人生は朝露の如し・・・


この言葉は、中国の歴史書『漢書(かんじょ)』の「蘇武伝(そぶでん)」に出てくる一節です。
「人の一生って、朝露みたいにあっという間に消えてしまうほどはかないものだ。だったら、いつまでも自分を苦しめ続ける必要なんてあるのか?」
そう語ったのは、漢の武将・李陵(りりょう)でした。かつての同僚・蘇武(そぶ)に向けての言葉です。
蘇武は、漢の武帝の時代に、北方の異民族・匈奴(きょうど)に使者として派遣されました。でも現地で捕らえられてしまい、なんと19年間も匈奴の地に抑留されるんです。その間、何度も「帰順しろ(=敵に寝返れ)」と迫られますが、彼は決して信念を曲げず、厳しい寒さの中でも耐え続けました。
一方の李陵もまた、匈奴との戦いで活躍した人物です。わずかな兵で敵の大軍に立ち向かい、深く攻め込みましたが、力尽きて投降を選びます。いつか再び立ち上がることを心に誓っての決断でした。
ところが、彼の降伏に対して、漢の朝廷では批判の声が相次ぎます。そんな中、歴史家・司馬遷(しばせん)は李陵の勇敢な戦いぶりを評価し、彼をかばいます。しかし、それが武帝の怒りを買ってしまい、司馬遷は「宮刑(きゅうけい)」という重い罰を受けることになってしまいます。
信念を貫いた蘇武。苦渋の決断をした李陵。真実を記そうとした司馬遷――この三人の生き方を描いたのが、中島敦の小説『李陵』なんです。
[登場人物]
李陵(りりょう)
漢の武将。少数の兵で匈奴に果敢に挑むも、最終的に力尽き投降。後に裏切り者と非難されるが、真意は複雑だった。
蘇武(そぶ)
漢の使者。匈奴に捕らえられ19年間抑留されるも、節を守って帰順せず、忠義の象徴として語り継がれる人物。
司馬遷(しばせん)
『史記』を著した歴史家。李陵を弁護したことで武帝の怒りを買い、宮刑を受けながらも記録を残した気骨の人。
