けばいいのか分からない」という不安の中にいました。

暗闇の中に入ると、最初に感じたのは、想像以上の心細さでした。

目の前に何があるのか分からない。
隣に誰がいるのかも、距離感も分からない。
一歩踏み出すだけなのに、身体が慎重になる。

いつもなら自然にできていることが、急に難しくなる。
歩くこと、誰かを探すこと、自分の位置を伝えること。
その一つひとつに、普段とは違う集中力が必要でした。

けれど、少しずつ変化が起こりました。

誰かの声が聞こえると、安心する。
名前を呼ばれると、自分がそこにいることを確認できる。
「ここにいます」
「大丈夫ですか」
「段差があります」
そんな言葉が、暗闇の中では大きな支えになりました。

参加前には、暗闇に対して「怖い」「不安」「足がすくみそう」と感じていたスタッフも、体験後には、声を出すことで不安が軽くなること、目が見えなくても言葉でつながれること、周りの人の声や気配から安心を得られることを実感していました。


「見えているから伝わる」と思っていたこと

暗闇の中では、うなずいても相手には伝わりません。
表情で反応しても、相手には届きません。
目線で合図を送ることもできません。

だからこそ、自分の状態を言葉にする必要があります。

「今ここにいます」
「少し怖いです」
「右側に何かあります」
「前に進みます」
「手を伸ばしてもいいですか」

普段の私たちは、見えていることで、たくさんの説明を省略しています。
相手も見えているだろう。
分かっているだろう。
表情で伝わっているだろう。

でも本当は、見えているからこそ、伝えなくなっていることがあるのかもしれません。

体験後、スタッフからは「患者さんとの対話では、うなずきだけではなく、声のトーンや言葉で安心を伝えたい」「スタッフ間でも、察してもらうのではなく、自分から発信していきたい」という気づきが出てきました。

これは、私たちの仕事そのものにつながる学びでした。


患者さんもまた、「見えない不安」の中にいる

クリニックに来られる患者さんは、必ずしも暗闇の中にいるわけではありません。
けれど、気持ちの面では「見えない不安」の中にいることがあります。

これから何をされるのか。
どれくらい痛いのか。
どのくらい待つのか。
自分の症状は大丈夫なのか。
子どもが泣いてしまったらどうしよう。
高齢の家族をどう支えればいいのか。

医療者にとっては毎日の流れでも、患者さんにとっては初めてのこと、不安なこと、分からないことがたくさんあります。

その時に必要なのは、ただ正しい案内をすることだけではありません。

相手が今、何を見えていないのか。
何が分からなくて不安なのか。
どんな声掛けがあれば、一歩進みやすくなるのか。

そこに想像力を向けることが大切なのだと思います。

特に、高齢の方、視覚や聴覚に不自由のある方、小さなお子さん、初めて来院される方にとって、院内の流れや検査、処置は「分からないこと」の連続です。

だからこそ、
「次はこちらにご案内します」
「少し音がします」
「今から右側を診ます」
「終わったらお声掛けしますね」
そんな一言が、不安を少し軽くすることにつながります。


信頼とは、相手に委ねられること

暗闇の中では、自分一人で安全に進むことはできませんでした。

誰かの声を頼りにする。
前を歩く人の気配を感じる。
自分が気づいた段差や床の変化を、後ろの人に伝える。
誰かが遅れていないか、声を掛ける。

その中で感じたのは、信頼とは「相手に任せること」だけではなく、
自分もまた、相手が安心できる情報を渡すことなのだということでした。

あるスタッフは、見えない状況での信頼や協力について、
「お互いに補い合い、安全に前に進もうとすること」
「自分の感じたことを言葉で伝えることで、自分も仲間も守れる」
と表現していました。

これは、クリニックのチームづくりにもそのまま重なります。

受付、問診、診察補助、会計、検査、処置。
それぞれの役割は違っても、患者さんから見れば、すべてがひとつのクリニックの体験です。

誰かが見えていることを、別の誰かは見えていないかもしれない。
自分が分かっていることを、次のスタッフは知らないかもしれない。
患者さんの小さな不安に気づいた人が、それを共有することで、次の対応が変わるかもしれない。

「分かっているはず」ではなく、伝える。
「見えているはず」ではなく、共有する。
その積み重ねが、チームの安心感につながっていくのだと思います。


視覚障害のあるアテンドの方から学んだこと

今回、暗闇の中を案内してくださったのは、視覚障害のあるアテンドの方でした。

暗闇の中で、その方の存在はとても大きな安心感でした。
声の掛け方、間の取り方、場を和ませる言葉。
私たちが不安を感じている場所で、その方は自然に空間を捉え、私たちを導いてくださいました。

体験後、スタッフからは、
「見えているかのように感じた」
「絶対的な安心感があった」
「強さや優しさ、頼もしさを感じた」
「見えないことは不利なだけではないと気づいた」
という声がありました。

私たちは、知らないうちに「見えないこと=できないこと」と捉えていたのかもしれません。

でも実際には、見えないからこそ研ぎ澄まされている感覚がありました。
見えないからこそ届く言葉がありました。
見えない世界を生きているからこそ、私たちに伝えられることがありました。

医療の現場では、どうしても「症状」や「できないこと」に目が向きやすくなります。
もちろん、困っていることを見つけ、必要な治療や支援につなげることは大切です。

でも、その人を「困っている人」としてだけ見るのではなく、
その人が持っている力、経験、価値観、生活の背景にも目を向けること。
これも、地域医療に必要な姿勢なのだと感じました。


地域医療に必要なのは、「見えていない前提」に立つこと

今回の体験を通して、私たちが得た大きな学びは、
相手の世界は、自分にはすべて見えていない
ということでした。

患者さんの不安は、外から見ただけでは分かりません。
ご家族の心配も、言葉にされなければ見落としてしまうことがあります。
スタッフ同士でも、同じ場所にいて、同じ出来事を見ていても、感じていることはそれぞれ違います。

だからこそ、丁寧に声を掛ける。
相手の反応を待つ。
分かりやすく説明する。
不安を言葉にできる空気をつくる。
安心して頼り合える関係をつくる。

そうした一つひとつが、医療の質につながっていくのだと思います。

ダイアログ・イン・ザ・ダークで体験した暗闇は、何も見えない場所でありながら、普段見過ごしていたものに気づかせてくれる場所でした。

声の温度。
人の気配。
手の安心感。
一歩踏み出す勇気。
誰かを待つこと。
誰かに頼ること。
そして、誰かの不安を少しでも軽くするために、自分から言葉を届けること。

この体験を、特別な研修で終わらせるのではなく、日々の診療や患者さんとの関わり、スタッフ同士の連携に活かしていきたいと思います。

森本耳鼻咽喉科・小児科は、地域の皆さまにとって、ただ診察を受ける場所ではなく、
「ここなら安心して相談できる」
そう感じていただける場所でありたいと考えています。

見えているようで、見えていないものに気づく。
聞こえているようで、聞き取れていない声に耳を澄ます。
その積み重ねを、これからの地域医療につなげていきます。

医療機関:森本耳鼻咽喉科・小児科
静岡県袋井市上山梨1-8-6
HP https://morimoto-ent.jp/
運営法人:医療法人社団WILLCOMMONS

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