台湾で日本語に助けられた。でも、そこで考えたこと
台湾を旅していると、日本語に助けられることがある。
もちろん、台湾の人みんなが日本語を話せるわけではない。 そこは勘違いしてはいけないと思っている。
それでも、自分の台湾旅行を振り返ると、日本語で助けてもらった記憶が何度かある。
台湾は近い。 ご飯も合う。 漢字も分かりやすい。 地下鉄や鉄道も使いやすい。
日本人にとって、かなり旅しやすい場所だと思う。
でも、それを単純に「台湾は親日だから楽」とだけ言って終わらせるのは、少し違う気がしている。
自分にとって台湾は、便利で行きやすい場所であると同時に、日本人としてどう旅をするべきかを考えさせてくれる場所でもある。
漢字に助けられた台湾旅行
自分の初めての海外旅行は台湾だった。
最初は台北だけのツアー旅行だった。 その時は、まだ海外に慣れていなかった。
英語も中国語もできるわけではない。 今でも、自分は外国語が得意だとは思っていない。
それでも台湾を旅できたのは、漢字に助けられた部分が大きい。
駅名。 料理名。 店の看板。 案内表示。
全部が分かるわけではない。 でも、日本人から見ると、漢字からなんとなく意味を推測できることがある。
たとえば、高雄の左営駅で「左營/高鐵」と書いてあれば、完全に中国語が分からなくても、「高鐵」は高速鉄道のことだと想像できる。
これは作った例ではなく、自分が実際に使っていたMRT左営駅の表示だ。 漢字を見るだけで、なんとなく次の行動が分かる。
MRT左営駅。「高鐵」の文字だけで、高速鉄道乗り換えだと分かる。漢字って便利だと思った瞬間のひとつだった。
そういう小さな理解が、海外旅行の不安をかなり減らしてくれた。
初期の台湾旅行では、Google翻訳や指さし会話帳、メモ、筆談も使っていた。
食べたいものを漢字で書く。 行きたい場所を見せる。 分からない時は翻訳アプリに頼る。
それだけでも、なんとか旅はできた。
語学が得意だから海外へ行けたわけではない。 むしろ、語学が苦手でも工夫すれば海外は歩ける。 それを最初に教えてくれたのが台湾だった。
高雄MRTの日本語放送にも助けられた
漢字の表示だけではない。 高雄MRTでは、日本語放送に助けられた記憶もある。
特に印象に残っているのは、左営駅だ。
左営駅は、高雄MRTから台湾高速鉄道へ乗り換える重要な駅でもある。 自分が高雄から台湾の他の街へ移動する時にも、左営駅はよく使った。
その左営駅で、日本語の乗り換え案内を聞いた記憶がある。
海外の地下鉄に乗っている時に、日本語が聞こえる。 それだけで、少し安心する。
もちろん、日本語案内があることを当たり前だとは思わない。 台湾の人みんなが日本語を話せるわけでもない。
でも、語学が得意ではない自分にとって、漢字の表示や日本語放送は、台湾を歩く大きな助けになっていた。
今も高雄MRTでは、美麗島駅、高雄駅、左営駅のような一部の主要駅で日本語放送があると報じられている。 全駅で流れているわけではないようだが、日本人旅行者が迷いやすい乗換駅で案内があるのは、かなりありがたい。
こういう小さな安心感の積み重ねが、「海外でも自分で移動できる」という感覚につながっていった。
日本語で助けてもらった記憶
交通機関だけではなく、人に助けてもらった記憶もある。
台湾の入国審査で、日本語が分かる人に対応してもらったことがある。 細かい内容までは全部覚えていない。
でも、日本語で話しかけてもらった時、思わず「ありがとうございます」と日本語で返していた。 うれしかった。
海外の入国審査というのは、慣れていないと少し緊張する。
言葉が分からない。 聞き返されたらどうしよう。 間違えたらどうしよう。
そんな時に日本語が通じると、それだけでかなり安心する。
ただ、その時に思ったのは、単に「日本語が通じて楽だな」ということだけではなかった。
自分が日本人として台湾を旅している時に受けている安心感は、急に生まれたものではないのだと思った。
「親日だから楽」で終わらせたくない
日本と台湾の間には、長い歴史がある。
日本統治時代の記憶もある。 戦後の交流もある。 観光や仕事で行き来してきた人たちもいる。
そして、東日本大震災の時には、台湾から多くの支援が日本に届いた。
日本台湾交流協会の記録では、2011年3月11日の東日本大震災に対して、台湾から約200億円の義援金、約560トンの救援物資、緊急援助隊の派遣などがあったとされている。
自分は、このことを忘れたくない。
「台湾は親日だから楽」とだけ言うのは簡単だ。
でも、その言葉の裏には、台湾の人たちの親切や、日本と台湾の交流、そして先人たちが積み上げてきた信頼がある。
だからこそ、軽い言葉だけで片づけたくない。
信頼を壊さないように旅をしたい
日本人だから特別に偉いわけではない。 むしろ、台湾で受け取っている好意や信頼に甘えない方がいいと思っている。
日本人として受け取っている信頼があるなら、それを壊さないように旅をしないといけない。
現地のルールを守る。 店の人に横柄な態度を取らない。 写真を撮る時は配慮する。 分からないことがあれば、失礼にならないように聞く。 助けてもらったら、ちゃんと感謝する。
当たり前のことかもしれない。
でも、海外ではその当たり前が大事だと思う。
台湾で日本語に助けられた経験は、自分にとって「便利だった話」だけではない。 日本人として、先人たちが積み上げてきた信用の上に、自分の旅があるのだと感じる経験でもあった。
台湾を歩くと、日本も少し外から見えてくる
台湾は、ただ近くて行きやすい海外ではない。
食べ物が合う。 漢字が分かりやすい。 地下鉄や鉄道が使いやすい。 日本語で助けてもらえることもある。
でも、それを「楽だから行く場所」だけで終わらせたくない。
台湾を歩いていると、日本が外からどう見られてきたのかも少し考えるようになる。
日本語が残っている場所がある。 日本統治時代の建物がある。 日本文化の影響を感じる食べ物もある。
一方で、台湾には台湾自身の歴史がある。 民主化の苦労もある。 戦後の複雑な歩みもある。
台湾は、日本に近いようで、日本とは違う。 だからこそ面白い。
そして、台湾を知ることは、日本を外側から見ることにもつながる。
感謝しながら、台湾を歩きたい
自分は台湾に10回行った。 高雄には9回行った。
最初は、ただ「初めての海外」として台湾に行った。 でも、何度も行くうちに、台湾はただの旅行先ではなくなっていった。
ご飯を食べる。 地下鉄に乗る。 夜市を歩く。 古い建物を見る。 日本語で助けてもらう。 震災支援への感謝を思い出す。
そういう体験が積み重なって、自分の中で台湾は特別な場所になった。
台湾で日本語に助けられたことは、確かにありがたかった。 でも、それを「親日だから楽」で終わらせたくない。
そこには、台湾の人たちの親切がある。 日本と台湾の長い交流がある。 先人たちが積み上げてきた信頼がある。
だからこそ、自分も日本人旅行者として、その信頼を壊さないように旅をしたい。
台湾は、自分に海外を歩く楽しさを教えてくれた場所だった。 そして、日本人としてどう旅をするべきかを考えさせてくれる場所でもあった。
だから自分は、これからも台湾を大切にしたいと思っている。
