絵本のある暮らし第9回ー「ねずみとくじら」
🎁 日常のひとコマ
勇気をふりしぼって跳んだあと、
世界はすぐに変わるわけではありません。
けれど、これまで見えていなかった存在と出会ったとき、
自分の輪郭が、少しだけはっきりすることがあります。
『ねずみとくじら』は、
まさにそんな「出会い」が描かれた一冊です。
小さなねずみと、海の王様のように大きなくじら。
本来なら、交わることのない二つの存在が、
思いがけず心を通わせる物語です。
この絵本が語るのは、
勇敢さでも、成功でもありません。
ちがう世界を知ること。
ちがう相手を、そのまま受け取ること。
そして、自分自身もまた、
誰かにとっての「ちがう存在」なのだと気づくこと。
大人になった今だからこそ、
この静かな物語が胸に残る理由を、
少しずつ言葉にしてみたいと思います。
📗 絵本紹介
タイトル:「ねずみとくじら」
作者:ウィリアム・スタイグ
訳:せた ていじ
出版社:評論社
およそ小学校中学年から
📖あらすじ:
海が大すきなねずみのエーモスは、船をつくり航海にでた。ところが海におちておぼれそうになったとき、くじらのボーリスにたすけられる。それから長い年月がたったある日、嵐にあったボーリスが、エーモスのすむ浜べにうちあげられた…。小さなねずみと大きなくじらの友情のお話。
🧸 わが家のエピソード
まだ二十歳を過ぎたばかりの頃、
一人で夜行列車に乗り、旅をしたことがあります。
向かいの席になった年配の紳士と話が弾み、
その後、何度かお会いする機会を得ました。
現役を引退されたあと、
海外の子どもたちのためにボランティア活動をしている方でした。
当時の私は、一人暮らしを始めたばかり。
自分の毎日の生活で精一杯で、 お聞きするお話は、まるでドラマの世界の出来事のように感じられました。
数年後、私が結婚して引っ越したことで、 お会いする機会はなくなりました。
それでも年に数回、葉書でのやり取りは続いていました。
ところがある日、 ご家族の方から一枚のお礼の葉書が届きました。
あれから三十数年。 せわしない日々に埋もれ、 その記憶はいつの間にか、心の奥にしまい込まれていたようです。
けれど今、静かに『ねずみとくじら』を読んだとき、 ふと、あの頃のことを思い出しました。
気がつけば、私も、 あのときの紳士の年齢に近づきつつあります。
この先の人生でやりたいと思っていることの中に、 あの方が取り組んでいたことと、 どこか重なるものがあると、ふと気づきました。
もう二度とお会いすることは叶いませんが、 この物語を通して、 もう一度出会えたような気がしています。
🌱 「ねずみ」と「くじら」のあいだで
『ねずみとくじら』に描かれているのは、
助ける側と、助けられる側、
強い者と、弱い者、といった単純な関係ではありません。
ただ、
ちがう世界を生きる者同士が、
一瞬、同じ時間を分かち合うこと。
それだけで、
その出会いは、長い時間を経ても、
ふとした拍子に思い出されるものになるのだと、
この物語は教えてくれます。
若かった頃の私は、
自分が「ねずみ」であることしか、
考えられませんでした。
けれど今、読み返してみると、
あの紳士の姿に、
静かに寄り添っていた「くじら」の面影を、
この物語の中に見ることができます。
いつか誰かの人生に、
大きな波を立てることはできなくても、
そっと寄り添う存在でいられたら。
そんなふうに思わせてくれる、
大人の心にも深く残る一冊です。
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もし、今日のお話が、 ご自身の記憶や、家族の風景とどこかで重なったなら―― この先の物語も、きっと楽しんでいただけると思います。
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