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48. 教会の役割

仕事のこと考えながら気休めに日帰りドライブ。北はKassel, Eisenach. 東はRhon, Meiningen.南はWurzburg, Heiderberg.西はWiesbaden、Dusseldorf.

こんにちは、加来各論です。
そんな訳で今回は教会にまつわる話です。

慣れない外国で気分が落ちない様に心のメンテが必要なのですが基本じっとしない事が大切です。心の不調は何か行動すると意識が前に出ますから心から距離を取れます。

心の癖はネガキャンペーンです。

日帰りドライブから始まり、そのうち慣れるともっと遠くへで一泊してみたり、また慣れると安宿を飛び込みで泊まったりドイツ人になる勢いでうろうろとするのですが、仕事をする中でドイツ人にならないと更に踏み込めないと思う訳です。本社の人間からしたら暫くしたら日本に帰る人ですし。

ただ目論見が外れたのはドイツの会社ってのは器であって上層の都合で上下にしたりくっつけたり並べたり、外して片方売ってみたりと物でしかないのでその器の中の人もたまたまその器の中にいる風情があります。

労働者は浮き草稼業。

そんなこんなで仕事も含めて普通の滞在時間の5倍くらいの経験値を蓄えることになります。大小様々な都市を訪れる中、面白い傾向を見つけるんですね。

都市は教会を中心に広がっている。

どんな都市も旧市街のような古い建物が並ぶ景観地域があってその近くには教会に面した石畳の広場があります。もともとドイツはロマンチック街道(正しくはローマン街道、ローマ風の街道の意)が真っすぐ貫いていて大都市はこの街道を軸に構成されています。ローマ時代の植民市 / コロニアですね、植民地とは意味合いが違います。ケルンはドイツ属州の首都になります。

ドイツの暮らしさまより

全ての道はローマに続く。
ローマ時代の街道はそもそも軍を高速移動させるための軍事道路ですが、平時のローマ文明の影響で文化度が向上し現在では植民地化を栄誉として捉えているようです。植民地も奴隷化と活用の2種類があって効率としては英国の様な「有益な怠慢」のような自由にやらせて契約料だけ徴収する形式が理想かと思いますが宗主国が戦費がかさんで植民地を自国とみなして税金を掛けると反発を受けボストン茶会事件の様なことになります。増税の後に戦争がくっついてくるのはデフォルトの様です。

5~15世紀  暗黒時代 / 気候の悪化から始まる不作とペストの流行で人口が激減、ローマも撤退、都市には教会の修道士しかいない様な状態が続いた様です。キリスト教による精神的迫害、税金を集める為に精神的圧迫による求心力を求めたか? 恐らく魔女狩り・密告が横行したため民衆は互いに疑心暗鬼になります。相互監視のような性質はいまだにあり、一緒に昼食を取らないと仲間外れになりますw これは日本も同じですね、「あれ?君は弁当かぁ」何となく組織化の一方法論(笑)

ローテンブルグオプデアトウバー
Rotenburg ob der Tauber
メルヘン街道巡りの候補の様な街です。
中世の街並みそのままに城壁で囲われた街ですね。
年中クリスマスグッズが買える博物館があります。
拷問博物館も…本物のアイアンメイデン見れます。

広場集合でみんなでビールを飲むのですが特に話すでもなくビールを飲んでるので「トランプ持ってくれば良かったかなぁ」ぼそっと冗談をいうと「要らないよ、見ろ、あの男。挙動不審だ!」サングラスしてるからどこ見てるか解らないのですが人間ウォッチングして楽しむそうです...。

ドイツ人の気質について本によくあるのが、A型気質みたいなところがありますがそういう意味で日本人と似てるのかもしれませんが人間ウォッチングはないかなぁ、昨今の様に危険人物が増えたら無事に生きる上で大切ですが...。田舎街なので全体にゆったりのんびり、ドイツ人の目はまつ毛が濃いので話していると牛馬の目みたいで癒されます。ドイツの昔の住宅は1階が牛小屋で距離が近いからDNAが移ったのかも知れませんね、はい冗談です。日本も一時はそんな感じで農家の屋根の延長に納屋、家畜小屋、厠、肥溜め、畑が並ぶ感じでした。

上記の農家の住宅モデル内で生活するとして田畑の養分の収支を考えますと。畑から取ったものを食べるといづれ厠に大なり小なり収集されますと。ある程度溜まると肥溜めに移動して肥料として養分が畑に戻ります。循環が成立してますね、失われるものがない、理想的です。

方や現代は他所から持ってきたものを食べてトイレに流して下水処理場で処理して川に流す。残った固形残置物はどこへ?畑は枯れる一方なので化学肥料をまくと。現代人は化学肥料で出来ていることになります。この化学肥料の生産に、ボッシュだったか地球上の結構なエネルギーを使っている話を聞いた記憶が...。ハーバー・ボッシュ法ですね、アンモニアの化学合成法です。「水と石炭と空気からパンを作る方法」この方法は火薬の原料である硝酸の生産にも利用されるので「平時は空気から肥料、戦時は空気から火薬を作る」と言われます。

脱線しました。

バイキングのキリスト教化
8世紀  デンマークへの宣教師の到来から始まりフランク王国の影響でカトリック化
10世紀 神聖ローマ帝国の臣下となり強大な後ろ盾を得る。

12~14世紀 東方植民 / エルベ川以東岸のスラブ人居住地への神聖ローマ帝国・ドイツ騎士団の植民。
ポーランド・チェコ・バルト海沿岸地域 *スラブ人は「言葉を話す人」という意味で高身長の農民でバイキングがキエフ地方に入り王権を宣言、特に反応しなかったのでスラブ人は奴隷として東ローマ帝国に売られたため slave / 奴隷 の語源として残る。

1536    宗教改革 バイキングのプロテスタント化、国教は福音ルーテル教会。ルーテルは熊本にもありますね。

街は所有者である領主がおり、教会の金融システム・情報ネットワークと領民への精神的統治力を活用します。領主は内には友好的で時に村が欠乏すると武力で他国に略奪に行くことになります。背に腹は代えられません。なので武力が強い必要があります、武力は資金力に比例しますから融資を引き出す為、教会と仲良くなる必要があります。財産の継承権のない次男三男は家に残れば馬小屋の掃除、長男が家督を相続するや家を出て有望領主の元で騎士として仕官するか修道士の道を選びます。修道士は当時の学府であるイスラエルで学問を納め帰京すると地元の教会で長男の資産管理を行います。ここでお金を握るものが主導権を握ることになります、この辺は家計と同じ。

色々な街に訪れる中でふと思うのですが街の中心に教会がある...日本にも同じ建物あるかなぁ。店主はバイクで山の中を走るのが10代からの趣味なのですがお山の小集落にもガソリンや食料を買いに寄り道することがあります。そこで共通性に気づくのですが郵便局って欧州の教会と同じで街の中心にあるんですね。初期の郵便局は地域の有力者が選ばれる傾向があります。この辺は何でもやり方は同じです、海洋族の仕事ですから。

教会と郵便局の共通性とは?以下は店主がビジネスマンだったら教会をこう活用するかな、というドライな想定になります。

郵便局;書簡通信業、銀行業
教会;神の代理人(王権神授説)
   王侯貴族向けの銀行
   (テンプル騎士団@十字軍では通帳を開発して
   います。築城ローン・戦争ローンの提供)
   懺悔室(他人に言えない秘密を収集する通牒活動・心理誘導)
   尖塔
    (教会間の情報伝達業務)
   重厚な石造りの建築
    (銀行・築城・隠し部屋のショールーム)
   手配師
    (建築家・建築士・会計士・書士・書記等)

日本の明治期のビジネスモデルは全て欧州から来ていますから似ていて当然ですし一部切り売りとか分業とかあっても不自然ではありませんね。急激に近代化してますから先生がわらわらと来るので受け皿も細分化され生まれていきます。

子は親に似る。

中世の欧州では教会や修道院を整備して、王侯貴族がこれを利用しました。書簡には漏洩防止の為、封筒の封蝋を使用しますがその歴史はメソポタミヤ時代に遡ります。

古代オリエント博物館にて

郵便事業と言えばタクシス家なのですが 税金/tax の語源となった一族です。タクシス家は13世紀イタリアに郵便網を持つ富豪でベルガモ飛脚を運営していました。

当時の郵便は待機所で中継して駅伝方式で伝達され到着と共にホルンが鳴らされ荷物の引き渡しが行われます。ドイツをはじめ欧州、東欧、ロシアでも郵便局のマークはホルンとなっています。中世の都市は城壁で囲われ常時門は閉じられており、開門の合図にホルンが使われます。盗賊が多かったんですね。

共通する郵便事業は信頼の証、
よく言えば…。
Miyaさんの写真通信さまより

ドイツではハプスブルグ家にタクシス家が召し上げられハプスブルグ郵便として運用、郵便局のマークはその名残になります。

その後ドイツの帝国郵便となり、世界の郵便事業の基礎をなします。
概要はこちらをどうぞ

教皇には黒・白・灰と3種類あるのですが何が違うんですかね。推測ですが白は聖職者で黒は貴族系で…灰色がよく分からない。

結論 / Conclusion
平時と戦時、
社会には表からは見えない
裏スイッチがある。

注意  スキ大歓迎、リンク歓迎、禁不許可転載複製、応相談、少人数出張座学承ります。

*写真は店主の第二の故郷、FULDAフルダです。

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